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紅楼夢  作者: 翡翠
翻案意図(第一回~第十三回)
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第九回

 第九回には脂硯斎(しけんさい)の脂評(しひょう)を見つけることができなかった。脂評(しひょう)には通常数名(つうじょうすうめい)の署名(しょめい)が連ねてあるが、第九回には一番重要(いちばんじゅうよう)であろう脂硯斎(しけんさい)の署名(しょめい)が見当(みあ)たらない。(版本(はんぽん)によって異同(いどう)があると思うが、私の参照(さんしょう)した庚辰(こうしん)本を底本(ていほん)にした版(はん)ではそうだった)

ここは分析的(ぶんせきてき)に紅楼夢を読(よ)みたい人にとっては注視(ちゅうし)すべき点だろう。すなわち紅楼夢の執筆下(しっぴつか)においては乾隆帝(けんりゅうてい)の治世(ちせい)、前帝(ぜんてい)雍正帝(ようせいてい)のころに比(くら)べれば緩(ゆる)やかとはいえ、満州人支配(まんしゅうじんしはい)批判(ひはん)を中心(ちゅうしん)とした言論弾圧(げんろんだんあつ)、「文字(もんじ)の獄(ごく)」のさなかだった。

ということを念頭(ねんとう)に翻案に臨(のぞ)んだのだが、もう少し深(ふか)い部分(ぶぶん)があると感(かん)じた。私見(しけん)であるが、本回の構成(こうせい)、構造(こうぞう)を鑑(かんが)みたうえでの予測(よそく)である。

まずは表層(ひょうそう)の解釈(かいしゃく)を述べ、末尾(まつび)に私の予測(よそく)を述(の)べることとする。


1.表層(ひょうそう)の解釈(かいしゃく)

 第九回は宝玉が秦鐘へ文を書く場面(ばめん)から始まる。

 襲人は家(いえ)を空ける宝玉を表面上(ひょうめんじょう)心配(しんぱい)し、あれこれ言い含(ふく)めるが、翻案(ほんあん)で晴雯(せいぶん)につっこませたように、さみしさとほんの少しの妬(ねた)みがあったのだろう。

 晴雯たちに宝玉が伝えたのは襲人に対するフォローだと思われる。宝玉の晴雯に対する強い信頼(しんらい)がうかがえる場面(ばめん)である。

 賈政との対峙(たいじ)、そしてその代理(だいり)である李貴が叱(しか)られる一幕(ひとまく)、ここも演出(えんしゅつ)として秀逸(しゅういつ)である。すなわち、賈政はまだ宝玉を足りないと思っている。賈政の思惑通(おもわくどお)り、李貴が粗相(そそう)をおかし叱責(しっせき)される。物語上(ものがたりじょう)は李貴をとおして間接的(かんせつてき)に宝玉が叱責(しっせき)されたかたちだ。

 ちなみにここで引用(いんよう)される詩(し)は鹿鳴(ろくめい)の詩であって、賓客(ひんきゃく)を暗示(あんじ)する。食客(しょっかく)たちが集まる場にはぴったりだが、李貴がそれを引いたのは偶然(ぐうぜん)であった、という皮肉(ひにく)がきいている。

 だが、陰(かげ)から聞いていた宝玉は李貴の誤(あやま)りを即座(そくざ)に修正(しゅうせい)するという知性(ちせい)を見せる。ここで何が描(えが)かれているかというと、父子の葛藤(かっとう)であるとともに、いかに賈政が宝玉の能力(のうりょく)を低(ひく)く見積(みつ)もっているかということだ。

 そこから賈母(おばあさま)に挨拶(あいさつ)をすませ、黛玉のところに向かう。これは秦鐘という仮情(かじょう)から離(はな)れ“真情(しんじょう)”に立ち戻(もど)るという意味(いみ)が付(ふ)されていると思われる。

 鏡越(かがみご)しのやり取りというところが、二人の間にそれぞれの偽(いつわ)りを感じさせる。「自分の本意(ほんい)じゃない」という宝玉を黛玉は賈母(おばあさま)が反対(はんたい)していたのにと言い返す。

 なぜ黛玉がここまでむきになるかといえば、宝のお姉さまのところにいかなくていいの、と言うように、前回で宝玉が宝釵の見舞(みま)いに行かない言い訳(わけ)を「塾(じゅく)に行かないといけないから」と伝えたからで、黛玉が義塾に行く理由(りゆう)を「先日ついた嘘(うそ)を本当にするため」だと誤解(ごかい)したからだと思われる。


