黒装束の男とメイドの共同戦線と商人
あの商人の再登場です。まさかの、この物語一番の長編になっています。ブクマ、★評価、感想下さった皆さま。ありがとうございます。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「なぜ、この男と私が一緒に戦っているのかしら」
「それは、俺のセリフだろ?うわっ氷の塊こっちに落とすのやめろ!」
キースとエリーゼ、2人は今、里に近づく魔獣と戦っていた。
(魔獣の数が多い。このままでは、防衛線が破られてしまう)
「なぁ、事前の情報より数が多くねぇか?」
「そうだとしても、私たちがここを死守しなくては。里には戦えないものも多いのですよ」
「わかってる、さ!」
そういいながら、キースはあっという間に魔獣を切り伏せていく。エリーゼも、氷の刃を使い風のように舞った。氷漬けになった魔獣の上に新たな魔獣が折り重なる。
二人の会話を聞いている者がいたら、きっと仲が悪いのだと感じるだろう。しかし、徐々に二人の連携は完璧なものに近づいていた。
「おい……エリーゼ。……さがれ。後ろを向いて、全力で里まで走れ」
「なにを……」
「頼む、里には子どもらがいる。引き留めるから城まで連れて逃げてくれねぇか」
「くっ」
2人の目の前には、なぜか強大な力をその身に宿す、魔石の魔獣がいた。しかも、その数は3匹。エリーゼは、キースを残して走り出す。
(お嬢様は、この時期ここに例の魔石の魔獣が現れるとは言っておられなかった。でもこの魔獣は!)
――――額に魔石が埋め込まれた魔獣。魔法が効かないから王国軍と戦った時も苦戦したわ。その魔獣……人を食べるの。
リディアーヌの言葉が、脳裏に浮かんだ。
(子どもたちを、逃がさなくては!)
「ちっ……。お前らの相手はこの俺だ!」
キースは強い。しかし、3体1となると形勢は魔石の魔獣に傾くだろう。だが、エリーゼは後ろを振り向かずに走る。悔しさに噛みしめた唇にうっすら血がにじむ。
「はぁ、はぁ。……くっ。キース、1匹取り逃がしたのね」
しかし、1匹の魔石の魔獣がエリーゼの行く手を阻んだ。白い体毛に覆われて美しいが、その口は鋭い牙があり赤々としている。
「ふふ。魔法が効かない……ね。いいわ、負けるわけにはいかないもの。戦いましょう」
逃げ切ることは不可能であると判断したエリーゼは、腰に差したショートソードを抜いた。
エリーゼは、蝶のように舞う。今やショートソードを持っても、その動きは軽やかだ。魔石の魔獣よりも、エリーゼが舞うスピードのほうがまだ上回っている。
「魔石を狙うしかない」
魔石を持つ魔獣の弱点は、魔石を破壊されること。エリーゼは、正確に魔石を狙い何度も攻撃を繰り返した。
「ふっ、はぁ。まだ……なの?」
魔石は破壊されない、徐々にエリーゼのスピードも落ちていく。
――――バキン。
ショートソードが、魔石の硬さとエリーゼの攻撃に耐えられず半分に折れる。そのせいで体勢を崩したエリーゼは、魔獣の前足の攻撃を受け、木の幹に打ち付けられた。
「が……はっ」
(お嬢……様)
もう、体が動かない。魔獣は仕留めたと感じたのか、ゆっくりとエリーゼの方へ近づいてくる。
「ふふ……、里には近づけさせないわ。魔法が効かないと言っても、この周囲とともに氷結してしまえば、どうなるのかしらね?」
――――ピキピキ
エリーゼの周囲が凍り始める。氷の魔法を暴走させることで、周囲は氷土と化し、すべての者を凍りつくす。……術者とともに。
(お嬢様。どうかご武運を)
――――エリーゼさん!
(…………そういえばあのバル。どうしてるのかしら)
口を開けて近づく魔獣をぼんやり見つめていたエリーゼ。魔力を失っていくことでもうろうとしていく意識の中、バルトルトの声が聞こえた気がしてふとそんなことを思う。
(ふふっ。最後に思い出すのが、あのバルというのも、締まらないわ)
しかし、終焉は訪れない。
――――パァンッ……ガシャン
乾いた音のあとに、硬いものが割れるような音がした。
――――ズドォオン……
「は……」
そこにはバルトルトが立っている。
「ま、間に合った……?エリーゼ、さん?」
バルトルトは、構えていた武器を下ろし氷で足を滑らせながらもエリーゼに駆け寄る。
「ん?ここだけ何でこんなに寒いんですか?わ!?エリーゼさん氷みたいに冷たいですよ?!と……とりあえずこれを着てください」
バルトルトは、身に着けていたマントでエリーゼを包む。
「まさか……2回目……」
「エリーゼさん?!」
焦るバルトルトだが、気を失ったエリーゼを背負って帰るほど体力はない。
「行きはなんとかしたけど、帰りはなぁ……」
しかし、そんな風に悩むことができたのもほんの一瞬の事だった。
「そこの兄さん!逃げろ。死ぬぞ?!」
「うわぁ?!もう2匹?!せっかく魔導銃改良したのに……。2回目いけるか?え?無理だって?頼む!また暴発するのはやめてくれよ!」
――――ドォン……ガシャン
「な……魔獣が2匹倒れている?さっきのひ弱そうな兄さんがやったのか?……おぉ?!ひ弱そうな兄さんまで倒れてるじゃねえか?!」
再びバルトルトの武器は暴発した。今回は、腕だけでなく顔からも血を流し、バルトルトは気絶してしまったようだ。
