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紅楼夢  作者: 翡翠
第十五回 王鳳姐(おうほうしゃ) 権(けん)を鉄檻寺(てっかんじ)に弄(ろう)し、秦鯨卿(しんげいけい)、趣(おもむき)を饅頭庵(まんとうあん)に得(う)。
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第十五回 13

「お、姐姐(おねえさま)、それは庵主(あんしゅ)がお許(ゆる)しになりましぇん」

 呂律(ろれつ)の回(まわ)っていない智善に苦笑(くしょう)しながら智能は言った。

「分かっているわ」

 智能は唇の端(は)を少し噛(か)みながらため息(いき)をついた。

「でも、夢(ゆめ)を見たくなるのよ、栄府のあの方みたいにこの牢獄(ろうごく)みたいなところから抜(ぬ)け出せないかって。噂(うわさ)では人さらいのところから受け出されてきたんだって聞くわよ」

「あの方?」

 智善が聞いた。

「薛家の……あのお綺麗(きれい)な方。私と同じ父(てて)無(な)し子(ご)だった方よ。香菱……とか言われたかしら?」

「ありぇ?」

 智善が首をかしげる。

「その……か、方(かた)は……たしか……英蓮(インリェン)とかいうお名前(なまえ)ではありませんでしたっけ?」

「何が応憐(インリェン)よ!」

 智能は叫(さけ)ぶ。

「憐(あわ)れむ応(べ)し、だなんて。憐(あわ)れんでほしいのは私の方だわ!」

 智善はまだ首も座(すわ)らぬ赤子(あかご)のようにふらつきながら言った。

「誰(だりぇ)かにさらってもらえばいいではありませんか?」

 そう智善は冗談(じょうだん)を言ったが、智能はいたってまじめな顔で言った。

「……本当にそうなればいいのだけれど。でも、私なんかをさらってくれる方なんて現(あらわ)われっこないわ」

「……秦の……若君(わかぎみ)……」

 秦鐘の名を聞いて、智能ははっと飛(と)び起(お)きる。

「秦の若君(わかぎみ)ならさらってくれるのれは?」

 智能は智善の額(ひたい)を指(ゆび)ではじいた。

「こんなに小さくて、酔(よ)っ払(ぱら)いのくせに口だけは達者(たっしゃ)なのね」

「……でも、秦の若君(わかぎみ)は……たぶん姐姐(おねえさま)のことを……」

 智能は首を振(ふ)った。

「あの人に攫(さら)われるわけにはいかないわ」

「……ど………う……し……て……」

「もしも……」

 智能はぐっすりと眠(ねむ)りこんだ智善に夜具(やぐ)をかける。

「もしも攫(さら)ってくれるのなら、心(こころ)まで」


 さて、話はかの葬儀(そうぎ)の日に戻(もど)る。

 宝玉と秦鐘は仏殿(ぶつでん)で遊(あそ)んでいたが、智能がこちらにやってくるのを見つけると、笑(わら)って言った。

「ほら、能児(のうじ)が来たよ」

 秦鐘はそっけなく言った。

「あんなやつ、何でもありませんよ」

 宝玉はくすくす笑った。

「とぼけないでよ。この前、老太太(おばあさま)の部屋(へや)で君(きみ)はあの子を抱(だ)き寄(よ)せていたじゃないか! 今さらぼくを騙(だま)そうったって……」

 秦鐘はさえぎるように言った。

「そんなことあるはずないじゃないですか」

 宝玉はなおも笑いながら言う。

「何を言おうがかまわないよ。たった一言、君が言えば済(す)むんだから。『お茶を一杯(いっぱい)持ってきて』って」

 秦鐘は笑った。

「変(へん)なことを言いますね。あなたが頼(たの)めばいいでしょう? お茶くらい持ってきてくれますよ」

 宝玉は真面目(まじめ)な顔で言った。

「ぼくが頼(たの)んだところでなんてことないよ。君が頼(たの)むからこそ気持(きも)ちがこもるんじゃないか」

 秦鐘は仕方(しかた)なく言った。

「能児(のうじ)、お茶を持ってきてくれ」


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