第十一回 9
「安心して」
熙鳳は賈蓉に言った。
「ちょっと顔を見るだけよ。ゆっくり休んでもらいたいものね」
「……ありがとうございます」
賈蓉は薄く笑う。
「鳳ちゃん、鳳ちゃんじゃないの!」
内院を通り抜けるあわいにそう呼ばれ、声の主の方を見ると、幼いころによく顔を合わせた王家の遠縁の嬸子だった。
熙鳳は笑みを浮かべ、会釈をし、近づいてくる嬸子の手をとった。
「あのころはまだ小さい子どもだったのにねえ。今じゃ栄府で大した働きぶりだとか」
そう肩をたたかれ苦笑していると、
「でも良かったよ。ここに呼ばれてみたらあんたの物騒な噂ばかり耳に入るんだから。辣子だの辣子鳳だのってね」
熙鳳は思わずうつむく。
「けれどね、安心したよ。今日のあんたの顔を見たら、少しも変っちゃいないじゃないか。まるっきりあの頃のままだよ」
「ここからは静かに」
賈蓉の房の前までたどり着くと、熙鳳は唇の前に人差し指を立てた。
奥の戸までそっと音を立てないように進む。
房の戸の隙間から、秦氏が褥に臥せっているのが見える。
熙鳳はおもむろに戸に手をかけた。錫の番がきいっ、とかすかに音を立てる。
秦氏は臥せたまま振り向き、その音の主が熙鳳だと知るや、ふらつく足で立ち上がろうとした。
熙鳳は思わず声をあげた。
「だめ!」
秦氏は驚き、つま先を立てたまま止まった。
「そのままでいて」
そう言いながら、熙鳳は足早に駆け寄ると、秦氏の手をとって言った。
「……もう。急に立ち上がるとめまいを起こすでしょう?」
熙鳳は指に触れた秦氏の手の、骨ばった感触を感じ、やせ細った腕に目をやって言った。
「あなたったら! ほんの数日見ない間にこんなに痩せてしまって」
熙鳳は秦氏の腰に手をそえながらゆっくりと褥へ秦氏と肩を並べて座った。
宝玉も秦氏の小さな声で容体をねぎらい、向かいの椅子に腰かけた。
「早くお茶を。嬸子さんと二の叔父さまは上房でお茶を召し上がってないんだよ」
賈蓉が控えていた瑞珠と宝珠に声をかける。
「宝珠、お茶の用意をお願いできる?」
瑞珠が小声で言った。だが、宝珠はそれに答えず、ただ虚空を睨めつけていた。その視線の先にはこの房の主である賈蓉が立っていた。




