第十一回 5
「それでは僕はちょっと宴から離れておきます。幸い父も母も気づいていないようですしね」
賈蓉がいたずらっぽく笑う。
「どうして? こちらにいても何の差支えもないでしょう?」
「あちらに賓客が来られるかもしれませんから。それに……」
「それに?」
「ちょっと頭を冷やしておきたいんです」
「何か良くない事情がありそうね」
賈蓉は何もいわず笑った。
「あ、あと、蓉ちゃん」
「なんです?」
王熙鳳は言いかけてゆっくりと首を振った。
「ううん、何でもない。あとで……、いやまた空いている日にでもお話しするわ」
「分かりました」
賈蓉は静かに頭を下げると宴の席から去って行った。
しばらくは祝宴の前の他愛もないおしゃべりが続く。
「あなたの大妹妹が言っていたんだけれど……」
そう切り出されて尤氏は身構えた。熙鳳はそっと目を伏せる。
「私の本当の妹のことをおっしゃっているわけじゃないわよね」
尤氏は軽口でごまかそうとしたが、王夫人には通じなかった。
「むろん、そうよ」王夫人はこともなげに言う。「うちの鳳ちゃんのことよ」
王夫人は咳払いをする。
「……聞いたところ、蓉ちゃんのお媳婦の体の具合が良くないとか。どんなふうに良くないのです?」
尤氏はくぐもりながら答えた。
「それが、この病というのが不思議なんです。先月の中秋のころまでは、老太太や太太たちと夜半まで楽しく飲んでいましたのに」
そう言いながら、ちらっと熙鳳を流し見た。だが、熙鳳はぷいとそっぽを向いてしまう。細いため息とともに尤氏が続ける。
「ところが二十日を過ぎると、一日、一日と気鬱が深くなっていき、食も細くなって、もう半月以上になります。……月のものも、もう二か月来ておりません」
邢夫人が口をはさむ。
「それはもしかして“喜”ではなくて」
尤氏はもう一度熙鳳に助けを求めた。熙鳳は何も言わず首を横に振った。慶びの場に重苦しい沈黙が降りてくる。
そのとき、外から報せが走ってきた。
「栄府の大老爺さま、二の老爺さま、それに一族の方々がお越しです」
賈珍は急に目の色を変えて、
「何? 今どこにおられる!」
と叫んだ。報せの男も慌てながら、
「もう広間におられます」
と言う。賈珍は急いで外へ出て行った。
それを見届けると尤氏はため息をつきながら言った。
「以前の大夫にも喜と言う人はおられました。ですが、昨日、馮紫英さまが昔学んだ先生を薦めてくださり、脈を診られ、『喜ではない。むしろ重い病だ』と言われました。昨日処方を出していただき、今朝薬を飲んだばかりですが、まだどうということもなく……」
熙鳳がおどけるように言った。
「そうは言っても、寝たきりってわけじゃないんだから、今日みたいな日に顔見せしないはずがないわ。だって、他でもないあの人よ?」
尤氏が言いにくそうにぼそりとつぶやいた。
「初三にこちらでお会いしたでしょう?」
「ああ、年明けしてすぐね」
「そのときもあの子は見せなかったけれど、かなり無理をしていたのよ。きっと、あなたたちお二人が良くしてくださるから、離れがたかったんでしょう」
熙鳳はそれを聞くと、たちまち目の周りを赤く染め、にわかにうつむき、顔を手で何度もこすってから言った。
「『天に不測の風雲があるように、人に旦夕の禍福がある』とはまさにこのことだわ! まだあんなに若いのに、病で臥せってしまうなんて。あの人に何の楽しみが残っているというの!」




