第十五回 16
平児は老尼の話に再び耳をかたむける。
「ところが李の家ではどうしても退く気配がなく、かの娘を娶るの一点張りでございます。張家はまったく打つ手がなく、両家の板挟みになってしまいました。
そのうえ、かの守備の家でもこの話を聞きつけると、何も確かめずに怒鳴りこんできて、ひとりの娘を何軒にもあてがったのかと罵り辱め、張家が結納品を返すと申し出てもそれすら許さず、ついには訴訟沙汰になってしまったのです」
――そんなことがありえる?
平児は柱の陰で首を傾げた。
――守備が話を聞いただけで怒るとは思えないわ。むしろ逆のような気さえする。あの人が言っていた噂は……。
噂とは往々にして信じがたいものであるが、少なくとも平児にとっては浄虚の話よりは信頼に足るものだった。
――なんで、こんな与太話をするのだろう?
「張家はもう大慌で……」
――慌てているのはあなたじゃないの?
平児はあきれた。
――……でも、何の魂胆があるの?
「とうとう先日、張家は人を都へ遣わし、伝手を探されているとのこと。意地でも婚約を破棄しようというのです」
――その伝手があなたなんでしょう?
平児にも怒りがふつふつとわいてくる。
そこまで考えたとき、平児にはっ、と気づくものがあった。そのまま熙鳳を見やる。
熙鳳は懸命に長広舌をふるう浄虚に、蔑(さげす
)むような一瞥をくれていた。
――奶奶はとっくに気づかれていたのだわ。
「幸い、今の長安節度使の雲様は、栄府と御懇意だとうかがっております。
ですから、奶奶より政の二の老爺さまへお口添えいただき、文をただ一通雲さまへしたためていただければ、きっと雲さまから守備殿へお話しいただけることでしょう?
そうすれば守備も従わぬはずがありません」
そして浄虚はこう付け加えた。
「もしお取り計らいいただけるなら、張家は家財を尽くしてもご恩に報いたいと申しております」
「あなたもきっとそう言われたんでしょう?」
平児は蚊の鳴くような小声で言った。
「張家からたんまりお金がもらえる算段なのね」




