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紅楼夢  作者: 翡翠
第十五回 王鳳姐(おうほうしゃ) 権(けん)を鉄檻寺(てっかんじ)に弄(ろう)し、秦鯨卿(しんげいけい)、趣(おもむき)を饅頭庵(まんとうあん)に得(う)。
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第十五回 3

 宝玉は慌(あわ)ててそれを受(う)け取(と)ると、振(ふ)り返(かえ)って賈政に恭(うやうや)しく差(さ)し出(だ)した。

 そっと父の顔を仰(あお)ぎ見(み)るに、鷹(たか)のように鋭(するど)い両の眼(め)がこちらを睨(ね)めつけていた。

 賈政は水溶に分からぬよう宝玉の肩(かた)を押(お)し出(だ)すと、親子そろって恭(うやうや)しく礼(れい)を述(の)べた。


 風もない市中(しちゅう)にじりじりと日が照(て)りつけている。

賈赦は賈珍に目くばせをし、二人そろって言った。

「お疲れになったことでしょう。どうぞ輿(こし)にお戻りください」

 水溶は言った。

「逝者(せいじゃ)はもはや仙界(せんかい)の人となられました。私たちのように碌碌(ろくろく)と塵寰(じんかん)のなかに生きる者とは違(ちが)うのです」

 賈赦がすがるように言う。

「郡王(ぐんのう)さまは私ども紅塵(うきよ)の者どもとはまったく違(ちが)う貴人(きじん)であられます。どうぞ輿(こし)のなかへ」

 水溶は笑って首を横(よこ)に振(ふ)った。

「私は天恩(てんおん)をいただいて、空しく郡王(ぐんのう)の位にあるだけです。どうして仙(せん)となられた方の輀(くるま)より先に進むことができましょうか?」

 そう言われてしまうと賈赦たちは口をつぐみ、礼を述べて引き下がるよりなかった。そこで水溶は従者(じゅうしゃ)に命(めい)じて楽(がく)を止めさせ、棺(ひつぎ)が通(とお)り過(す)ぎるのを待った。宝玉はその水溶のさまを始終(しじゅう)呆(ほう)けたように見つめていたが、それに気づいた水溶が笑(わら)いかけると、一語(いちご)も発(はっ)することなくうつむいてしまった。


 寧国府の葬列(そうれつ)は賑(にぎ)わいをたもったまま、城門(じょうもん)までたどり着(つ)いた。

 城門(じょうもん)には賈赦、賈政、賈珍らの同僚(どうりょう)や配下(はいか)の者たちがそろって祭棚(さいほう)を連(つら)ね、そこで供養(くよう)を受けるたび、一軒(いっけん)ずつ礼(れい)を述(の)べ、やがて城外(じょうがい)へ出て、葬列は鉄檻寺(てっかんじ)へ向かう街道(かいどう)を進(すす)んでいった。


「父上、長輩(ちょうはい)の方々にそろそろご出立(しゅったつ)を願(ねが)わなければなりません」

 賈蓉が高く昇(のぼ)った日輪(にちりん)を見ながら言う。賈珍はうなずいた。

「それでは攵字輩(ぼくじはい)の方々には轎(かご)に乗(の)っていただくことにしよう」

「父上(ちちうえ)は?」

「私は馬(うま)で行く。おまえも後から馬で来るといい。おまえは攵字輩(ぼくじはい)の方々の轎(かご)の手配(てはい)を頼(たの)む」

「二の叔父(おじ)さまは?」

「玉字輩(ぎょくじはい)の者はみな馬だ。早く行け」

 賈蓉はうなずいて、賈赦、賈政のもとへと駆(か)けだした。馬のいななきがあちらこちらからあがった。

 

「騒(さわ)がしくなってきたわね」

 熙鳳はため息をつきながら言った。

「老爺(だんな)さまたちの轎(かご)や馬の支度(したく)が始まったようです」

 彩明が帳簿(ちょうぼ)に目を通しながら言った。

「私の轎(かご)は?」

「すでに表(おもて)へ用意(ようい)させています」

 熙鳳はうなずくと、口早(くちばや)に言った。

「宝兄弟(ほうくん)は今どこにいるの?」

「さきほど、北静郡王(ほくせいぐんのう)さまに拝謁(はいえつ)しておられたようです。今は馬に乗る支度(したく)をしているのではないでしょうか?」

 熙鳳は悩(なや)ましげにこめかみを押さえる。

「ろくに供(とも)もついていないのでしょう?」

「先ほどまで李貴がついていましたが、栄府に戻っていったようです」

「いけないわね。あの子が落馬(らくば)でもして怪我(けが)したら老太太(おばあさま)に申し訳(わけ)が立たないわ」


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