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紅楼夢  作者: 翡翠
第十四回 林如海 揚州城に捐館(えんかん)し、賈宝玉 路(みち)に北静王(ほくせいおう)へ謁(えっ)す
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第十四回 19

 折しも伴宿(ばんしゅく)の日であった。

 賈家の親戚一同(しんせきいちどう)は夜(よ)を徹(てっ)して棺(ひつぎ)の周(まわ)りに集(つど)っている。

「まったく騒(さわ)がしいわね」

 媳婦(よめ)の一人が思わずこぼす。

「滅多(めった)なことを言うものじゃないわ。『賑(にぎ)やか』と言いなおしなさい」

 もう一人はそう言ったが、かの媳婦(よめ)は何も言わずそっと奥(おく)の間(ま)に目をやった。


「すばらしいわね」

 舞台(ぶたい)を眺(なが)めながら探春は言った。

「そうかしら」

 惜春はうつむく。

「こんなときに劇(げき)なんて見る気になれないわ」

「まったくあなたは湿(しめ)っぽいんだから……」

 探春が口をとがらせると、一輪(いちりん)の花(はな)を差(さ)し出(だ)された。

「……あら、ありがとう」

 雑技(ざつぎ)の芸人(げいにん)がにっこり笑っている。芸人は惜春にも花を手渡(てわた)そうとしたが、惜春はぷいとそっぽを向いてしまう。芸人はしょぼくれながら去(さ)っていった。

「つれないわね」

 探春が笑う。惜春は無言(むごん)のままうつむいた。しばらく探春は劇(げき)に興(きょう)じ、惜春は指(ゆび)をくんだまま頭(こうべ)を垂(た)れていたが、やおら探春が惜春の脇腹(わきばら)を小突(こづ)いた。

「……何よ」

 惜春は不機嫌(ふきげん)そうに言ったが、探春はかまわずに言った。

「あれ、あれ」

 しぶしぶ惜春がそちらを見ると、派手(はで)に着飾(きかざ)った婦人(ふじん)がこちらに歩いてくるところだった。

「誰(だれ)?」

 探春は首(くび)を振(ふ)った。

「……どちらの王侯(おうこう)の家の方であったか定(さだ)かでないの」

「困(こま)ったわね」

 惜春はため息(いき)をついた。

「どうお話すればよいか分からないわ」

「そんなこと言っている間(ま)はないの。もうこちらに来られるわ」

 そう言うと探春はその人に駆(か)け寄(よ)り拝手(はいしゅ)した。

「甥(おい)の媳婦(よめ)のために足(あし)をお運(はこ)びいただいたこと、まことにありがたく存(ぞん)じます。わたくし、栄府の賈政の娘(むすめ)の探春(たんしゅん)にございます」

「まぁ、それではあの王夫人の娘御(むすめご)でいらっしゃるの?」

「いえ……、それは……」

 探春はつい口をつぐんでしまう。

「わたくしは……」

 相手(あいて)は怪訝(けげん)な顔(かお)をした。

「あの……」

 探春は言いかけたが、女の声がそれを引き取った。

「河南侯夫人(かなんこうふじん)、どうぞこちらへ」

 熙鳳はうやうやしく河南侯夫人(かなんこうふじん)の手を取ると、賓席(ひんせき)へといざなった。

「あなたは……」

 河南侯夫人(かなんこうふじん)がそう言うのに、

「賈赦の子、賈璉の媳婦(よめ)の王熙鳳と申します。どうぞお見知(みし)りおきを」

 河南侯夫人(かなんこうふじん)は満面(まんめん)の笑(え)みをたたえ、熙鳳に手を差(さ)し出(だ)した。探春はそれを呆然(ぼうぜん)と見送(みおく)った。遠(とお)くになる二つの人影(ひとかげ)が何事(なにごと)かを話しているようだったが、喧噪(けんそう)に紛(まぎ)れて聞こえなかった。

「先ほどの方はどなたかしら?」

 熙鳳は笑(わら)って耳もとにささやいた。

「あの方は趙姨娘(ちょういじょう)の娘御(むすめご)ですわ」

 そう言ってしまうと、熙鳳は郡王妃(ぐんのうひ)へ恭(うやうや)しく一礼(いちれい)し、そのまま別の夫人(ふじん)へ歩(あゆ)み寄(よ)った。


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