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紅楼夢  作者: 翡翠
第十五回 王鳳姐(おうほうしゃ) 権(けん)を鉄檻寺(てっかんじ)に弄(ろう)し、秦鯨卿(しんげいけい)、趣(おもむき)を饅頭庵(まんとうあん)に得(う)。
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第十五回 7

 一人の丫頭(むすめ)が肩(かた)をいからせながら立っていた。

「おい、小丫頭(こむすめ)。このお方がどなたか分かっているのか!」

 小者(こもの)たちが口々にわめく。だが、宝玉は糸車(いとぐるま)からあわてて手を放(はな)し、申し訳なさそうに笑った。

「見たことがないものだったから、つい試(ため)したくなっちゃったんだ」

 丫頭(むすめ)は言った。

「あんたたちにこれを扱(あつか)えるわけがないでしょ? どいて!」

 宝玉はすぐにそこから飛(と)びのいた。

「わたしが“あんたに”紡(つむ)いで見せてあげる」

 秦鐘は宝玉の袖(そで)を引っ張(ぱ)りながら言った。

「この娘(こ)、いい感(かん)じだね」

 宝玉は秦鐘をちょいと小突(こづ)いてから笑った。

「ばか! 打(ぶ)たないと分からないのかい?」

 糸車(いとぐるま)から延(の)びてくる、触(ふ)れればそのまま途切(とぎ)れるほどに細(ほそ)い線(せん)が丫頭(むすめ)の指をとおして、だんだんと絡(から)まり、しっかりとした絹糸(きぬいと)を紡(つむ)いでいく。

 宝玉はそれを飽(あ)きもせず眺(なが)めていた。宝玉が丫頭(むすめ)に話しかけようと口を開(ひら)いたとき、向こうから老婆(ろうば)の呼(よ)ばうのが聞こえた。

「二番目(にばんめ)! 早くおいで!」

 そのとたん、その丫頭(むすめ)は糸車(いとぐるま)を放(ほう)り出し、向こうへ行ってしまう。

「あの子はなんていう名前なんだろう?」

 宝玉がつぶやいた。

「名前なんて立派(りっぱ)なものはありませんよ」

 小者はこともなげに言った。


「若君(わかぎみ)、奶奶(わかおくさま)がお呼(よ)びです」

 その遣(つか)いの声に、宝玉は名残惜(なごりお)しそうに糸車(いとぐるま)を見ながら手をひかれていった。

「どうぞいらっしゃい」

 熙鳳の声にいざなわれ、宝玉たちはなかへ入っていく。

 熙鳳は手を洗(あら)い、着替(きが)えて塵(ちり)を払(はら)うと、宝玉たちに言った。

「あんたたちも着替(きが)えなさい」

 秦鐘はうなずいて更衣(こうい)を始めたが、宝玉は黙(だま)ったまま動(うご)かない。

「……どうしたの?」

 熙鳳は聞いたが、

「僕(ぼく)はいい」

 と言うばかり。熙鳳はため息(いき)をついてお茶の支度(したく)をする。またたく間に急須(きゅうす)、茶碗(ちゃわん)が並(なら)べられ、蒔絵(まきえ)に彩(いろど)られた十錦屜盒(じっきんていほう)の抽斗(ひきだし)からは、いっぱいの菓子(かし)があらわれる。

 熙鳳たちはお茶を飲(の)み、それらをすっかり片付(かたづ)けてしまってから車に乗った。

 

 宝玉が簾(すだれ)のあわいから覗(のぞ)いてみると、旺児(おうじ)が褒美(ほうび)の包(つつ)みを村長(むらおさ)や女たちに与(あた)えている。みなは叩頭(こうとう)してそれに応(こた)えた。

 宝玉は人ごみを何度も見回したが、どこにもあの「二番目(にばんめ)」の姿(すがた)はなかった。

「何か珍(めずら)しいものでもあった?」

 熙鳳があくびまじりに尋(たず)ねたが、宝玉から答(いら)えはなかった。


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