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紅楼夢  作者: 翡翠
第十六回 賈元春 才(さい)もて鳳藻宮(ほうそうきゅう)に選(せん)じ 秦鯨卿 夭(わか)くして黄泉路(よみじ)に逝(ゆ)く
317/333

第十六回 3

 その日は寧栄両府(ねいえいりょうふ)の者たちが一堂(いちどう)に会(かい)していた。あちらでは酌(しゃく)を重(かさ)ね、向こうでは笑(わら)いあい、賑(にぎ)やかなことこのうえなかった。

「二の老爺(だんな)さま、生辰(せいしん)のお祝(いわ)いを申(もう)し上(あ)げます」

 誰(だれ)かがうやうやしく頭(あたま)を下(さ)げた。賈政は哄笑(こうしょう)して言う。

「私もずいぶんと年(とし)かさになってしまいました。生(う)まれてきた祝(いわ)いを、こう盛大(せいだい)にしていただくとは幸(しあわ)せものだと思わなければなりませぬ」

「ささ、一献(いっこん)」

 男は酒瓶(しゅびん)を傾(かたむ)ける。

「やあ、これは」

 賈政は盃(さかずき)を掲(かか)げようとした。そのときだった。

「六宮都太監(ろっきゅうとたいかん)の夏(か)の老爺(だんな)さまが勅旨(ちょくし)を降(くだ)されに参(まい)られました」

 一挙(いっきょ)に場(ば)がざわめく。賈政の盃(さかずき)から酒(さけ)があふれた。

 演台(えんだい)の芝居(しばい)がぴたりと止まる。酒宴(しゅえん)は水を打ったように静(しず)まった。

「香案(こうあん)を用意(ようい)せよ! 二脚(にきゃく)でも三脚(さんきゃく)でもいい。……むろん、香炉(こうろ)もだ!」

 賈政は叫(さけ)んだ。

「中門(なかもん)を開(ひら)け! みな跪(ひざまず)いてお迎(むか)えせよ!」


 しばらくすると夏守忠(かしゅちゅう)が馬(うま)に乗(の)って現(あらわ)れ、大勢(おおぜい)の内監(ないかん)がつき従(したが)っている。

――詔(みことのり)を持(も)たれていない?

 賈政は少(すく)なからず狼狽(ろうばい)したが、慌(あわ)てて再(ふたた)び跪(ひざま)いた。

 夏守忠は満面(まんめん)の笑みをたたえながら、軒先(のきさき)で馬(うま)から降(お)り、賈政の寿辰(じゅしん)の祝(いわ)いの残滓(ざんし)が広(ひろ)がるなかを抜(ぬ)けていった。

 守忠は広間(ひろま)の奥(おく)まで進(すす)むと、南面(なんめん)して立った。

「特旨(とくし)である。ただちに賈政を参内(さんだい)させ、臨敬殿(りんけいでん)にて陛見(へいげん)せしめよ」

 そう言(い)い終(お)えると、茶(ちゃ)を飲(の)む暇(ひま)さえ惜(お)しむように、すぐさま馬(うま)に乗(の)って立(た)ち去(さ)ってしまった。

 門(もん)まで出(で)て、見送(みおく)った賈政は、

「更衣(きがえ)の支度(したく)をせよ」

 と言い、足下(そっか)の霜(しも)を踏(ふ)みしめた。


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