09-31 帰還みたび
「我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け!」
――ネロ・クラウディウス、Fateシリーズ――
黄金の龍が西へ飛ぶ。
その背中には寝息を立てるクロウとそれを見守るスケイルズとソル。
スケイルズの顔には真新しい青あざ。
あの後興奮してクロウを振り回すスケイルズを、ソルがぶん殴って落ち着かせた跡だ。
そのまま一行は朝出発した港町に戻り、再び同じ宿に部屋を取った。
「町中ルレク・セレースの話題でもちきりだな」
「それはそうだろうな。晴れていればここからだって見えるんだ。
ましてや神の山として崇められている霊峰だ、騒がないわけがない」
実際ここに来るまでも街中は軽いパニック状態で、凶兆だとか世界の終わりが始まったとか、恐れ嘆く町人は少なからずいた。
元に戻って二時間ほど経っていたからまだしもだろうが、裂けたままであったら本当に暴動か何かが起きたかもしれない。
日本人なら富士山が真っ二つになったようなものだ。
しかも迷信深く信心深い中世か古代のメンタルの人々がそれを見たらどう思うか。
日食や彗星に恐れおののき、心底恐怖を感じる人々なのである。
現代日本人の意識がまだ残っているクロウや龍であるアルテナはともかく、この世界の人間であるスケイルズやソルには恐れる人々の気持ちがよく理解出来た。
クロウが再び目を覚ましたのは、やはりアルテナの背の上だった。
間に合わせの鞍のようなものがつけられており、そこに革ひもで厳重に固定されている。
鞍の前にはスケイルズとソル。
ぼんやりと目を開けていると、こちらを振り向いたスケイルズと目が合った。
「クロウ! おい、クロウが目を覚ましたぞ!」
「なに!? クロウ、大丈夫か!?」
「まあなんとか」
笑みを浮かべて手を(固定されているので動かせる範囲で)振ると、二人ともほっとしたような顔。
アルテナが振り向いて短く鳴いたので、そちらにも手を振ってやる。
ちらりと太陽に視線。
「学院に向かってるようですがここはどのへんです? 僕はどのくらい眠っていました?」
「《エーテルの島》から《祭壇の島》に向かっている途中だよ。《使命の島》の港町で宿取ってたんだけどお前が起きなくて、預かっていた魔道具で学院と連絡取ったらとにかく戻ってこいって言われたんでこうして戻ってる最中。《使命の島》で二日の、海越えて《エーテルの島》横断してだから、あれから五日目ってことになるか」
《熊》
《針》
《雌馬》 《雄牛》
《祭壇》
《エーテル》
《足跡》 《使命》
再度掲載するがこの世界の地図はこのような感じだ。
船なら《祭壇》→《エーテル》→《足跡》→《使命》と経由して向かうが、アルテナの速度と航続距離なら最短ルートを取れる。
「と言うことはあとせいぜい半日ですね」
「ああ。それまではやることもないし、ゆっくり休んでろ」
「・・・一体あれは何だったんだ? とにかく世界が引き裂かれるのは防げたみたいだが」
「まあ、だと思います。あの青い鎧は僕の具現化術式で、見ての通り強力な念動力などを使うことが出来ます」
「具現化術式!」
スケイルズとソルが声を揃えて驚く。
「(そう言えばこの世界でも具現化術式は極めて珍しいんだっけ)まあ今は出せませんけどね」
「どうしてだ? 使いすぎたのか?」
「術式自体は僕の中にありますから、滅多なことで壊れはしませんし、何だったら理屈の上では複数出す事も可能です。ハリボテにしかなりませんけど。
ともかく流石にあのレベルの裂け目を閉じるとなると、しばらく固定しないといけなくて、今でも鎧だけはあそこに残してあるんですよ」
具現化術式は術式に魔力と魔素がまとわりついて物質化したものだ。
ひどい言い方をすれば、油汚れがこびりついて落とせなくなった金網。もう少し綺麗に言うなら樹氷。
本来一度具現化すればそのままずっと物質化しつづけるものだし、実際杖に姿を変えて常に携帯しているのだが、物質化した魔力と魔素を「はたき落として」術式に戻し、使用のたびに新たに具現化させることも可能だ。
術式自体はヒョウエの中にあって、一度具現化の域に達したならば何度でも同じ事は出来る。今地底で裂け目をつなぎ止めているのもそうして「新造」した具現化術式だ。
いわゆる魔道具の製作者も大半はこれで、具現化に成功した術式を繰り返し具現化させることで魔道具を生み出しているのだ。
もちろん彼らにヒョウエほどの魔力はないので、一つ作るのに数日から数ヶ月かかったりするのだが。
閑話休題。
「魔力を使いすぎると倒れて眠ってしまうわけですが、今回は鎧に魔力を流し続けなければいけなかったので、普段よりも長く眠ってしまっていたようですね」
「なーるほどなあ」
こうしている今も物質界のヒョウエの肉体からは「青い鎧」に膨大な魔力が流れ込み続けている。
青い鎧発動時の全励起状態ほどではないが、"隠された水晶の心臓"の出力の半分ほどはそちらに取られていた。
「いつまで支え続ける必要があるんだ?」
真剣な顔で尋ねてくるのはソル。
彼にとっては故郷の島が真っ二つになるかどうかの瀬戸際なので気になるのだろう。
「うーん、そのへんはなんとも。その辺も含めて先生方と話したいところかな」
「そうか・・・」
そこで会話が途切れる。
水天一碧、大海原と大空と二つの蒼の間を飛び続ける黄金の翼。
その雄大さを楽しみつつ、クロウは再びまぶたを閉じた。
「ん・・・」
再び目を覚ました時には、既にエコール島だった。
太陽はかなり傾き、もう少ししたら夕やけの赤が空を彩るだろう。
町の住人たちが流石に驚いて空を指すのを見ながら、黄金の龍はエコール魔道学院の中庭に向けてゆっくりと高度を落としていった。




