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紅楼夢  作者: 翡翠
第十四回 林如海 揚州城に捐館(えんかん)し、賈宝玉 路(みち)に北静王(ほくせいおう)へ謁(えっ)す
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第十四回 2

「お呼(よ)びだぜ」

 そう亭主(ていしゅ)が言った。

「分かっていますとも!」

 来昇の妻(つま)はぶっきらぼうに吐(は)き捨(す)てた。冬(ふゆ)も近づいているというのに冷(ひ)や汗(あせ)があふれてくる。

 そう、知っていた。丫鬟(じじょ)が先(さき)ほど報(しら)せに来(き)ていたからだ。そして、夫(おっと)もそれを知っているはずである。来昇の妻は夫を睨(ね)めつけた。

「早く行けよ」

 夫はこともなげに言う。

「早く行かなきゃあの辣子鳳(からしのほう)にどやされるぜ」

 来昇の妻(つま)はことさらに足音(あしおと)を立(た)てて房(へや)を出て行った。


「あの……」

 そう言いかけたが、栄府の女傑(じょけつ)の目はひたすら花名冊(かめいさつ)を見つめていた。家中(かちゅう)の下人(めしつかい)の名がずらりとそこに並(なら)んでいる。

 来昇の妻は息(いき)を呑(の)みながら熙鳳とともにその名をたどる。

「……寧府の家人(けにん)をすべて集(あつ)めてちょうだい」

 不意(ふい)に熙鳳が言った。

「はい?」

「聞こえなかったの?」

 熙鳳は静(しず)かに言った。

「明日の朝、寧府の家人(けにん)を集(あつ)めてほしいの。男も女もよ。一人残(ひとりのこ)らず」

「それだけ……でございますか?」

 つい心中(しんちゅう)の声(こえ)が漏(も)れてしまう。

 熙鳳は振(ふ)り向(む)きざまに言った。

「不満(ふまん)なの?」

「いえいえ、滅相(めっそう)もない」

 ひいたはずの汗(あせ)がまたも沁(し)みだす。

 この年少(としわか)の主(あるじ)に何度(なんど)も頭(あたま)をさげながら、房(へや)を出ていった。

 寧府の夜(よ)は平穏(へいおん)なまま更(ふ)けてゆく。


 ある下人(めしつかい)は揺(ゆ)すぶられながら起(お)こされた。

「あんた、早(はや)く起(お)きてよ!」

 そう叫(さけ)ぶ女房(にょうぼう)の声に目をこする。小さな窓(まど)からは一筋(ひとすじ)の光(ひかり)も射(さ)しこんでいない。

「なんだよ。今、何時(なんどき)だ? こんな夜(よ)も明(あ)けないうちから声を張(は)り上げるなよ」

「そんなこと言っていられないんだよ!」

 女房(にょうぼう)は衾(ふすま)を剥(は)くりあげた。

「璉の奶奶(わかおくさま)がもうお越(こ)しになっているんだから!」


 下人(めしつかい)はおぼつかない足取りでかの抱廈(ほうか)へと向(む)かった。窓(まど)の下には人だかりが群(むら)がって、口々にささやきあっている。

「何事(なにごと)だい」

 下人(めしつかい)が聞くと、

「来昇さんのところの姐姐(おねえさん)が二の奶奶(わかおくさま)と話しこんでいるのさ」

 年配(ねんぱい)の女が教(おし)えてくれる。

「入らなくていいのか?」

 下人(めしつかい)はあっけらかんと言ったが、

「あれを見なよ。姐姐(おねえさん)、あんなに眉間(みけん)に皺をよせてるじゃないか」

 下人(めしつかい)は首(くび)を伸(の)ばして窓(まど)の内(うち)をのぞきこもうとする。

「しっ、静(しず)かに!」

 誰(だれ)かが言った。

「奶奶(わかおくさま)が何か話すみたいだぜ」


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