09-32 狼は生きろ、豚は死ね
当然ながらアルテナの存在は、魔導学院の生徒たちにも驚きをもたらした。
降りてくる黄金の龍に、中庭やまだ授業が続いている教室が騒然となる。
黄金の龍が少女に変じたのを見てまた驚愕の声。
そうした騒ぎや群がってくる生徒たちを押し分けつつ、クロウ達は教師の区画に向かった。
前回よりも更に数を増やした、八十人近い教師たちが会議室に集まる。
中には授業を抜けてきたものがそれも複数いて、副学長にこっぴどく叱られていたがまあ些細な話だ。
「・・・と、言うことで取りあえず世界の裂け目は閉じることが出来ました。
今後については教師のみなさま方と話しあった上でのことになるかと思います。以上です」
(知的好奇心に)ぎらぎら光る教師たちの、(情報に)飢えた獣のような目に果てしなく嫌な予感を覚えつつ話を終えると、果たしてその瞬間に予感は現実のものとなった。
「素晴らしい! 下界ではそこまでの力を持つ具現化術式が生み出されているのか! 量産は! 開発はどうなってる!」
「ねえその青い鎧、今ちょっと具現化できない? ちょっとだけでいいから!」
「地の底の冥界だと! 黒い砂とやらのサンプルはとってきたかね!」
「その黒い岩についてもっと詳しく! スケッチはできるかしら!?」
「土の塊である山がそんなに綺麗に真っ二つになるわけがない。断面について観察しなかったかな?」
「地面の底に降りていく時に世界を越えたような感触はあったかな? 単に物理的な地面の底なのか、それとも霊界と繋がっているのかはかなり重要な要素だ!」
「肉体の変形か、興味深いわね! 妖魔と一体化したことによる変化なのか、それとも術か、その辺わかるかしら!」
「"隠された水晶の心臓"と言うのか、素晴らしい! ちょっと観察させて貰えないだろうか! できればほんの少しでいいからサンプルを・・・!」
「ひえええええええ!」
未知という特上肉に群がる飢えた知的好奇心の獣たち。
今やクロウは狼の群れに襲われる丸々太ったブタのごとくである。
クロウほどではないがアルテナにも多くの教師たちが群がり、常日頃何にも動じないアルテナが、この時ばかりは冷や汗を浮かべてのけぞっている。
一部の教師はスケイルズとソルに目をつけて、個人的に(=自室に拉致して)話を聞こうとまでしていた。
「静かに! 静かにしなさい! あなたたち黙りなさいと言っているでしょうがコラァ!」
副学長の制止でさえ効果を発揮せず、会議室は興奮のるつぼに叩き込まれたままだ。
「ぎゃっ!?」
「ぶべばっ!」
「みなさん、理知的に。理知的にね。私たちは理性をもって真実を追究する学究の徒なのですから。わかっていますよね?」
「「「「「アッハイ」」」」」
結局切れた副学長が馬鹿二人を見せしめに吹き飛ばすまで騒ぎは収まらなかった。
怒気を放射する静かな笑みに、好奇心の獣と化していた教師たちも思わず我に返る。
「取りあえず彼らには休んで貰います。質問の時間は改めて取りますのでそれまで個人的な接触などは控えるように」
「「「「「はーい・・・」」」」」
姉弟子にぴしゃりと断言されてうなだれる教師たち。
普通なら笑みが浮かぶシーンだが、今まで彼ら(彼女らもいる)に群がられていた方としてはそんな余裕がないのが正直なところだ。
「取りあえずあなたたちは部屋に引き取りなさい。食事は教職員用の食堂で――そうですね、クロウとスケイルズはいいでしょうが、ソルは同室の人間もいますし、予備の宿舎で休みなさい。
アルテナは私の部屋で・・・」
「クロウと一緒がいい」
アルテナが副学長の言葉を遮った。
思わずまじまじと少女の顔を見る白髪の美女。
「クロウと一緒がいい」
アルテナが無表情に繰り返した。
困ったような顔になる副学長。小さい子供に話しかけるような口調になって(まあ外見は小さな子供だが)アルテナを翻意させようとする。
「あのですね、アルテナ。クロウもスケイルズも男の子な訳ですから・・・」
「クロウと一緒がいい」
「あなたは良くても二人が・・・」
「クロウと一緒がいい」
「会いたければすぐに会えますから・・・」
「クロウと一緒がいい」
「寝る時以外は一緒にいてかまいませんから」
「クロウと一緒がいい」
「・・・」
「クロウと一緒がいい」
「・・・・・・・・・・・・・・・わかりました」
周囲から苦笑が漏れる。
副学長、この一癖もふた癖もある大魔術師たちをまとめ上げ彼らの尊敬を集める美貌の女魔術師は、溜息とともに幼女の要求に屈した。
「サナの料理に比べると味が落ちるな」
「サナ姉の料理は特別ですからね。比べるのは気の毒ですよ」
苦笑するクロウ。もっとも、彼女がそこまで料理の腕を鍛え上げたのはクロウというかヒョウエ本人が100%原因なので、リーザがいたら冷たい目で睨まれていたかもしれない。
そんな事を言いながらもアルテナはパクパクと料理を腹に詰め込んでいる。
まあ世界を渡り、数千キロの距離を数日で飛び渡ってきたのだ、人並みの量では到底足りるまい。
教師用の食堂である。
周囲の教師たちからチラチラと視線が向けられるが、流石にあれだけ太い釘を刺されたせいか、ちょっかいをかけてくるものはいない。
それに安堵したようにソルが溜息をつく。
「まあ確かにサナさんの料理はうまかったな。と言うか下の料理はどれもこれもとびきりだ。あの屋台ですら、こちらの世界ならあちこちから高い給金で引き合いが来るぞ・・・」
「色々料理法とか食材の供給とか蓄積が違いますからね。そのへんはやっぱり人の数がものを言いますよ」
アルアル言うひいきの屋台の親父を思い出しつつクロウ。
「下」ではまだ数日しか過ぎてないが、体感的にはこちらで一年以上を過ごしている。
思いもよらず里帰りした時の味は実に懐かしかった。
「確かにとんでもねえ数の人がいたなあ・・・もっとも問題なのは、お前の周囲にやたら可愛い子があつまってることだけどな!」
「まだ言うんですかそれ」
アルテナのほっぺたにくっついたソースをふき取ってやりつつ、クロウが眉をしかめる。
「ああ言うさ、言うともさ! 大体なんだ! あれだけの美女美少女に囲まれて誰も口説いてないとか、お前本当に男か! チンチンついてるのか!?」
「うるさい」
「ぐぉっ!?」
ひたすらに料理を詰め込んでいたアルテナが、小うるさそうにスケイルズの足を蹴った。
流石に龍の化身と言うべきか、外見は十歳くらいの少女でもアルテナにはその辺の成人男性が束でかかっても叶わないレベルの筋力がある。
(足の骨にヒビくらいは入ったかもなあ)
悲鳴も上げられず悶絶するスケイルズ。
後で救護室に連れて行ってやろうとは考えつつ、取りあえずクロウは悶え苦しむルームメイトを放置して食事に戻った。
危うく死ぬところだった豚は主にクロウくん(ぉ




