第十一回 20
宝玉は夕刻になりつつある寧府でなお丫鬟と遊んでいた。宝玉は丫鬟の影を追い、丫鬟たちは宝玉の影を踏み返して、とめどない時を過ごした。
「若君! そろそろお帰りですよぅ」
遠くから李貴の呼ぶ声がする。
「もう少しいいじゃないか」
宝玉が厭うように言うと、
「先ほど珍の大爺さまがお帰りになられました。もし若君がまだ宴にお出になるというのなら……」
「ごめんだね」
そう言いながら宝玉は一人の丫鬟の影を踏んだ。
「それじゃあ、お早く栄府へお帰りください。ほら若君の馬もこうやってお連れしています」
李貴の声にこたえるように、馬は小さくいなないて、大きく首を振った。
「ちぇっ」
宝玉は舌打ちをすると丫鬟たちに別れを告げ、李貴が手綱をとる馬の鞍へとまたがった。
「急ぐよ」
「え?」
李貴が戸惑っている間に宝玉は馬の腹に鞭をいれていた。
「わ、若君。お待ちください」
李貴は慌てて馬にまたがりながら宝玉の後を追う。
宝玉は背中に囃子の音を聞いていた。男たちの哄笑の声がかすかに聞こえる。
「若君、行くなら行くと先にお伝えください。太太に叱られるのはいつも俺なんですから」
「ねえ、哥哥」
宝玉が馬上から聞いた。
「何です?」
李貴は額に汗しながら必死に宝玉の馬へすがりつく。
「誰か変わったことをおっしゃってなかった?」
「変わったこと……」
李貴は考えこむ。
「下人の劉逸が珍の大爺さまが大切にしていた茶器を割ってしまったそうです。こう言うとかわいそうですが、やつの慌てぶりときたらけっさくで……」
李貴が笑いながら話すのに、宝玉は少し苛立ったように、
「姐姐たちのことで何かなかった?」
李貴はまた考えこむ。
「丫鬟たちのことでもいい、太太たちのことでもいい。もしくは奶奶のことでも……」
と言って宝玉は口ごもった。
「若君は本当に女性がお好きなんですね」
李貴は嘆息する。
「それと同じくらいこの李貴のことも思ってくだされば……」
と言いながら李貴の声が小さくなる。
そのとき、二騎の間を切り裂くように、一陣の風が吹いた。
「寒くなってきたな」
宝玉がつぶやくように言うと、李貴が笑いながら言う。
「もう秋ですからねぇ。若君、この調子だと今年はあっという間に冬になりますよ」
「……そうだね」
李貴は主の神妙な面持ちを見て、緩んだ顔をひきしめた。
寧府の喧噪はやがて遠ざかり、主従の二騎は薄闇へと消えていった。




