第十一回 14
「あなたは瑞さまかしら」
熙鳳はたじろぎながら、思わず身を後ろに引いた。
「嫂さま、もちろん私ですよ。まさかお忘れではないでしょうね」
熙鳳はためらいながら言った。
「もちろん忘れてなどいませんわ。ただ急にお目にかかったので、すこしばかりびっくりしてしまったのです」
「これも私と嫂さまにご縁があるということでしょう」
「え?」
「私は先ほど宴席をそっと抜け出し、気晴らしをしていたのですが、まさか嫂さまがおいでとは! これを縁と申さず何と言いましょう!」
そう言いながら賈瑞は絶えず横目で熙鳳をじろじろと見つめている。
熙鳳は強いて笑顔をつくりながら言った。
「哥哥が褒められるはずですわ」
「璉の哥哥が? 私を?」
「ええ」
言ってしまって、熙鳳は賈瑞を流し見る。賈瑞の下卑た笑みはいっこうにひっこまない。そこで熙鳳は続けた。
「今日こうしてお会いし、一語、二語お聞きしただけで分かりましたわ。あなたがどんなに“聡明”で“穏やか”なのか」
だが、賈瑞の面は一毫も変わらない。仕方なく熙鳳は続けた。
「今日は太太たちのところに戻らねばなりませんので、ゆっくりお話はできません。また暇な折にでもお話ししましょう」
そう言って賈瑞に背中をむけた。だが、賈瑞は弾むような声で言う。
「いずれ、嫂さまのお家にうかがえればと思っておりましたが、嫂さまはお若いのでお目にかかれないのではと心配しておりました」
熙鳳は振り向かず、声だけは優しく言った。
「血肉を分けた一族ではありませんか。老いも若いもありませんわ」
そう言ってようやく振り向くと、賈瑞の顔はとろけるように崩れてしまっていた。そこで熙鳳も耐え切れず、
「早く宴にお戻りなさい。皆さまから罰杯をいただくはめになりますよ」
と叱責した。それでようやく賈瑞は遠ざかっていったが、何度も振り返っては熙鳳を見つめるのだった。
賈瑞が見えなくなってしまうと熙鳳はふつふつと怒りがわいてき、
「これこそ『人の面を知りて、心を知らず』というやつだわ。あんな禽獣のような男がいるとはね。もし本当にあんな真似をしてごらんなさい。私の手で死へ誘ってやるわ。私のやり方を思い知ることね!」
とつぶやくのだった。
そのころ賈瑞はただ恍惚とし、宴にも戻らず、内院の銀杏の幹にもたれかかっていた。はらはらと黄葉が舞うなか、陽光がそこにさしこみ、賈瑞の握っては開く、その手のひらをほのかに照らしている。黄葉が、拳を握りこむそのあわいへひらひらとすり抜け、地へと零れていった。




