第十六回 9
――生い成りて、はるかに俗を越えている。
己が房に入ってゆく黛玉を見ながら宝玉は嘆息した。
黛玉が忙しく房をきれいにし、調度を整えているあいだ、宝玉は気が落ち着かず、回廊をうろうろし、思いついて、水溶からもらった念珠を懐に忍ばせた。
黛玉の房の外には書が山積みになっている。宝玉はそれが少しずつ減っていくのを一日千秋の思いで眺めていた。
やがて、それらがきれいに無くなってしまい、しばらくしたころ、紫鵑が宝玉の房にやってきた。
「黛玉姑娘から二の若君へ贈り物です」
紙や筆がうやうやしく差し出される。
茜雪はそれを丁寧に受け取り、宝玉に渡した。
「林妹妹はどこにいるの?」
宝玉が尋ねた。
「……まだお房にいらっしゃいます」
紫鵑は静かに言った。
「じゃあ、すぐに行くよ。ぼくからも林妹妹に渡したいものがあるんだ」
そう言うと、宝玉は外に飛び出していった。紫鵑もすぐにその後を追う。茜雪は送られた紙や筆をとっくり眺めてしまうと、黛玉の房へと向かった。
「林妹妹!」
宝玉は大声で黛玉を呼んだ。
黛玉はそっと振り返る。
「紙や筆をありがとう! ぼくからも渡したくて……」
宝玉は懐に手を伸ばし、かの念珠を取り出した。
「これを」
念珠はきらきらと輝いている。黛玉はそれを手に取り、すぐさま投げ捨てて言った。
「どこかの臭い男が触ったものなんて結構よ!」
宝玉はしばらく呆然としていたが、念珠を拾いなおし、再び懐にしまった。
紫鵑と茜雪、二人の丫鬟は少し離れたところでそれを眺めていたが、しばらくして茜雪が言った。
「あの紙や筆などは他には誰に贈られたのですか?」
「……薛の姑娘、迎春姑娘など限られた方だけです」
紫鵑が言うと、茜雪は重ねて尋ねた。
「あの紙や筆などはもともと林の老爺さまのものではありませんか?」
紫鵑は口をつぐむ。
「『如』の印が入っておりました」
紫鵑はなおも無言のままである。
「私が二の若君に申し上げても……」
紫鵑はゆっくりと首を横に振った。
「詮無きことです」
茜雪はそれを聞くと、宝玉の房へと戻っていった。




