①
これは俺とアビスの永遠の物語の始まり
大学最後の年に、俺は一人旅に出ていた
海外旅行は何度かあるが、1人で行くことは初めてでまるで小学生の遠足かの様にドキドキとワクワクが混ざり込んだ気持ちになっていた
知らない街に馴染みない言語
それでも身振り手振り、スマホの翻訳機能を駆使して過ごすのは案外孤独は感じなかった
「あなた。素敵な髪色ね」
彼女と出会ったのは2日目の夜だった
飲みに来ていた宿の近くにある食事処で1人寂しそうにしていた彼女は俺のアッシュグレーの髪色を褒めてくれていた
「ありがとう。ここに来る前に染めたんだよ」
「そうなんだ。地毛じゃないのね」
「あははっ!地毛な訳ないよ。こんな色になるにはあと30年以上はかかると思うよ」
面白いことを言う子だな。なんて思いつつそういえばどうして日本語で話しかけてきたのだろう。と思い、改めて彼女を観察してみた
見た目は……オリーブブロンドのロングヘアにヘーゼル色の目、少しふっくらとした唇にこの国にはあまりない薄付きのメイク
「もしかして、日本人?だから日本語で話しかけてくれた?」
「……そうみたい。私トルトーザ千歳。あなたは?」
「俺はシオン。島田シオンだよ」
これが不思議な彼女との出会いだった
「シオンはここに何しにきたの?観光?」
「そうだよ。写真撮るのが好きでさ。……見る?ほら。今日撮ったやつ」
そう言って今見せられるデータを差し出すと千歳はキラキラした目でそれを食い入る様に見つめていた
「すごーい!!これ全部シオンが撮ったの?」
「そうだよ。っていうか。素人だから全然すごくないんだけどね」
「そんなことない!全部素敵だよ!景色が多いね」
見せている写真の9割は風景ばっかりで、1割は動物
「風景写真が好きなんだよね。あとは単純に動物も」
「人はあまり撮らないのね」
確かに。思えば人物はなかなか被写体にしないな。なんて考えながら千歳を盗み見る
うわぁ。胸!でか!
豊満な胸はTシャツ一枚でもわかるくらいで生唾を飲み込んでしまう
「ねね!旅行って言ってたでしょ?どこ行くか決まってるの?」
「あれ、知ってる?(エメラルドに輝く湖)」
エメラルドの湖
都市伝説?みたいなものなんだけど湖がエメラルド色に輝くと言われている湖がこの街の近くにあるらしい
エメラルドに見えなくても綺麗な湖らしいからどうしても撮ってみたくてここまで来た
「知ってるよ!明日、案内してあげよっか?」
「え?いいの?」
今夜限りの出会いかと思いきや千歳は明日も俺に付き合ってくれるらしい
「もちろんだよ!私シオンのこと気に入っちゃった!帰るまで仲良くしてね!」
軽い調子でハイタッチを交わして明日の約束して帰路に着いた
俺は良い出会いだったな。なんて漠然と考えながらも不思議な彼女のことを海外のひと時の思い出になりそうなんて。簡単に考えていたんだ
翌日になると眠い身体を必死に起こして俺は朝の散策して風景を撮りに行っていた
千歳との待ち合わせは昼過ぎの予定だったから朝活をしたかったのだ
それでもカメラのシャッターを切りながらも昨晩の出会いにそわそわとワクワクを隠すことは出来なくて、少しぶれてしまう時もしばしばご愛嬌
千歳と待ち合わせ場所は宿のロビーだった
「あ!シオン!おはよ!」
「おはよう。朝から元気だな」
昨夜の出来事だったから、千歳がいるかほんの少しだけ疑いをもっていたがそんなことは杞憂だというばかりに明るい声に圧倒されていた
それにしても、昨夜の暗がりの場所でも思ったが、千歳はすごく美人だ
日に照らされた髪はキラキラと光り輝いて見えるし目も溢れそうなほど大きい
そしてなんといっても胸は張る様な形をしていてその下のウエストはしっかりと引き締まっている
「どうしたの?」
「……いや?なんでもない」
そういうしかない男脳を振り払いエメラルド色の湖について尋ねた
「調べたらここからそう遠くない場所にあるよね?」
「うん。そうだよ!ただね、歩くしか移動手段がないの。60分ほどかかっちゃう」
そんなに歩く場所に千歳は付いてきてくれるらしい
「悪いね。そんなに歩くのに」
「えー?全然だよ?それにこの地域の人みーんなよく歩くから!へっちゃらだよ」
るんるんで見上げてくる姿に本気で言ってることが伺えて、まぁ千歳は楽しそうにしているし俺自身わくわくしていたからそこまで言うことでもないかなと思った
「じゃあよろしく頼むよ。ガイドさん」
「まっかせてぇ!」
