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紅楼夢  作者: 翡翠
第十四回 林如海 揚州城に捐館(えんかん)し、賈宝玉 路(みち)に北静王(ほくせいおう)へ謁(えっ)す
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第十四回 24

 賈珍は言った。

「け、犬婦(けんぷ)の喪(も)のために、郡王(ぐんのう)さま御自(おんみずか)ら、しかも二度まで足(あし)をお運(はこ)びいただくとは、祖先(そせん)の余徳(よとく)によって今日(こんにち)のある倅(せがれ)のごとき者には、身(み)に余(あま)るご厚意(こうい)にございます」

 賈珍は額(ひたい)に汗(あせ)しながら言った。水溶は静(しず)かに微笑(ほほえ)む。

「賈珍(かちん)殿(どの)は極(きわ)めて恭謹(きょうきん)でいらっしゃる。あくまでご子息(しそく)を蔭生(いんせい)とおっしゃられるとは」

「は……」

 賈珍は言葉(ことば)に詰(つ)まった。

「我(われ)らは代(だい)々兄弟(きょうだい)同然(どうぜん)の世交(せこう)の間柄(あいだがら)。そのようなことをおっしゃるものではありません」

 水溶は笑い、振(ふ)り返(かえ)って長府官(ちょうふかん)に祭礼(さいれい)を執(と)り行(おこな)わさせた。賈赦らはあらためて返礼(へんれい)し、さらに進(すす)み出てこれまでの厚情(こうじょう)に対する謝意(しゃい)を述(の)べた。


 水溶はそれを受(う)けてもなおその身分(みぶん)を鼻(はな)にかけず、なおも柔和(にゅうわ)なふるまいを崩(くず)さなかった。そのまま互(たが)いに茶(ちゃ)をくみかわしていると、不意(ふい)に水溶が賈政に尋(たず)ねた。

「玉をくわえて生まれられたというご子息(しそく)はどこにいらっしゃいますか?」

 賈政は顔には見せなかったが少なからず狼狽(ろうばい)した。だが、水溶はそのまま語を継(つ)ぐ。

「何度もお目にかかりたいと思っていたのですが。そのたびに雑務(ざつむ)に紛(まぎ)れてその機(き)を逸(いっ)してしまいました。今日はきっとお越(こ)しでしょう。どうかお引き合わせ願(ねが)えませんか?」

 そこまで言われてしまえば、賈政も断(ことわ)るわけにはいかない。人を遣(つか)わせて喪服(もふく)を脱(ぬ)ぎ、参上(さんじょう)するように伝えた。


「その……、北静郡王(ほくせいぐんのう)さまという方はどんな方なんですか?」

 喪服(もふく)を脱(ぬ)がせながら李貴はたずねた。

「ぼくも噂(うわさ)でしか知らないんだ」

 宝玉はそう言いながら、袖(そで)から腕(うで)を抜こうと慌(あわ)ただしく身をよじった。

「おやおや若君(わかぎみ)、そんなに慌(あわ)ててちゃ脱(ぬ)げるものも脱(ぬ)げませんよ」

「だってしようがないだろう? 北静郡王(ほくせいぐんのう)さまは文武(ぶんぶ)に優(すぐ)れ、容姿端麗(ようしたんれい)、風流瀟洒(ふうりゅうしょうしゃ)であられるとか。それに……」

「それに?」

 宝玉はにっこりと笑う。

「官位(かんい)や礼法(れいほう)をまったく気にしない御方(おかた)だっていうんだから」

「あれあれ、まるで最後(さいご)のとこだけ聞(き)きゃあ、まるで若君(わかぎみ)みたいじゃありませんか」

 宝玉は深(ふか)くうなずき、礼服(れいふく)を羽織(はお)った。

「哥哥(おにいさん)、さあ行こう。王命(おうめい)に遅(おく)れては大変(たいへん)だ」

 宝玉がそう外へ駆(か)けだそうとするので、李貴も畳(たた)もうとしていた喪服(もふく)を床へ投(な)げ捨(す)てるより他(ほか)なかった。

 李貴が慌(あわ)てて外に出ると、宝玉が呆然(ぼうぜん)と立(た)ち尽(つ)くしていた。

「……若君(わかぎみ)?」

 李貴は叫(さけ)んだ。

「若君(わかぎみ)!」

 だが、宝玉は振(ふ)り向きもせずに言った。

「哥哥(おにいさん)、ごらんよ」

 宝玉の視線(しせん)は轎(かご)の方を見つめている。

「なんて素晴(すば)らしい方なんだろう」


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