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紅楼夢  作者: 翡翠
第十六回 賈元春 才(さい)もて鳳藻宮(ほうそうきゅう)に選(せん)じ 秦鯨卿 夭(わか)くして黄泉路(よみじ)に逝(ゆ)く
324/333

第十六回 10

 黛玉の房(へや)から続(つづ)く回廊(かいろう)にはわずかに靄(もや)がかかっていた。その靄(もや)は途切(とぎ)れることなく賈璉の房(へや)の入(い)り口(ぐち)まで続(つづ)き、だんだんと闇(やみ)が深(ふか)くなると、その靄(もや)も次第(しだい)に濃(こ)くなっていった。

 賈璉が久方(ひさかた)ぶりに栄府に戻(もど)ってきたというので、親戚(しんせき)、友人(ゆうじん)、同輩(どうはい)など挨拶(あいさつ)へ足(あし)を運(はこ)ぶ者(もの)は絶(た)えず、特に親(した)しい者(もの)を己(おの)が房(へや)まで招(まね)き入(い)れ、尽(つ)きぬ話(はなし)を語(かた)り合(あ)った。

 その客人(きゃくじん)も一人去(ひとりさ)り、二人去(ふたりさ)り、最後(さいご)の一人(ひとり)までいなくなると、賈璉は炕(こう)へだらりと腰(こし)を下(お)ろした。

「国舅(こっきゅう)さま」

 賈璉はぼんやりと声(こえ)のした方(ほう)を向(む)いた。

 熙鳳がこちらへ笑(わら)いかけている。

「国舅(こっきゅう)さま、おめでとうございます」

「国舅(こっきゅう)……国舅(こっきゅう)」

 賈璉は口をもごもごさせながら繰(く)り返(かえ)した。

「あァ……」

 呆(ほう)けたような声(こえ)が漏(も)れる。

 なるほど、元春が妃(ひ)の位(くらい)にのぼったからにはその兄弟筋(きょうだいすじ)にあたる賈璉は国舅(こっきゅう)ということになる。

 熙鳳はうやうやしくお辞儀(じぎ)をした。

「国舅(こっきゅう)さまにおかれましては、長旅(ながたび)でさぞお疲(つか)れにございましょう。小的(わたくしめ)は、昨日(きのう)早馬(はやうま)の一報(いっぽう)を受(う)け、今日にも大駕(あなたさま)がお帰(かえ)りになると聞(き)いて、ささやかな水酒(みずざけ)をご用意申(よういもう)し上げ、旅塵(りょじん)を払(はら)おうとお待(ま)ちしておりました。ここにご来臨(らいりん)賜(たま)い、小的(わたくしめ)の拙(つたな)いもてなしをお受けいただきますでしょうか?」

 賈璉はうつむきながらわずかにため息(いき)を漏(も)らした。熙鳳はなおもにこにこと笑っている。

 賈璉は笑いながら言った。

「いやいや、かたじけない。かたじけない」

 それを聞くと、熙鳳は再(ふたた)びお辞儀(じぎ)をし、賈璉に背(せ)をむけると、そっと眉(まゆ)を顰(ひそ)めた。


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