第十六回 10
黛玉の房から続く回廊にはわずかに靄がかかっていた。その靄は途切れることなく賈璉の房の入り口まで続き、だんだんと闇が深くなると、その靄も次第に濃くなっていった。
賈璉が久方ぶりに栄府に戻ってきたというので、親戚、友人、同輩など挨拶へ足を運ぶ者は絶えず、特に親しい者を己が房まで招き入れ、尽きぬ話を語り合った。
その客人も一人去り、二人去り、最後の一人までいなくなると、賈璉は炕へだらりと腰を下ろした。
「国舅さま」
賈璉はぼんやりと声のした方を向いた。
熙鳳がこちらへ笑いかけている。
「国舅さま、おめでとうございます」
「国舅……国舅」
賈璉は口をもごもごさせながら繰り返した。
「あァ……」
呆けたような声が漏れる。
なるほど、元春が妃の位にのぼったからにはその兄弟筋にあたる賈璉は国舅ということになる。
熙鳳はうやうやしくお辞儀をした。
「国舅さまにおかれましては、長旅でさぞお疲れにございましょう。小的は、昨日早馬の一報を受け、今日にも大駕がお帰りになると聞いて、ささやかな水酒をご用意申し上げ、旅塵を払おうとお待ちしておりました。ここにご来臨賜い、小的の拙いもてなしをお受けいただきますでしょうか?」
賈璉はうつむきながらわずかにため息を漏らした。熙鳳はなおもにこにこと笑っている。
賈璉は笑いながら言った。
「いやいや、かたじけない。かたじけない」
それを聞くと、熙鳳は再びお辞儀をし、賈璉に背をむけると、そっと眉を顰めた。




