第十六回 15
そんな出来事があったのち、賈璉が帰ってきた。
「二の若さまにお酒と肴を」
熙鳳はそう平児に命じると、賈璉の差し向いに座る。
やがて平児が豊児とともに酒瓶と菜を持ってきた。
平児は賈璉の盃になみなみと酒を注ぐ。豊児も同じように熙鳳の盃に酒をさし入れる。
「もうそのくらいでいいわ」
熙鳳は豊児を押しとどめた。盃にはまだ半分しか入っていない。
「奶奶はお酒がお強いはずなのに……」
豊児は首を傾げる。
「若さまは賈府へ帰ってきたばかりじゃない。こんなときはお酒を慎むものよ」
平児が静かに言った。
「ご機嫌よう」
大らかな声が戸口から響いた。
「趙ばあやが来られたみたいね」
熙鳳がぽつりと言った。
「早く媽媽に酒の支度を」
賈璉があわてて叫んだ。
「媽媽、どうぞ炕にお座りになって」
熙鳳はしきりにそう勧めたが、
「とてもとても。私のような者はそんなところには座れません」
と断る。すると平児が進み出て、
「趙ばあや、どうぞこちらへ」
そう言って、趙ばあやを炕の下に用意していた腰かけに座らせようとした。
「こんな立派なものにはとても座れませんよ」
趙ばあやはそう言うと、その横にある足台に腰かけた。
「媽媽、どうぞこれを召し上がってください」
賈璉は卓から料理の皿を二つほど選び取ると、誰もいない腰かけの上に置き、好きなように食べてもらおうとした。熙鳳がすぐさま言う。
「媽媽がそんな固いものを食べられるわけがないでしょう。歯を痛めてしまうわ」
賈璉はばつのわるそうにうつむく。
熙鳳は平児に言った。
「今朝、火腿燉肘子なら柔らかくて、媽媽にちょうどいいと言っておいたでしょう。どうして急いで温めてもらわなかったの?」
さらに趙ばあやに向かって言った。
「媽媽、あなたのお子が持ち帰った恵泉酒を召し上がってくださいな」
趙ばあやは言った。
「いただいておりますよ。奶奶もどうぞ召し上がれ。遠慮なさることはありません。飲みすぎなければいいのです」
熙鳳は曖昧に微笑んだ。
「それはそうと今日うかがったのはお酒をいただくためではありません。実は大事なお願いがあるのです。奶奶、どうかこの婆にお情けをいただきますように」
熙鳳は小さくうなずく。
「若さまときたら口では良いことばかりおっしゃるのに、いざとなると私たちのことなど頭の片隅にもありませんのよ。小さいころから若さまにお乳を差し上げ、こうして大きくなるまでお育てしてきたというのに」
そう言ってちらりと賈璉を見やる。
「私ももう年を取りました。幸い息子が二人おりますから、あの子たちに少しばかり目をかけてくださいまし。奶奶がおっしゃれば他の者からの文句も出ないでしょうから」
もう一度賈璉に目をやった。賈璉はうつむいたまま盃を置いた。




