第十五回 10
「私はあんなところに泊まらないわよ」
熙鳳はきっぱりと言った。
「……奶奶、一族の方々はみな鉄檻寺にお泊りなのです」
来昇の妻が困ったように言った。
「実を言えば私も陽宅へ泊るつもりです」
そう付け加えたが熙鳳はどこ吹く風。こう言ってのける。
「もう決まったことなの。饅頭庵の浄虚に話はつけているわ」
やられた、来昇の妻はため息をついた。
「心配など無用よ。饅頭庵なら鉄檻寺からそう遠くないわ」
無事に僧の勤めも済み、夕べの茶も逝者に捧げ終わったころ、賈珍は賈蓉に命じた。
「璉の二の奶奶にはもう休んでいただきなさい」
熙鳳はかく伝えられると、女客の相手をしていた邢夫人に向かって言った。
「そろそろ失礼してもよろしいでしょうか? 連れの二人が疲れてしまったようで……」
邢夫人は笑いながら言った。
「お疲れなのはあなたの方でしょう? あとで鏡を見てごらんなさい。目の下にくまができているわ」
熙鳳ははっとして目のあたりに触れる。
「ここは大丈夫だからお行きなさい。あなたまで倒れられたら一大事よ」
微笑む邢夫人に礼を言って、周りの親戚たちへの挨拶を済ませると、宝玉と秦鐘を連れ、饅頭庵へと向かった。
「饅頭庵ですか……。寺の名前にしては珍しいですね」
庵へ向かう車中で秦鐘がつぶやく。
「水月庵のことよ。饅頭庵はただの渾名」
熙鳳が眠たい目をこすりながら言った。
「ああ、水月庵のことでしたか」
「でも、これは知っている? あそこの饅頭はとてもおいしいんだよ」
宝玉が笑った。
「なるほど。だから饅頭庵と……」
「それよりもあなたのところのお父上は鉄檻寺には来られていないみたいだったけれど……」
熙鳳が聞くと、秦鐘は首を横に振った。
「父ももう七十を越えておりますから……」
秦鐘は顔を伏せた。
「近ごろ病気がちでもありますし、失礼をさせていただいたのです」
「そうだったの……」
熙鳳も宝玉もそれきり口をつぐんでしまった。ちょうどそのころ饅頭庵の庇が、楡の梢越しに見えた。




