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紅楼夢  作者: 翡翠
翻案意図(第一回~第十三回)
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補・紅楼夢の文体論

 紅楼夢の文体(ぶんたい)は乾(かわ)いている、と私は感(かん)じている。だが、それはハードボイルドの文体(ぶんたい)における乾(かわ)きとは違(ちが)う。

 自然主義文学(しぜんしゅぎぶんがく)における学術論文(がくじゅつろんぶん)のような乾(かわ)き、あるいは私小説(ししょうせつ)の書(か)き手が、自(みずか)らの内部(ないぶ)にあるものをあらかた書(か)き尽(つ)くし、一滴(いってき)の水も出(で)なくなったときの文体(ぶんたい)に似(に)ている。ここで言う乾(かわ)きとは、地(じ)の文(ぶん)から詩情(しじょう)が消(き)えてゆき(これは物語(ものがたり)そのものの詩情(しじょう)が失(うしな)われることを意味(いみ)しない)、単(たん)に意味(いみ)を伝(つた)えるだけの機能(きのう)に収束(しゅうそく)することである。

 総(そう)じて主観(しゅかん)重視(じゅうし)よりも客観(きゃっかん)に寄(よ)ったときにこのような文体(ぶんたい)はあらわれやすい。紅楼夢の読(よ)みづらさの一端(いったん)もそこにあると思われる。

 だが、私が真(しん)に言いたいのは紅楼夢の文体(ぶんたい)の乾(かわ)きそのものではなくて、地(じ)の文(ぶん)の乾(かわ)きと会話文(かいわぶん)の豊(ゆた)かさが両立(りょうりつ)し、一貫(いっかん)して一定(いってい)の平仄(ひょうそく)を保(たも)ち、揺(ゆ)るいでいないことである。

 これは一人の人間(にんげん)が書(か)き継(つ)いでいることを示唆(しさ)しているが、一方(いっぽう)でこれほどの人間(にんげん)の心理(しんり)と、筋書(すじが)きを矛盾(むじゅん)なく書き上げていることは驚嘆(きょうたん)に値(あたい)する。そのため、紅楼夢には共著者(きょうちょしゃ)がいる気もするけれども、共著者(きょうちょしゃ)が主著者(しゅちょしゃ)の意図(いと)をすべて汲(く)めるとも思いづらい。ここはまだ留保(りゅうほ)が必要(ひつよう)な部分(ぶぶん)である。

 いずれにしても、紅楼夢の文体(ぶんたい)の乾(かわ)きは逆説的(ぎゃくせつてき)に登場人物(とうじょうじんぶつ)たちの会話(かいわ)を豊(ゆた)かにすることに成功(せいこう)している。また前述(ぜんじゅつ)したように改稿(かいこう)の過程(かてい)で紅楼夢が多義的(たぎてき)になっていったために、情報(じょうほう)を圧縮(あっしゅく)する必要(ひつよう)に迫(せま)られ、おのずと文体(ぶんたい)における主観(しゅかん)・情(じょう)も排除(はいじょ)しなければならなかった。

 そのため読(よ)む側(がわ)としては自(みずか)らによってその硬質(こうしつ)な文体(ぶんたい)を融解(ゆうかい)していかなければならない。どのように、ということはまだ霧(きり)のなかである。この文章(ぶんしょう)にも結論(けつろん)はない。


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