そう言って向かった先は街の外れにある森で、その中にエメラルド色の湖があるらしい
「結構険しい?」
「そんなことないよ。割と平坦だから。林に近いかな」
そう言って手を握られてどきりとした
「え?…なに」
「なぁに?だめ?」
少し高揚した頬は隠すまでもなく
「あ、赤くなってる。シオンって。やっぱり可愛いね。好きかも」
千歳は俺の手に指を絡ませてそのまま進むもんだからそれに従うしかない
「デートでしょ?」
「そうだったの?」
「私はシオンのこといいなぁって思ってまだ一緒に居たくて今日きたけど?」
海外の女性はなんて積極的なんだ
ハーフといえどここで育ってきたであろう千歳はボディタッチや距離も近い気がしていたがまさか自分がそんな風に触れられると思っていなくてドキドキしてるのと、え?いいの?なんのご褒美?みたいな男丸出しな感情が顔を出してきていたけどそれは今は見せてはいけないと思いとどまっていた
湖までの道中は千歳の言う通りに高低差は殆どなく、まるで林の様だった
それに瑞々しい木々が生い茂りなんなら散歩道を2人で本当にデートしている様に感じているくらいで、俺は時折カメラを構えシャッターを切り続けていた
「カメラ構えてるシオンかっこいいね」
「え、なに。照れるから見るなよ」
そんな初々しい会話も混ぜながら進んでいくと、気がついたら湖に到着していた
「………。やっぱりあれは都市伝説だったのか」
湖は壮大で美しかったが、残念ながらエメラルド色には輝いていない
湖を数枚撮りながらも、なんだかがっかりした気持ちと、でも千歳との道中は疑似恋愛の様な感覚にもなったからある意味良い収穫だったかな。なんて楽観的に考えていた
「じゃあ、帰るか」
「え?帰るの?もういいの?」
あんなに行きたがっていたのに。とでも言いたげな顔も可愛くて視線を逸らしてしまう
「もう十分撮ったし。ありがとう千歳。ここまで楽しかった」
「…………。まだわからないじゃない。もしかしたら。夜まで待てば変わるかも」
真剣な顔をして大きな目で見つめてくる千歳に引き寄せかけられるが一歩下がる
「いや、野宿の準備なんてしてないしそこまで千歳に迷惑かけられないだろ?」
「何言ってるの?私がまだシオンとここにいたいって思ってるの」
「きて」と引っ張って連れて行かれた先には人が座れそうな岩場があって
「野宿まではなくてもさ、暗くなるまでここに居ようよ。帰り道も険しくないし安全だよ?」
お願い!とばかりに両手を握り続ける千歳に見上げられて
「わ、わかったよ。わかったから。あんまりその目で見ないで」
ヘーゼルのくりくりした目に吸い込まれそうになるのを抑えつけて隣に座ると少しだけ近寄ってくる千歳
「フフフ。なぁに?シオンはそういうのに弱いの?」
「…それは全世界の男がそうだろ。ああっ!もう!千歳!近いって!変な気起きそうになるからやめてくれよ」
話してる最中に腕を絡ませてくる千歳から少し離れようとしたけど、一緒になって移動してくるから中々距離は変わらない
「可愛いね。シオン。私、変な気起こされても良いと思ってるよ」
「は?……え、ちょっと」
そう言った時にはすでに唇を奪い取られていた
昨日からの出会いの千歳に
「フフフ。しちゃったね」
悪戯っ子の笑い方をしながら抱きついてくる千歳は
「え。ちょ、ちょっと?」
「ねぇ、シオン。夜までまだ少しあるし。それまで私と恋人ごっこしない?」
「恋人ごっこ?」
うん。と頷きながら
こんな場所で、やってはいけないのに
大胆な千歳に翻弄される俺を見て
「フフフ」
千歳は嬉しそうに笑っていた
「ねぇ、シオン。…………見て」
「………え」
千歳がそんな風に言ったのは、それから暫くしてからの事だった
言われた視線の先に見えたのは
「エメラルド色」
「良かったね!シオン!」
自身が緑色に見えるくらいの光を放つ湖は陽が落ちる前の壮大な美しさとは違い、なんとも幻想的な……この世のものとは思えない雰囲気を放っていた
「写真。撮らないの?」
千歳の言葉に思わずビクッとなって鞄からカメラを撮り出す
撮った
夢中で
多分軽く500枚くらいは撮ったと思う
でも
「ねぇ、千歳。そこ立ってよ」
「え〜?なに?私撮るの?」
湖をバックにして、シャッターを切る
「帰ってもさ。千歳の事思い出したいから」
「シオンって………フフ。やっぱり好きよ」
そんな風に笑う彼女に俺も優しく笑いかけた
1話終わり




