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紅楼夢  作者: 翡翠
第十四回 林如海 揚州城に捐館(えんかん)し、賈宝玉 路(みち)に北静王(ほくせいおう)へ謁(えっ)す
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第十四回 7

「今日は何日だったかな?」

 宝玉が聞くと、李貴(りき)は考えこんだ。

「今日ですか? 甲子(こうし)……いや乙丑(おっちゅう)でしたっけ」

 宝玉はため息(いき)をついた、

「そんなことを聞きたいわけじゃない」

 李貴は頭(あたま)を抱(かか)える。宝玉がささやくように言う。

「……今日は五七(ごしち)の日じゃなかったかな?」

「五七(ごしち)……、はて、五七(ごしち)……」

 李貴はつぶやいていたが突然(とつぜん)思い出したように言った。

「そうか! 寧府の……奶奶(わかおくさま)が亡くなられてから三十五(さんじゅうご)……」

 そう言いかけて、李貴は口をつぐんだ。宝玉がこちらを睨(にら)みつけていたからだ。

「大丈夫(だいじょうぶ)だろうか?」

 宝玉はぽつりと言った。

「若君(わかぎみ)、あまり気に病(や)みなさいませぬよう。あちらには璉の二の奶奶(わかおくさま)がいらっしゃいますから」

 宝玉は頭(かぶり)を振(ふ)った。

「そうじゃない。そうじゃないんだ」

 李貴はただ黙(だま)りこむしかなかった。


「ねえねえ、あのお坊(ぼう)さんたちは誰(だれ)? 何をしているの?」

 指(ゆび)さす嬰児(えいじ)の手を母親(ははおや)が撥(は)ね付ける。

「おやめなさい。指(ゆび)をささないの!」

 だが嬰児(えいじ)は指(ゆび)さしをやめようとしない。母親はため息をついた。

「あの方々はね。亡(な)くなった人にお祈(いの)りをしてくれているのよ。お祈(いの)りをしにわざわざ寧府(ここ)までこられているの。応仏僧(おうぶつそう)とおっしゃるのよ」

 これで静(しず)かになるかと思(おも)ったのつかの間(ま)、経(きょう)を誦(ず)す僧(そう)たちを見ながら嬰児(えいじ)は尋(たず)ねた。

「お坊(ぼう)さんたちは何をお話(はな)しになっているの? 異国(いこく)の言葉(ことば)のような気もするけれど」

 こう何度(なんど)も問(と)われては、哭(な)くに哭(な)けない。かといって涙(なみだ)を流(なが)さなければ顰蹙(ひんしゅく)をかってしまうだろう。しかたなく母親(ははおや)は嬰児(えいじ)の耳(みみ)もとにささやいた。

「あれは破獄(はごく)の法(ほう)を修(しゅ)していらっしゃるの。亡(な)き人(ひと)の魂(たま)を呼(よ)び戻(もど)し、あらためて生(う)まれ変(か)わっていただくのよ」

 僧(そう)たちはうなるように誦(ず)している。足(あし)もとに灯(ひ)がともった。都鬼(とき)を捕(とら)えんと、閻君(えんくん)へと続(つづ)く道(みち)が開(ひら)かれる。

「今度(こんど)は何(なに)?」

 また嬰児(えいじ)が声(こえ)をあげた。

「地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)を唱(とな)えていらっしゃるのよ。かの方が金橋(きんきょう)を渡(わた)れるようにするためよ」

「そこを渡(わた)るとどうなるの?」

 母親(ははおや)はぐっと唇(くちびる)を近(ちか)づけた。

「富貴(ふうき)の家に生まれかわることができるのよ」

 道士(どうし)たちは玉帝(ぎょくてい)に叩頭(こうとう)し、禅僧(ぜんそう)たちは香(こう)を焚(た)いて、焰口(えんく)の施食(せじき)を修(しゅ)し、水懺(すいざん)を拝(はい)していた。尼僧(にそう)たちは刺繍(ししゅう)を凝(こ)らした法衣(ほうい)を纏(まと)い、紅(あか)い鞋(くつ)をはいて、霊前(れいぜん)で静(しず)かに接引(せついん)の真言(しんごん)を唱(とな)えている。

「ずいぶん賑(にぎ)やかなんだね」

 嬰児(えいじ)がよく通(とお)る声で言うと、母親が口を押(お)さえた。

 真言(しんごん)がぷつりととまった。


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