「どういう状況なんだこれ?……ま、いいか。1匹なら俺の敵じゃねぇな」
1対1ならば、魔石の魔獣にキースが負けるはずがない。キースは音もなく飛び上がり、持っていた刀で魔石への攻撃を開始した。
ほどなく、3匹の魔獣は地に伏していた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「うう……?ん?わっ!エリーゼさん!魔獣が!……ん?あれ?ここどこ」
目覚めたエリーゼと、キースによって里に運び込まれたバルトルトは、理外れの力を持つ里の癒し手により一命をとりとめた。
「目を覚まされましたな。婿殿」
「え……?は?……あの、お嬢ちゃん?ここはいったい?」
バルトルトの目の前には、3歳くらいの幼女がいる。その幼女の髪と瞳は黒い。
「ん?黒い髪と瞳?リディアーヌ様の親戚の子どもかな?そんな子いたかな?」
「……ほれ、婿殿の前に出てきなさい」
そのアイスブルーの瞳を絶対零度にしたエリーゼが現れる。
「あ、無事だったんですね?エリーゼさん。良かった」
「……くっ。バル、あなた何であの場に現れたのです」
遠い目をしてバルトルトが答える。
「あー……。なぜか急に頭の中にリディアーヌ様の持っていたあの剣の声が聞こえて。エリーゼさんのところに行かないとと思って」
「だって、バル。あなた王都に戻ったのでしょう?まだ、ここまで来られるはずがないわ。すぐ引き返していたとしてもあと1週間はかかるはずよね」
聞かれたくないことを聞かれてしまったように目をそらしたバルトルトが頭を掻いた。
「あー。いやぁ……」
「答えないと氷漬けにするわ」
エリーゼににらまれたバルトルトがみるみる青ざめていく。
「ひっそれは………………」
「バル?」
ため息をついたバルトルトが、観念したようにつぶやいた。
「声が聞こえたとき、まだ王都から出てもいなかったんですよ。いろいろやることもあったし。2、3週間かかるから絶対間に合わないと思ってですね。ちょっと…………ちょっと転移の宝珠を」
無表情だったエリーゼが瞠目する。
「………………は?今、なんていったの」
「いや、大丈夫です。僕が焦って勝手に使っただけなので」
(馬鹿なの、このバルは。転移の宝珠って言ったの?)
転移の宝珠は確かにいくらでも存在する有名な魔道具だ。しかし、1回の使用で壊れることもあり、その値段は王都に巨大な屋敷が買えるほどするのはあまりに有名な話だ。
「………………答えなさい。どうやって手に入れたの」
「え……あの」
周囲の温度がどんどん下がっていく。
「氷漬けにした後に、粉々にされたくないでしょう?」
「うぅ……もっていた剣のコレクションと交換してもらいました。いわゆる魔剣とか聖剣とか1本だけ残して全部。大丈夫、余裕で転移の宝珠の値段越えてますから。姉さんはこれで言い値はチャラと言ってくれたし……大丈夫です」
「ふふ。エリーゼそろそろあきらめ時のように見えるがな」
「長老……」
黙って2人のやり取りを楽しそうに見ていた長老が声をかける。
「え?長老?え?幼女?」
「ふ。わしの髪や目、このなりを見てもその反応か。婿殿は面白いお方のようだね」
気まずそうにエリーゼが目をそらすのを見て、バルトルトはさっきから気になっていた言葉を聞いてみることにした。
「あの……さっきから婿殿って言ってますけど?」
「婿殿は婿殿そのままよのう。エリーゼ?」
アイスブルーのエリーゼの瞳がうるんでいる。それをバルトルトは呆然と見つめた。
「バル。私の婿になりなさい」
「は?え?何でそんな話に。あれ?これはやっぱり都合のいい夢かな?それとも天国かな?」
エリーゼの目元と耳が赤い。
「2回命を助けられた未婚の女性は、その男性を婿にする。……里の掟よ、口惜しいことに」
「は?でも……僕は………………」
半眼のエリーゼがバルトルトに詰め寄る。
「婚約者でもいるというの?バルのくせに?」
「いや、あのそんな人いませんけども」
エリーゼの動きが止まる。
「まさか、まだ何かあるの。……そうなのね?話さないと、指先から順番に凍らせるわ」
「うぐ。ただ、一番上の兄貴にアルフリートを助けた時に頼み事してですね。報酬を相手の言い値で頼んだので……」
エリーゼの瞳は真剣だ。
「レ-ヴェレンツ家から勘当するから、アルフリートに取り入ってキサラギ領につながりを作るまで帰ってくるなと。だから、今の僕は以前にもまして、なにももっていない……だからとてもそんな僕にエリーゼさんはもったいなさすぎます」
目を瞑ったエリーゼが長い息を吐いた。
「は――――。とても、とてもあなたらしい。バル……」
バルトルトは大切なもののためなら身を切ることを厭わない。
――――あなた、悔しいけどとても強いわ。
「強い者を、里のもの達は尊敬するわ。……里では私の婿と呼ばれなさい。もちろんまだ暫定よ」
その日からバルトルトは、なぜか里を訪れるとエリーゼの暫定の婿殿と呼ばれることになった。もちろん暫定なので手を出すことは許されないし、とくにエリーゼとの関係が変化したようにも思えないのだが。
それでもバルトルトは、失ったものと比べてその重さを十分満足だと思った。
最後までご覧いただきありがとうございます。★評価とブクマいただけると、とてもうれしいです。




