第十五回 12
「眠る前に『幻』の話をしていいかしら?」
熙鳳たちが逗留する前夜、智能は智善に言った。
「幽鬼の話ならやめてください。私が眠れなくなります」
智善は衾をかぶりながら、ぷいと背中を向けた。智能は笑う。
「そうじゃないわ」
「じゃあ、どんな話なんです?」
智善は半身を起こした。
「そのまえにそこの戸をあけてくれる?」
智善は言われるがままに戸を開け、次の指図を待った。
「奥に懐紙で蓋をされた小ぶりの水差しがあるはずよ」
「ありました」
「持ってきて」
智善がその水差しを智能のまえに置くと、懐紙をはぐった。
「うっ」
あふれでる香気に智善は眉をひそめる。智能は微笑みながら、寝具をまさぐり盃を取り出した。
「姐姐、おやめください」
智善は小声で一喝したが、
「庵主がお隠しになっていたものよ。何がいけないの?」
智能はとぼけたように言い、盃に酒をなみなみと注いだ。
「飲みなさい」
そう盃を差し出したが、智善は激しく首を横に振った。
「一杯だけよ。飲みなさい」
智能はなおも言ったが、智善は衾にもぐりこんでしまう。
しんと静まったく房に蟋蟀音だけが響く。
「姐姐」
智善は暗闇に呼びかける。
「何のお話をされるおつもりだったのですか?」
「言えないわ」
智能は静かに言った。智善は口をつぐむ。
「このままでは眠れません。教えてください」
「これを呑んでから」
智善の前に再び盃が差し出される。智善はしばし逡巡していたが、深めの盃を手に取ると、ぐいっと一気に飲みほした。
「ほら、もう一杯」
無くなった盃がまたたく間にいっぱいになる。智善は火照った頬にいっぱいの酒を含み、喉を通り抜けた。
「……さあ」
智善は小さな身を震わせながら智能にうながした。
「私はね……」
智能は吐息を漏らしながら言った。
「この寺から出ていきたいのよ」