 さて、義塾(ぎじゅく)では薛蟠(せつばん)が見眼麗(みめうるわ)しい子弟(してい)たちに手をかけてさまざまな騒(さわ)ぎを起こしていた。彼は金や食べ物で彼らを手なづけていたが、彼が去(さ)り、宝玉たちがあらわれたことでさらに混乱(こんらん)を起こすことになる。

原文では香憐(こうれん)が秦鐘と連(つ)れ立って厠(かわや)に行き、密会(みっかい)するという筋(すじ)だったが、「玉愛(ぎょくあい)は?」と思ってしまったため、玉愛(ぎょくあい)を随行(ずいこう)させ、「僕はいい」と退(しりぞ)かせる現翻案(ほんあん)のかたちとした。

 もう一つこのかたちにした理由(りゆう)として、秦鐘の「きみの家は二人で会うことを気にしない?」というせりふがあったからだ。つまり、他の子弟(してい)にも声をかけていたということが含意(がんい)されており、それを物語のなかで表現(ひょうげん)したかったため、現行(げんこう)のかたちとなった。

なお、途中(とちゅう)で挿入(そうにゅう)した詩(し)は表向(おもてむ)き恋(こい)の詩であるが、末尾(まつび)まできちんと理解(りかい)すれば修身(しゅうしん)をうながす含(ふく)みがある。が、秦鐘の不足(ふそく)ゆえそこに思いがいたらないという余韻(よいん)を残すことにした。

 金栄の秦鐘に対する対応(たいおう)は、私怨(しえん)が混(ま)じっているとはいえ、それほど悪くないと思う。ただ賈瑞にそれをおさめる力がなかっただけの話だ、そこにあらわれるのは賈薔(かしょう)で、寧府であらぬ疑(うたが)いをかけられていたところを助けられた恩(おん)があった。

 この「あらぬ疑(うたが)い」が何のことか、原文(げんぶん)では明示(めいじ)されていないが途中(とちゅう)に賈珍の助力があったとあることから、秦氏に関することだと予測(よそく)し、そのように翻案(ほんあん)した。

彼は茗烟(めいえん)を使ってなじらせるが、その結果(けっか)、学堂(がっこう)を二分する喧嘩(けんか)になってしまう。

 それを宝玉が何とかおさめたわけだが、その裁定(さいてい)は果(は)たして公平(こうへい)だったかどうか。一般(いっぱん)の小説や時代劇(じだいげき)であれば一件落着(いっけんらくちゃく)で終わるだろうが、秦鐘の過失(かしつ)もきちんと書かれているため、精読(せいどく)すれば釈然(しゃくぜん)としない。そこで私は次のように読んだ。


2,第九回に隠(かく)されたもの

 この脂評(しひょう)を何十も入れることができるような回に、脂硯斎(しけんさい)が何も評(ひょう)を入れなかったのはなぜか?

 私は初(はじ)め儒教(じゅきょう)批判(ひはん)が混(ま)じっているのではないかと疑(うたが)った。次に清朝(しんちょう)に対する批判(ひはん)かも、と。だが、そのどれもが腑(ふ)に落(お)ちるものではなく、考え抜(ぬ)いたあげく、ある三名が鍵(かぎ)となっているのではと気づいた。

 すなわち、薛蟠(せつばん)、賈薔(かしょう)、賈宝玉の三名である。これは道家支配(どうかしはい)、法家支配(ほうかしはい)、儒家支配(じゅかしはい)を暗に示したものではないかと考えた。

 薛蟠(せつばん)は食(しょく)と金(かね)とで子弟(してい)たちを懐柔(かいじゅう)しようとした。これは諸侯(しょこう)には封地(ほうち)をあたえ、民には食(しょく)を与えた漢の高祖(こうそ)劉邦(りゅうほう)の姿(すがた)が浮(う)かんでくる。

 賈薔(かしょう)は茗烟(めいえん)を走狗(そうく)として、暴言(ぼうげん)、詐術(さじゅつ)、暴力(ぼうりょく)によって収めようとする。ここに比定(ひてい)されるのは、法(ほう)にもとづいた官僚支配(かんりょうしはい)を行った秦(しん)の始皇帝(しこうてい)、あるいは清(しん)の雍正帝(ようせいてい)あたりが該当(がいとう)しよう。

 宝玉は理(ことわり)を説(と)き、金栄へ秦鐘に謝(あやま)るよう命(めい)じる。そこで最終的(さいしゅうてき)に決(き)め手になったのは、家格(かかく)の差(さ)であって、上の者が礼(れい)によって下の者を従(したが)わせるのは言うまでもなく儒(じゅ)の思想(しそう)である。ここに該当するのは周(しゅう)の武王(ぶおう)でも誰でも、中華思想(ちゅうかしそう)に基(もと)づく儒(じゅ)の支配者(しはいしゃ)であれば誰でもいい。

