↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅楼夢  作者: 翡翠
翻案意図(第一回~第十三回)
267/349

第十三回

 原作(げんさく)における第十三回の冒頭(ぼうとう)は王熙鳳と平児の主従(しゅじゅう)の場面から始(はじ)まる。熙鳳は賈璉から離(はな)れたことで、ぼうっとした状態(じょうたい)になり、編(あ)み物(もの)に興(きょう)じるばかりだ。

 熙鳳は一人寝(ひとりね)をすることができず、平児とともに同衾(どうきん)する。肉体的(にくたいてき)にも、精神的(せいしんてき)にも彼女は秦氏との“情(じょう)”から離(はな)れている。

 ある人を忘(わす)れたとき、その人に死(し)がおとずれるという物語上(ものがたりじょう)の約束(やくそく)にもとづいた流(なが)れで、進行(しんこう)していく。描(えが)かれていないが、黛玉のことで頭がいっぱいになっている宝玉もやはり同様である。だが、秦氏の死(し)への反応(はんのう)についてはそれぞれ異(こと)なっている。

 王熙鳳は夢(ゆめ)(か幻(まぼろし))を見る。秦氏は賈府のこれからを案(あん)じ、これから為(な)すべき方策(ほうさく)とこれからの暗示(あんじ)を詩にのせて伝(つた)える。ここは幻(まぼろし)が現(うつつ)を乗(の)り越(こ)え、約を果たそうとする“侠(きょう)”の世界(せかい)が描(えが)かれている。雨月物語における菊花(きっか)の約(ちぎり)、およびその翻案元(ほんあんもと)である「范巨卿雞黍死生交」を思い出させるが、“侠(きょう)”の精神(せいしん)を女性で体現(たいげん)したところは、今の時代(じだい)においても新(あたら)しい。宝玉は吐血(とけつ)するばかりだ。

 ここは暗(あん)に秦氏と黛玉の対比(たいひ)が行(おこな)われている。情(じょう)に対(たい)して、何かを与(あた)えようとする秦氏。何も返(かえ)そうとしない黛玉。どちらが正しいかではない。そこにはただ野(の)ざらしの人間関係(にんげんかんけい)があるだけだ。

 宝玉に秦氏が何も返(かえ)さなかったのは彼の情(じょう)が真情(しんじょう)ではないからだと思われる。彼の情(じょう)はあくまで天界(てんかい)の秦可卿にむけられているから。

 だが宝玉の情(じょう)が濁(にご)っているかといえばそうではなく、仮(か)であろうが幻(まぼろし)であろうが情(じょう)を尽(つ)くそうとする宝玉の姿(すがた)もまた美(うつく)しい。

 それに対して寧府は惨憺(さんたん)たるありさまで賈敬は秦氏の葬儀(そうぎ)に出席(しゅっせき)しようとせず、賈珍は葬儀(そうぎ)を盛大(せいだい)に執(と)り行(おこな)おうと固執(こしつ)する。そのために賈蓉の官位(かんい)をあげようとするが、その過程(かてい)で賈敬が進士(しんし)を通過(つうか)し官吏(かんり)となっていたことが判明(はんめい)する。名門(めいもん)の出(で)ながら、科挙(かきょ)を受け正当(せいとう)な官(かん)を得(え)た賈敬に対して、賈珍、賈蓉は売官(ばいかん)である。

 さらに侍女(じじょ)である瑞珠は自殺(じさつ)し、小侍女(しょうじじょ)、宝珠は秦氏の義女(ぎじょ)となろうとする。彼女たちが秦氏の業(ごう)のためにそれぞれの行動(こうどう)をとったとし、秦氏の死の原因(げんいん)がそこにあったとすれば、その業(ごう)は一つだとは思えない。なぜなら寧府の人々は賈珍と秦氏の不義(ふぎ)を承知(しょうち)していた。それならもう一つ別(べつ)の業(ごう)があると考(かんが)える方が自然(しぜん)である。

 賈珍との不義(ふぎ)に対応(たいおう)するのが瑞珠の死だとすれば、宝珠の娘(むずめ)になるというものに対応(たいおう)する業(ごう)とは何か。それを私は秦業との近親相姦(きんしんそうかん)だと考え、そう翻案(ほんあん)した。秦氏が美(うつく)しいのは分かる。だが、その弟である秦鐘は血(ち)がつながっていないはずなのに美(うつく)しい。その因果(いんが)を私は秦鐘が秦氏の実子(じっし)だからと考えた。脂評(しひょう)を参照(さんしょう)すると、秦業はすなわち“情(じょう)”の業(ごう)であり、それを密通(みっつう)だとすれば秦鐘実子説(しんしょうじっしせつ)ともつながる。また秦鐘を産んだはずの秦鐘の後妻の情報(じょうほう)も本文中には出てこない。

