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紅楼夢  作者: 翡翠
第十四回 林如海 揚州城に捐館(えんかん)し、賈宝玉 路(みち)に北静王(ほくせいおう)へ謁(えっ)す
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第十四回 20

 灯火(とうか)は漆黒(しっこく)の天まで焦(こ)がすように、あかあかと燃(も)え盛(さか)っていた。客(きゃく)を送(おく)り、官(かん)を迎(むか)え、世(よ)の賑(にぎ)わいを集(あつ)めたようであったが、その様(さま)は言葉(ことば)を尽(つ)くしても語(かた)ることはできない。

 白(しら)々と夜(よ)が明(あ)けてゆく。

「吉刻(きちこく)だ」

 触(ふ)れ役(やく)が叫(さけ)んだ。続(つづ)いてけたたましく銅鑼(どら)が鳴らされる。

 六十四名の青衣(せいい)の者(もの)たちが先頭(せんとう)に立って霊(れい)を迎(むか)え、さらにその前(まえ)には銘旌(めいし)が掲(かか)げられ、そこには大きく次(つぎ)のように記(しる)されていた。

「奉天洪建兆年不易之朝(ほうていこうけんきょうねんふえきのちょう)、誥封一等寧国公家嫡孫(こうほういっとうねいこくこうけちゃくそん)の婦(ふ)、防護内廷(ぼうごないてい)・紫禁道御前侍衛(しきんどうごえいぜんじえい)・龍禁尉賈門秦氏恭人霊柩(りゅうきんいかもんしんしきょうじんれいきゅう)」

「舌(した)を噛(か)みそうだ」

 旗(はた)を仰(あお)ぎながら賈蘭(からん)は苦笑(くしょう)した。

「しっ!」

 李紈(りがん)はそっと唇(くちびる)に指(ゆび)を立てた。賈蘭は頭(こうべ)を垂(た)れてむくれる

「なぜあれほど大仰(おおぎょう)にする必要(ひつよう)があるのです? なぜこれを言ってはならないのですか?」

「あなたみたいな子どもが考(かんが)えることではないの。私たちは静(しず)かにおとなしくしていればいいのよ」

「ちぇっ」

 賈蘭は母親(ははおや)に聞こえぬよう舌打(したう)ちをした。

「いつも『あなたはもう子どもじゃないの』って言っているじゃないか」

 賈蘭の目前(もくぜん)に影(かげ)が射(さ)した。賈蘭はさっと面(おもて)をあげる。

「蓉さん」

 賈蓉はにっこりと笑(え)みをたたえている。李紈(りがん)は頭(あたま)を下(さ)げた。

「どれもこれも美(うつく)しいですわ」

 旗(はた)はきらめくように輝(かがや)き、棺(ひつぎ)は炎(ほのお)に照(て)りかえり、しずしずと行(ゆ)く青(あお)き衣(ころも)にも皺(しわ)ひとつ見つからなかった。

「すべて新(あたら)しく調(ととの)えたようですから」

 賈蓉は笑(わら)った。

「……まぁ、それは」

 二人がそんな話をしていると、彼方(かなた)から鈴(すず)の音(ね)がかすかに聞こえてきた。

 白衣(はくい)の少女(しょうじょ)が柩(ひつぎ)に従(したが)って、身をかがめながら哭(な)いている。

「あの方が摔喪駕靈(そつそうがれい)の役(やく)を務(つと)められるのですね」

「ええ」

「あの方が奶奶(わかおくさま)の義女(むすめ)になられたのですね」

「ええ」

 少女が三人の前をよぎってゆく。柩(ひつぎ)が賈蓉の前を過(す)ぎる刹那(せつな)、灯火(とうか)に照(て)らされる賈蓉と少女の目が合った。少女は涙(なみだ)を止(と)め、二人はしばらく見つめ合う。

「もともと宝珠(あれ)は柩(ひつぎ)のなかに収(おさ)まっている方の丫鬟(じじょ)だったのですよ」

 賈蓉はつぶやいた。

「……まぁ、そうでしたの」

 李紈(りがん)は言ったが、賈蓉はなおも宝珠を見つめていた。

 やがて葬列(そうれつ)は再(ふたた)び動(うご)き出し、少女のすすり泣く声が再び聞こえ出した。


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