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紅楼夢  作者: 翡翠
第十四回 林如海 揚州城に捐館(えんかん)し、賈宝玉 路(みち)に北静王(ほくせいおう)へ謁(えっ)す
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第十四回 18

「失礼(しつれい)いたします」

 房(へや)の外から女の声がした。

「今ちょっと忙(いそが)しいの。くだらない用事(ようじ)なら後(あと)にしてくれる?」

 女は少し逡巡(しゅんじゅん)していたが、決意(けつい)したように大声(おおごえ)で叫(さけ)んだ。

「迎春姑娘(げいしゅんおじょうさま)が病(やまい)に倒(たお)れられたので、ご相談(そうだん)をいただきたいのです!」

 熙鳳はなおも振(ふ)り向(む)かずに言った。

「……司棋(しき)ね。いいわ。入りなさい」

 そう言われて司棋は一礼(いちれい)すると房(へや)のなかにおずおずと入ってきた。

「一の太太(おくさま)にお頼(たの)みするわけにはいかないの?」

 司棋は唇(くちびる)を噛(か)んだが、絞(しぼ)り出すように言った。

「ご承知(しょうち)のとおり太太(おくさま)は早晩(そうばん)繕国公(ぜんこくこう)のもとに赴(おもむ)かれます。大夫(いしゃ)を呼(よ)ぶにも私たちには伝手(つて)がなく……」

 熙鳳はため息(いき)をついた。

「一の老爺(だんな)さまが二の璉の奶奶(わかおくさま)にお願(ねが)いしてくるようにとの仰(おお)せで……」

「一の老爺(だんな)さまが?」

 賈赦の名が出て、熙鳳はやおら声色(こわいろ)を変(か)える。

「ええ、大夫(いしゃ)の手配(てはい)なら奶奶(わかおくさま)にお願(ねが)いするのが一番(いちばん)だと……」

 熙鳳は再(ふたた)びため息(いき)をついた。

「……仕方(しかた)のない人たちね」

 熙鳳はこぼしたが、彩明の瞳(ひとみ)には熙鳳のにやけ顔(がお)がはっきりと映(うつ)っていた。


「かなり悪(わる)いようね」

 迎春の呼吸(こきゅう)や脈(みゃく)をたしかめてから熙鳳が言った。

「……治(なお)らない病(やまい)でしょうか?」

 司棋は心配(しんぱい)そうに言う。

「分からないわ。私は大夫(いしゃ)じゃないもの」

 熙鳳はこともなげに言った。

「でも、少なくとも毎日診(まいにちみ)てもらわないといけないでしょうね。彩明!」

 熙鳳は下人(めしつかい)の名(な)を呼(よ)ぶとこう続けた。

「大夫(いしゃ)の診断(しんだん)や処方(しょほう)を確(たし)かめなければならないわ。またやらないといけないことが増(ふ)えるわよ」

 彩明はうやうやしく拝手(はいしゅ)する。司棋は身(み)を縮(ちぢ)こめた。迎春は寝台(しんだい)の上で途切(とぎ)れ途切(とぎ)れに寝息(ねいき)を立てている。

「まったく。出棺(しゅっかん)まで日がもうないと言うのに、次から次へと栄府(こちら)にも寧府(あちら)にも引きずり回されるなんてね」

「そうおっしゃらず。奶奶(わかおくさま)がおられないとみな困(こま)り果(は)ててしまいますわ」

 司棋が言った。

「追従(ついしょう)なら間に合っているわよ」

 司棋は首を振った。

「いいえ。こう申(もう)しているのは私だけではありません。栄府はもちろん、寧府(あちら)でも奶奶(わかおくさま)を称(たた)えない者などいませんわ」

「ふん。言葉ではみんな何とでも言えるわよ」

 熙鳳は悪態(あくたい)をついたが、その口もとは緩(ゆる)んでいた。


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