 だが、それでもその双方(そうほう)の業(ごう)とも過去(かこ)のものであり秦氏の死の原因(げんいん)としては納得(なっとく)しかねた。秦氏が死(し)を選ぶほどの理由(りゆう)、それは賈蓉との関係(かんけい)にあるとしか思えなかった。それならば、なぜ彼女(かのじょ)たちの関係(かんけい)は破綻(はたん)したのか。先述(せんじゅつ)したように秦氏は「与(あた)える人」である。それを最愛(さいあい)の人に与えることができなかったとき、彼女の存在理由(レーゾンデートル)も失(うしな)われる。

 だが、賈蓉もまた情(じょう)に飢(う)えていた。何よりも秦氏からの情(じょう)に飢(う)えていた。彼が秦氏に要求(ようきゅう)していたのは黛玉のような対価(たいか)を与(あた)えない情(じょう)だったのだろう。彼らはお互いがお互いを思(おも)いながら、その思いはあくまですれ違(ちが)ったのだ、そう想定(そうてい)し、私は本文の通り翻案(ほんあん)した。

 またこの秦氏と賈蓉の関係は、情(じょう)を広(ひろ)く与(あた)えようとする者と、その外で自分だけを見てほしいと願(ねが)う者という点で、そのまま宝玉と黛玉の裏写(うらうつ)しでもある。すなわち宝玉たちの悲劇(ひげき)を予兆(よちょう)し、かつそれをどう乗り越えていくかという新たなテーゼでもあるということだ。

 原文(げんぶん)のとおり秦氏の死を描(えが)かないこともできたし、源氏物語における「夢の浮橋(うきはし)」のように、描かないことが古典(こてん)マナーのような気もするが、やはり多少無理(たしょうむり)が出てもこの場面は書きたかった。書かないことで逃(に)げたくもなかった。多少婉曲(たしょうえんきょく)ながらそれを書いたことに一抹(いちまつ)の後悔(こうかい)もない。

 最後にしばしば論争(ろんそう)になる秦氏の死(し)の季節(きせつ)の齟齬(そご)について語っておこう。第十二回において賈璉と黛玉が揚州に出発したのは「冬の末」とされており、秦氏の死はその数日後(すうじつ)~ひと月くらいの範囲(はんい)であるはずだが、実際に第十三回で亡くなったとされるのは九月である。

 整理(せいり)すると、脂評において秦氏のモデルと目(もく)される人物がなくなったのは春の末から初夏にかけてとされている。これは現実(げんじつ)である。だが、その現実をそのまま記述(きじゅつ)してしまえば、やがて賈府に起(お)こる「慶事(けいじ)」を秋から冬にかけて描(えが)かなければならなくなる。物語の平仄(ひょうそく)をあわせるためには、「慶事(けいじ)」を春にしなければ齟齬(そご)がでる。それを避けるための措置(そち)であろうし、この一連の出来事(できごと)は当時でも相当の醜聞(しゅうぶん)だったらしいから、あくまで虚構(きょこう)である、との弁明(べんめい)でもあろう。

 この作者を甘くみてはいけない。「紅楼夢」と格闘(かくとう)しようとすれば、現代の優越性(ゆうえつせい)を語ってはいけない。これからもこの作者は古今随一(ここんずいいち)の書き手だと心して翻案(ほんあん)に取り組んでいく。

 翻案(ほんあん)の冒頭(ぼうとう)には五常(ごじょう)における“信(しん)”のエピソードをおいた。他の四つに比(くら)べて関係性(かんけいせい)に重きがおかれたもので、第十三回が“情”偏重(へんちょう)のため、最初にガツンと論理(ろんり)を置いたが、あまり深く考えず読み飛ばしていただければいい。賈蓉の孤独(こどく)をそれとなく感じていただければそれで十分だ。

 さて、十三回(実質(じっしつ)十回)を通じて栄府の写しともいうべき寧府の惨状(さんじょう)については示された。ここからは宝玉へ、黛玉へ、熙鳳へ、その他の人々へとバトンが渡(わた)されていくことになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。