第十一回 4
「でも、どう座りましょう?」
熙鳳が考えこむように言った。
「肝心な太爺さまがいらっしゃらないんですもの。いったいどちらに座ればいいのか分からないわ」
「むろん、寧府の大爺さまが上座にお座りになるべきですわ。賈母もおられませんし」
王夫人が横から口をはさむ。
「かといって、私が上座におさまるのもなぁ……」
賈珍が頭をかいた。
「宴が終わったとき、太爺さまに叱られてしまうよ」
「そもそも……」
と尤氏が切り出した。
「どうして栄府の老太太はお越しにならなかったの?」
賈珍が慌てて繕う。
「そもそも栄府の老太太は老祖宗にあたる方だ。こちらがお招きできるような立場にないよ。それでも気候も涼しくなっているし、園にはいっぱいの菊が咲いていて、せめてもの気晴らしにと思ったんだ。うちの児孫の賑わいも見ていただきたい、それだけのことだったんだよ。でも、なぜか老祖宗はお見えにならなかった」
王夫人の唇が動きかけたが、熙鳳が話し出す方がわずかに早かった。
「老太太はつい昨日までこちらにうかがうおつもりだったのよ。でも、この宝くんたちが桃をおいしそうに食べているのをご覧になって、つい食い意地が張っちゃったのね」
宝玉が無言のまま眉をあげた。
「桃を半分も召し上がったものだから、五更の、まだ夜も明けぬうちに二度も起きられて」
「まあ」
尤氏が驚く。
「だから私にお断りしろとお伝えがあったわけ」
「それは心配ね」
尤氏の顔が曇る。
「いえいえ、もうだいぶ良くなってはおられるのよ」
熙鳳が慌てて笑った。
「私が出かけるときに頼まれたもの。おいしくて柔らかいものを何品か持って帰ってくるようにってね」
「なんだ。そうだったの」
尤氏は胸をなでおろした。
「任せておいて。とびきりのものをお詰めしておくわ」
賈珍も笑って言う。
「やっぱり老祖宗は賑やかなのがお好きなんだよ。お越しにならないのは理由があると思っていたがそういうことか」
そこで寧栄の人々はようやく口々に、他愛のないことを話しはじめた。
そのあわい、背後の靴音に熙鳳はぼんやりとたたずんでいる賈蓉に気づく。
「あら、蓉ちゃん、どこに行っていたの? 姿が見えなかったじゃない」
「いや、ちょっと……」
賈蓉は言葉を濁す。
「それより、先ほど言っておられたことは嘘でしょう」
今度は熙鳳が狼狽する番だった。
「嘘ってどういうこと?」
賈蓉はにっこり笑う。
「嬸子さまがなぜ、老祖宗が夜中に二度も起きられたことをご存じなんです?」
「あなたとは違うのよ。私は栄府のことなら何でも知っているの」
熙鳳はすねるように言ったが、賈蓉はなおも笑って、
「今日のようなお忙しい折に、そこまでお確かめになるでしょうか?」
「いや……」
熙鳳は反論しようとしたが、賈蓉はそれを許さず、
「おそらくお腹をこわされた、ということなのでしょうが、それならば寧府の菜を持ち帰るように命じられるはずがありません。あれだけお気遣いの厚い老祖宗ですから」
熙鳳はため息をつく。そのまま賈蓉の額をこづく真似をした。賈蓉はそれを避けるふりをする。
「まったく、底抜けに鈍いところがあるかと思えば、変に鋭いんだから」
熙鳳は咳払いをする。
「で、私の言ったことが嘘だったとして、あなたは何で老太太が来られなかったと思うの?」
「老祖宗は太爺さまを重んじておられますから」
微笑みを絶やさない賈蓉に、熙鳳は唇を噛んだ。
宝玉がくすくす笑っている。熙鳳は強めに宝玉の頭を小突いた。