 着目(ちゃくもく)すべきは、薛蟠(せつばん)にしろ、賈薔(かしょう)にしろ、「いなくなる」ことだ。

 薛蟠(せつばん)のやり方は道家的(どうかてき)で、例示(れいじ)すれば漢の宰相(さいしょう)、曹参(そうしん)が行った治世(ちせい)が分かりやすい。これは市(いち)と獄(ごく)、商売(しょうばい)と刑法(けいほう)の支配(しはい)をなるだけ緩(ゆる)やかにし、民のあるがままにまかせるというやり方だ。乱暴(らんぼう)にいえば民(たみ)には食(しょく)だけ与(あた)えておけばいい。あとは民(たみ)のなすがままという風(ふう)で一種(いっしゅ)の放任統治(ほうにんとうち)に近い。ただし、この統治法(とうちほう)は曹参(そうしん)の死後(しご)は長(なが)く続(つづ)かず、諸侯(しょこう)、外戚(がいせき)の欲(よく)を増幅(ぞうふく)させ、呂氏(りょし)の禍(か)、呉楚七国(ごそしちこく)の乱(らん)を招(まね)いた。

賈薔(かしょう)のやり方は法家的(ほうかてき)で官僚(かんりょう)に任(まか)せて君主(くんしゅ)が一括(いっかつ)で法(ほう)を運用(うんよう)するやり方だ。英邁(えいまい)な君主、始皇帝(しこうてい)が寝食(しんしょく)を忘(わす)れて政務(せいむ)を行っていた間は治(おさ)まった。だが、始皇帝(しこうてい)が崩御(ほうぎょ)すると、官僚(かんりょう)たちの法(ほう)の運用(うんよう)は恣意的(しいてき)になり、民の怨(うら)みをかって、陳勝呉広(ちんしょうごこう)の乱(らん)を引(ひ)き起(お)こした。

 すなわち道家(どうか)の支配(しはい)はいかに引(ひ)き締(し)めるか、法家(ほうか)の支配(しはい)はいかに官僚(かんりょう)に目(め)を配(くば)らせるかが重要(じゅうよう)であって、いずれも属人化(ぞくじんか)してしまう。だからこそ薛蟠(せつばん)も賈薔(かしょう)も「いなくなり」、異(こと)なる混乱(こんらん)を招(まね)くのである。

 これを解消(かいしょう)するのが儒家(じゅか)、儒教(じゅきょう)の支配(しはい)であって、高度に論理化(ろんりか)されているため人には依存(いぞん)しない。だからこそ自分ではおさめられぬとみた宝玉が、上の人間を持ち出して支配(しはい)するという関係が成立(せいりつ)するのだ。

 だが、ここで「めでたし、めでたし」と終わらぬのが「紅楼夢」である。第十回の冒頭(ぼうとう)では金栄の状況(じょうきょう)が描(えが)かれ、単(たん)なる嫌(いや)なやつ、ではなく一個の人間としての輪郭(りんかく)が描(えが)かれる。中華思想(ちゅうかしそう)においては、宝玉の側は支配者層(しはいしゃそう)、金栄は夷狄(いてき)といわれる異民族(いみんぞく)に該当(がいとう)しよう。この構成(こうせい)はこう問(と)うているのだ。「本当にそのやり方でいいのか」と。本回における脂硯斎(しけんさい)の沈黙(ちんもく)はそれらをおおいに語っていると思う。

 毛沢東(もうたくとう)はかつて紅楼夢を封建制度(ほうけんせいど)に対する階級闘争(かいきゅうとうそう)の書であるとした。これは一面(いちめん)正(ただ)しいと思う。だが、紅楼夢はさらに自由(リベラル)な立場(たちば)であって、中華思想(ちゅうかしそう)そのものの否定(ひてい)が想定(そうてい)されていると思われる。紅楼夢を読(よ)み解(と)くことは体制(たいせい)側(がわ)にとって不利(ふり)な状況(じょうきょう)を産(う)むことにもつながる。ただし、それは安易(あんい)な革命思想(しそう)に直結(ちょっけつ)していない。あくまでそこにあるのは生(き)のままの自由(リベラル)であることを付記(ふき)しておきたい。


 さて、第九回では義塾(ぎじゅく)の混乱(こんらん)が描(えが)かれ、それは誰(だれ)もが真情(しんじょう)を示さない仮情(かじょう)の世界(せかい)であった。この仮情(かじょう)が秦氏に不調(ふちょう)をもたらし、まずは寧府から崩壊(ほうかい)の兆(きざ)しをみせるのである。


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