第十四回 8
「寅の刻になったら起こしてちょうだい」
熙鳳はそう平児に言いつけて、その前夜は栄府に戻って休んでいた。
寅の刻にいたり、ぼやけた頭で身を起こし、なされるがままに着替えさせてもらって、手を清めると、
「粥を召し上がりますか?」
と尋ねられた。
「ええ。羊の乳粥にしてちょうだい」
「お米は硬米にされますか?」
「ええ」
もちもちとした米粒から乳の香りが漂ってくる。熙鳳はそれを一口、二口、口に入れて、口を漱ぎ終えると言った。
「今は何時かしら?」
と聞いた。
「卯正二刻にございます」
と平児は答えた。
来旺の妻はすでに大勢の下女をひきつれて控えていた。
「奶奶のご出立よ」
そう声が飛ぶと、車の先頭の明角頭に明かりが灯り、「栄国府」の三字を浮き上がらせた。
熙鳳が客間のあわいを抜けると、にわかにぼんやりとしていた眼が見開いた。
熙鳳を乗せた車はゆるゆると寧府へ向かった。
寧府の大門には門灯が明々とかかげられ、左右には提灯が並び、あたかも白昼のようである。その光は喪服の僕従に照りかえり両側に白々と輝いていた。
車が正門までたどり着くと、小者たちは退いていく。代わって媳婦たちがやってきて、車簾をそっと持ち上げる。
熙鳳は車を降り、豊児がその片手を取って、二人の媳婦の手明かりに導かれていった。
寧国府の媳婦たちは熙鳳を拝しながら応対した。
「お疲れになっていませんか?」
と媳婦たちが熙鳳に聞くと、
「こんなことで弱りきる私じゃないわ」
と笑った。
熙鳳はゆっくりと会芳園の登仙閣までたどり着くと、背を正したまま霊前に進む。
秦氏の棺は磨いたように輝き、神々しささえ放っていた。
「奶奶、どうぞ前へ」
媳婦にそう勧められ、かの棺を一目見た途端、糸の切れた真珠の首飾りのごとく、はらはらと涙がこぼれた。豊児はそっと主の手を握った。




