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紅楼夢  作者: 翡翠
第十六回 賈元春 才(さい)もて鳳藻宮(ほうそうきゅう)に選(せん)じ 秦鯨卿 夭(わか)くして黄泉路(よみじ)に逝(ゆ)く
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第十六回 19

「媽媽(かあさま)に教えて差し上げて」

 熙鳳が賈璉に言った。

「話すのはいいけれど、少し長くなりますよ」

 趙ばあやはこっくりとうなずいた。賈璉は咳払いをして、口を開いた。

「……今上陛下(きんじょうへいか)は天下万民(てんかばんみん)の心をわが心として深く思いやられ、この世で『孝(こう)』の一字ほど大切なものはないと思(おぼ)し召しになったのです。父母(ふぼ)が児女(じじょ)を思い、児女(じじょ)が父母を思うのは生まれながらの性(さが)であり、不偏(ふへん)の理(ことわり)である、と」

 趙ばあやは身を乗り出した。

「なぜ天子さまはそう思われたのです?」

「まぁまぁ、媽媽(かあさま)、そう急(せ)かさずに」

賈璉は趙ばあやをさえぎる。

「おいおいお話をいたします」

 趙ばあやはすっと浮いた腰を下ろした。

「今上陛下(きんじょうへいか)御自(おんみずか)らこう思し召しになったからです。『朕(わたし)は日夜、孝養(こうよう)の心をもって太上皇と皇太后にお仕えしているつもりだが、それでもなお、孝行を尽くしきれてはおらぬ』、と」

 賈璉は再び咳払いをする。

「……陛下は宮中の妃嬪(ひひん)や才人(さいじん)といった後宮の女人(にょにん)を見てこう思われたのです。かの者どもはみな宮中にあること多年(たねん)におよぶ。父母の顔を見ることも声を聞くこともできずにいる。かの者どもが父母を恋しく思わぬことがあろうか」

 賈璉は空(くう)をあおいだ。

「講釈師(こうしゃくし)にでもなったつもりかしら……」

 熙鳳は賈璉に聞こえぬよう小さくつぶやいた。

「およそ児女(じじょ)が父母を思い慕(した)うは、子としての本分(ほんぶん)にかなうものである。また家にありて父母(ふぼ)が児女(じじょ)を思いながら、ついぞ会うこともなければなんと憐(あわ)れなことであろう。

 その思いが塵埃(じんあい)のように降り積もり、それがもとで病を得、命を落とすようなことにでもなれば、それはすべて朕(わたし)が皆(みな)を宮中へ鎖(とざ)し、天倫(てんりん)としての願(ねが)いを遂(と)げさせなかったためだ」

 趙ばあやは懐(ふところ)から手巾(てきん)を取り出し、目尻(めじり)を拭く。

「それは天地(あめつち)の調和(ちょうわ)をも損(そこ)なう所業(しょぎょう)である。そこで陛下は太上皇と皇太后にこう奏上(そうじょう)なさったのです。毎月、二と六のつく日には後宮の妃嬪(ひひん)たちの親族が宮中に参内し、かの者たちと面会することを許していただきたい、と」

 趙ばあやは念仏を唱えた。

「……南無阿弥陀仏。なんてありがたい思(おぼ)し召(め)しでしょう」


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