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紅楼夢  作者: 翡翠
第十五回 王鳳姐(おうほうしゃ) 権(けん)を鉄檻寺(てっかんじ)に弄(ろう)し、秦鯨卿(しんげいけい)、趣(おもむき)を饅頭庵(まんとうあん)に得(う)。
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第十五回 5

 熙鳳はふっと笑った。

「よっぽどあの若君(わかぎみ)がお気に入りなのね」

 だが、宝玉が頬(ほほ)を赤らめもせず、怒(おこ)りだすこともせず、ただ黙(だま)りこんでいるのを見て、熙鳳は宝玉の意(い)を察(さっ)し、再(ふたた)び笑(わら)った。

「いいわ。呼(よ)んでらっしゃい」


 そのころ秦鐘は父の秦業につき従(したが)って、ゆるゆると馬を進(すす)めていたが、楽隊(がくたい)の奏(かな)でる音(おと)に紛(まぎ)れて、涼風(りょうふう)とともに吹(ふ)きこんでくる人声(じんせい)が自(みずか)らの、あるいは父親(ちちおや)の、もしくは死(し)んだ姉(あね)についての風説(ふうせつ)を運(はこ)んでくる気がして、激(はげ)しく上下(じょうげ)する馬の背(せな)にしがみつき、地(ち)の果(はて)てまで続(つづ)くような葬列(そうれつ)のなかほどを、沸(わ)きあがる胃液(いえき)を飲(の)みこみながら進(すす)んでいた。

 そんな折(おり)、疾風(しっぷう)のように宝玉の小者(こもの)が現(あらわ)れて、

「秦の若君(わかぎみ)、少し休(やす)まれませんか?」

 と言った。

秦鐘はあわてて小者(こもの)が来た方を振(ふ)り向(む)いた。熙鳳の車が小さく見え、北に向かっている。その後(うし)ろには宝玉の馬が鞍(くら)や馬具(ばぐ)を載(の)せたまま引かれている。

――璉の二の奶奶(わかおくさま)と一緒(いっしょ)に乗(の)っておられるのだ。

と察(さっ)するや、馬(うま)を飛(と)ばして追(お)いかけた。馬が激(はげ)しくいななき、地をえぐるように駆(か)けだした。秦業は簾越(すだれご)しに秦鐘の名を呼(よ)んだが、むろん応(いら)えはなかった。


 起伏(きふく)の多い道を抜(ぬ)けると、そこは小さな荘(しょう)だった。

 ひとたびその門をくぐれば、そこに住まう人々の肌(はだ)はみな浅黒(あさぐろ)く焼(や)け、手や足の先にいたるまで骨(ほね)ばっており、みな一様(いちよう)に痩(や)せていた。

 熙鳳や宝玉がここに到(いた)る半刻前(はんこくまえ)、不意(ふい)に賈家の屈強(くっきょう)な家人(けらい)たちが現(あらわ)れ、かの男たちを追(お)い出した。

荘(しょう)には房舎(たてもの)も少なく、女たちは隠(かく)れるところも多(おお)くなかったため、破(や)れた着物(きもの)を身(み)につけたまま、ただ待つより他なかった。

 やがて、この取り残されたような小さな荘(しょう)にふさわしからぬ、立派(りっぱ)な車がとめられ、熙鳳や宝玉、秦鐘がこちらへ向かってくると、その麗(うるわ)しい姿(なり)や立ち居振(いふ)る舞(ま)いを、朽(く)ちかけた柱(はしら)の陰(かげ)や、木の幹(みき)の後ろから目にして、ため息をつかないものはいなかった。


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