第九回
第九回には脂硯斎の脂評を見つけることができなかった。脂評には通常数名の署名が連ねてあるが、第九回には一番重要であろう脂硯斎の署名が見当たらない。(版本によって異同があると思うが、私の参照した庚辰本を底本にした版ではそうだった)
ここは分析的に紅楼夢を読みたい人にとっては注視すべき点だろう。すなわち紅楼夢の執筆下においては乾隆帝の治世、前帝雍正帝のころに比べれば緩やかとはいえ、満州人支配批判を中心とした言論弾圧、「文字の獄」のさなかだった。
ということを念頭に翻案に臨んだのだが、もう少し深い部分があると感じた。私見であるが、本回の構成、構造を鑑みたうえでの予測である。
まずは表層の解釈を述べ、末尾に私の予測を述べることとする。
1.表層の解釈
第九回は宝玉が秦鐘へ文を書く場面から始まる。
襲人は家を空ける宝玉を表面上心配し、あれこれ言い含めるが、翻案で晴雯につっこませたように、さみしさとほんの少しの妬みがあったのだろう。
晴雯たちに宝玉が伝えたのは襲人に対するフォローだと思われる。宝玉の晴雯に対する強い信頼がうかがえる場面である。
賈政との対峙、そしてその代理である李貴が叱られる一幕、ここも演出として秀逸である。すなわち、賈政はまだ宝玉を足りないと思っている。賈政の思惑通り、李貴が粗相をおかし叱責される。物語上は李貴をとおして間接的に宝玉が叱責されたかたちだ。
ちなみにここで引用される詩は鹿鳴の詩であって、賓客を暗示する。食客たちが集まる場にはぴったりだが、李貴がそれを引いたのは偶然であった、という皮肉がきいている。
だが、陰から聞いていた宝玉は李貴の誤りを即座に修正するという知性を見せる。ここで何が描かれているかというと、父子の葛藤であるとともに、いかに賈政が宝玉の能力を低く見積もっているかということだ。
そこから賈母に挨拶をすませ、黛玉のところに向かう。これは秦鐘という仮情から離れ“真情”に立ち戻るという意味が付されていると思われる。
鏡越しのやり取りというところが、二人の間にそれぞれの偽りを感じさせる。「自分の本意じゃない」という宝玉を黛玉は賈母が反対していたのにと言い返す。
なぜ黛玉がここまでむきになるかといえば、宝のお姉さまのところにいかなくていいの、と言うように、前回で宝玉が宝釵の見舞いに行かない言い訳を「塾に行かないといけないから」と伝えたからで、黛玉が義塾に行く理由を「先日ついた嘘を本当にするため」だと誤解したからだと思われる。
さて、義塾では薛蟠が見眼麗しい子弟たちに手をかけてさまざまな騒ぎを起こしていた。彼は金や食べ物で彼らを手なづけていたが、彼が去り、宝玉たちがあらわれたことでさらに混乱を起こすことになる。
原文では香憐が秦鐘と連れ立って厠に行き、密会するという筋だったが、「玉愛は?」と思ってしまったため、玉愛を随行させ、「僕はいい」と退かせる現翻案のかたちとした。
もう一つこのかたちにした理由として、秦鐘の「きみの家は二人で会うことを気にしない?」というせりふがあったからだ。つまり、他の子弟にも声をかけていたということが含意されており、それを物語のなかで表現したかったため、現行のかたちとなった。
なお、途中で挿入した詩は表向き恋の詩であるが、末尾まできちんと理解すれば修身をうながす含みがある。が、秦鐘の不足ゆえそこに思いがいたらないという余韻を残すことにした。
金栄の秦鐘に対する対応は、私怨が混じっているとはいえ、それほど悪くないと思う。ただ賈瑞にそれをおさめる力がなかっただけの話だ、そこにあらわれるのは賈薔で、寧府であらぬ疑いをかけられていたところを助けられた恩があった。
この「あらぬ疑い」が何のことか、原文では明示されていないが途中に賈珍の助力があったとあることから、秦氏に関することだと予測し、そのように翻案した。
彼は茗烟を使ってなじらせるが、その結果、学堂を二分する喧嘩になってしまう。
それを宝玉が何とかおさめたわけだが、その裁定は果たして公平だったかどうか。一般の小説や時代劇であれば一件落着で終わるだろうが、秦鐘の過失もきちんと書かれているため、精読すれば釈然としない。そこで私は次のように読んだ。
2,第九回に隠されたもの
この脂評を何十も入れることができるような回に、脂硯斎が何も評を入れなかったのはなぜか?
私は初め儒教批判が混じっているのではないかと疑った。次に清朝に対する批判かも、と。だが、そのどれもが腑に落ちるものではなく、考え抜いたあげく、ある三名が鍵となっているのではと気づいた。
すなわち、薛蟠、賈薔、賈宝玉の三名である。これは道家支配、法家支配、儒家支配を暗に示したものではないかと考えた。
薛蟠は食と金とで子弟たちを懐柔しようとした。これは諸侯には封地をあたえ、民には食を与えた漢の高祖劉邦の姿が浮かんでくる。
賈薔は茗烟を走狗として、暴言、詐術、暴力によって収めようとする。ここに比定されるのは、法にもとづいた官僚支配を行った秦の始皇帝、あるいは清の雍正帝あたりが該当しよう。
宝玉は理を説き、金栄へ秦鐘に謝るよう命じる。そこで最終的に決め手になったのは、家格の差であって、上の者が礼によって下の者を従わせるのは言うまでもなく儒の思想である。ここに該当するのは周の武王でも誰でも、中華思想に基づく儒の支配者であれば誰でもいい。
着目すべきは、薛蟠にしろ、賈薔にしろ、「いなくなる」ことだ。
薛蟠のやり方は道家的で、例示すれば漢の宰相、曹参が行った治世が分かりやすい。これは市と獄、商売と刑法の支配をなるだけ緩やかにし、民のあるがままにまかせるというやり方だ。乱暴にいえば民には食だけ与えておけばいい。あとは民のなすがままという風で一種の放任統治に近い。ただし、この統治法は曹参の死後は長く続かず、諸侯、外戚の欲を増幅させ、呂氏の禍、呉楚七国の乱を招いた。
賈薔のやり方は法家的で官僚に任せて君主が一括で法を運用するやり方だ。英邁な君主、始皇帝が寝食を忘れて政務を行っていた間は治まった。だが、始皇帝が崩御すると、官僚たちの法の運用は恣意的になり、民の怨みをかって、陳勝呉広の乱を引き起こした。
すなわち道家の支配はいかに引き締めるか、法家の支配はいかに官僚に目を配らせるかが重要であって、いずれも属人化してしまう。だからこそ薛蟠も賈薔も「いなくなり」、異なる混乱を招くのである。
これを解消するのが儒家、儒教の支配であって、高度に論理化されているため人には依存しない。だからこそ自分ではおさめられぬとみた宝玉が、上の人間を持ち出して支配するという関係が成立するのだ。
だが、ここで「めでたし、めでたし」と終わらぬのが「紅楼夢」である。第十回の冒頭では金栄の状況が描かれ、単なる嫌なやつ、ではなく一個の人間としての輪郭が描かれる。中華思想においては、宝玉の側は支配者層、金栄は夷狄といわれる異民族に該当しよう。この構成はこう問うているのだ。「本当にそのやり方でいいのか」と。
さて、第九回では義塾の混乱が描かれ、それは誰もが真情を示さない仮情の世界であった。この仮情が秦氏に不調をもたらし、まずは寧府から崩壊の兆しをみせるのである。




