第十一回 15
「あれは呪詛だったのかもしれん」
これは後年、賈瑞の祖父、賈代儒が死に臨んでつぶやいたものである。
賈瑞の父は、賈瑞が幼いころに亡くなっていた。
普段は情のかけらも見せない賈代儒も、さすがに息子の死を間近に控えては、顔を曇らせずにはいられなかった。
喘ぐような息を継ぎ継ぎに息子は賈代儒に終の言葉を託した。
「もし私が死んでしまえば、母も早くに亡くした瑞は、父上と母上、お二人でみていただくことになるでしょう。世の道理として人は孫に甘くしたくなるもの」
そこで息子は語気を強めた。
「ですが、父上には瑞を甘く育てないでくださいませ。私に厳しくしていただいたときのごとく、儒者としての、その辣腕をもって瑞には接してください」
賈代儒は息子の夜着の袷のあわいから、蚯蚓腫れになった古傷を見た。賈代儒は顔を伏せながら、
「分かった」
とうなった。その数刻後、息子の息は絶えた。
賈代儒は息子の遺言に違わず、幼い賈瑞を厳しく躾けた。無用な外出は許さず、方丈の房に籠め、格子や簾で房を鎖し、ひたすら文章を誦させた。もし一言でも詰まったり、休んだりしようものなら、躊躇なく狗のための鞭で打たせた。
幼いころの賈瑞は絶えず泣いていて、いつもこの獄のような房から逃げ出してやろうと思っていた。
そこである浅春のうららかな日、五つになった賈瑞は、師と呼ぶように言われた男がまどろんでいる隙に、音の出ぬよう簾をあげ、粗末な草履をひっかけて、内院から市が立ち並ぶ街路へと飛び出した。
暖かな微風のなか、人々は頻りに蠢き、騒めき、忙しかった。
市の軒にはとりどりの飾りが下がり、砂塵の立ちのぼるなか、香ばしい菓子のにおいが漂ってき、幼い賈瑞の鼻腔を誘った。
そんな喧噪に胸が高鳴りながら、いろいろな市をのぞいていると、
「おい、餓鬼。邪魔だ。どきやがれ!」
屈強な男が賈瑞を押しのけ、賈瑞は泥濘に倒れた。顔まで泥にまみれた一人ぽっちの賈瑞を、人々がただ眺めていく。
賈瑞は知らぬ間に涙があふれてき、声をあげて泣いたが誰も足をとどめる者はいなかった。泣いて、泣いて、涙が涸れるほど泣いたころ、頭一つ上から美しい声が降ってきた。
「どうしたの? 泣くのなんてやめなさい。みっともないわ」
賈瑞は顔をあげる。そこには賈瑞より二つ三つ年かさの、麗しい女の子が微笑みを浮かべながらしゃがみこんでいた。
賈瑞は差し出された手を、指を震わせながら握る。女の子の手のぬくもりがじんわりと賈瑞へ伝わった。
賈瑞が涙をとめかかったそのとき、婆子の叱るような声がとんだ。
「鳳ちゃん、その手を放しなさい!」




