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紅楼夢  作者: 翡翠
第十四回 林如海 揚州城に捐館(えんかん)し、賈宝玉 路(みち)に北静王(ほくせいおう)へ謁(えっ)す
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第十四回 15

「二の老爺(だんな)さまは林の姑娘(おじょうさま)を伴(ともな)われて、林の老爺(だんな)さまのご霊柩(れいきゅう)を蘇州までお送(おく)りされました」

 昭児は熙鳳の様子(ようす)をうかがったが口を開く気配(けはい)もなかったので、そのまま続(つづ)けた。

「おそらくお二人とも年の暮(くれ)までには戻(もど)られるかと思われます」

 昭児は熙鳳の応(いら)えを待ったが、そう広くもない抱廈(ほうか)に黙(もだ)が落ちるばかりであった。

「……二の老爺(だんな)さまは私に言いつけられて、お便(たよ)りを差し上げ、老太太(おばあさま)のお指図(さしず)をうかがうようにと仰(おお)せつかりました」

 昭児は上目(うわめ)づかいで言ったが、なおもねぎらいの言葉(ことば)すら返ってこない。

「それから……、奶奶(わかおくさま)のご様子(ようす)も見てくるようにと言われ、寒(さむ)さをしのぐ毛皮(けがわ)を……」

 熙鳳はそこでようやく言った。

「他の方々にはもう会ったの?」

 昭児は間髪(かんぱつ)いれずに答(こた)えた。

「はい。皆(みな)さまにはもうお会(あ)いしました」

 そこまで伝(つた)えると、昭児は急(いそ)いで退出(たいしゅつ)した。

 熙鳳はさっと笑みを浮かべると、宝玉に言った。

「これであなたの林妹妹(りんメイメイ)は栄府(うち)に長(なが)く住(す)むことになりそうね」

 だが宝玉はその冗談(じょうだん)に答(こた)えることなく、眉(まゆ)を顰(ひそ)めながらため息(いき)をついた。

「なんてことだ! あの人のことだ。ずっと泣きはらしているに違(ちが)いない……」

 

「二の奶奶(わかおくさま)、対牌(たいはい)をお願いいたします」

「どうしてもう少し早(はや)く来なかったの!」

 熙鳳は叱(しか)りつける。

「……何かお急(いそ)ぎのご用事(ようじ)でもおありで?」

 媳婦(にょうぼう)が首(くび)を傾(かし)げるのに、

「何(なん)でもないわ」

 そう言うと、対牌(たいはい)を放(ほう)ってよこした。

「奶奶(わかおくさま)は何か気に食わないことがおありになったのでしょうか?」

 媳婦(にょうぼう)がこっそりと彩明に耳打(みみう)ちすると、彩明は何も言わずゆっくりと首を横に振った。


 やがて日が沈(しず)み夜(よる)になると、熙鳳は栄府に戻(もど)り、すぐに昭児を呼(よ)びつけた。

「道中(どうちゅう)はどんな様子(ようす)だった? お二人とも息災(そくさい)でいらっしゃる?」

 そのようなことをこまごまと尋(たず)ねると、そのまま毛皮(けがわ)を用意(ようい)して、平児とともに自(みずか)ら包(つつ)みを確(たし)かめた。

「入(い)り用(よう)なものは他(ほか)にないかしら?」

 熙鳳は尋(たず)ねたが昭児は首(くび)を傾(かし)げるばかりだった。

「気のつかない人ね。懐炉(かいろ)は要(い)らないの? あちらへの土産(みやげ)ものも必要(ひつよう)でしょう。手袋(てぶくろ)も。襟巻(えりまき)も」

 そう熙鳳は言うと、包(つつ)みへぎっちりと詰(つ)め込(こ)んで昭児に託(たく)した。

「外では十分に気を付けて二の老爺(だんな)さまにお仕(つか)えなさい。二の老爺(だんな)さまを怒(おこ)らせないこと。お酒(さけ)を飲(の)みすぎていたらお諫(いさ)めすること。いい? 老爺(だんな)さまをろくでもない女と引き合わせたりしないことよ。そんなことをしてごらんなさい。あんたの足(あし)をへし折(お)ってやるから」

 そう矢継(やつ)ぎ早(ばや)に昭児に言い聞かせた。


「まだお休(やす)みになられませんか?」

 平児が卓子(つくえ)に向かって尋(たず)ねる。

熙鳳はかすかに息(いき)を吐(は)く。

「もう少し……、あともう少しだから」

 丸(まる)まった背(せな)が小刻(こきざ)みに揺(ゆ)れている。平児は一歩(いっぽ)も動(うご)かない。

「あなたは先におやすみなさい」

「……いえ、奶奶(わかおくさま)が終(お)わられるまでお待ちします」

 平児は言ったが、熙鳳は首を振った。

「早く寝(ね)なさい。いつになるか分からないわ」

 平児はなおも逡巡(しゅんじゅん)していたが、ほどなくして寝床(ねどこ)へ下がっていった。

 上房(きょしつ)のなかでは彩明の帳簿(ちょうぼ)の数(かず)を読み上げる声だけが響(ひび)く。

 二更(にこう)、三更(さんこう)、夜はさらに深(ふか)くなっていく。

「ようやく終わったわね」

 ため息まじりの熙鳳の言葉(ことば)に彩明は苦笑(にがわら)いを浮(う)かべる。

「もう四更(よんこう)にございます」

「もう寝(ね)ましょう。疲(つか)れちゃったわ」

 そうつぶやいて床(とこ)に入(はい)ったが、あまりの疲(つか)れのために眠(ねむ)ることすらできない。

 朝(あさ)の光(ひかり)がしのびこむように差(さ)し込(こ)んできた。鶏鳴(けいめい)がはるか遠(とお)くに聞(き)こえる。

 熙鳳は平児とともに身支度(みじたく)を整(ととの)えると寧府に向かった。


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