第十六回 1
都の上空には黒雲がたちこめていた。山嶺から吹き降ろす疾風は、にわかに麓へ降り立ち、雪を呼びこむ。遊廊を進む一人の下人の頭は白く染まっていた。
「二の若君、二の若君!」
叫ぶ声に応えるように宝玉が顔を出す。
「外書房の支度が整いましたぜ」
宝玉は微笑んだ。
「良かった。これで鯨卿と夜も書を読むことができるよ。早く鯨卿に知らせないと!」
「二の叔父さまから外書房が出来上がったと仰せだ。おそらくは一緒に夜学に勤しもうとの申し出だろう。ありがたいことだ」
秦業は秦鐘に含めるように伝えた。
「……だが、おまえのこの様子では夜学などままならぬな」
秦鐘は咳きこみながら涙ぐんだ。
「おまえは体が弱いから……」
水月庵から戻ってからというもの、秦鐘は病床に臥し、食もすすまず、やせ衰えてゆくばかりであった。
「ごめんなさい、父上……」
そう言われては、秦業もただ首を横に振るほかない。
だが、秦業は知らなかった、自身の息子が水月庵で寒さに凍えながら、幾度も睦みあっていたことを。
秦鐘は戸口を見つめた。
「外は吹雪だ。もう寝なさい」
秦鐘はそっと目を閉じる。風の吼える音だけが頭を打ちつけるように響いた。
舞いしきる風花のなかに、装いを正した一行が進んでいた。一行はある邸の前で歩みを止める。
かの守備の家からは猫一匹顔を出す気配がなかった。張家の家人はおそるおそる門に近づくと、
「張家より遣いに参りました」
と震える声で叫んだ。みぞれ交じりになった雪はやがて霰に変わる。
ようやく一つの人影が守備の邸から現れた。だが絶え間ない霰のためにその面は見えなかった。
結納品が、張家の従者によって運ばれてくる。張家の家人はおそるおそる顔をあげた。痩せこけた老人はたった一言、
「いいだろう。受け取っておいてやる」
とつぶやいた。




