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共生世界  作者: 舞平 旭
祭り
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からみ酒

 キネリと菊池が御宮に着いた頃には、既に祭りが始まっていた。


「タカヨシ!こっちこっち!あ、キネリさんもこっちだよ!」


 舞台の正前を陣取っていたレイヨが、立ち上がって手を振っていた。辺りでは三々五々、酒宴が始まっていた。しかし舞台には太鼓などの準備は整っていたが、演奏者の姿は見えない。祭りが始まっているのか、こいつらが勝手に飲んでいるのか判断できなかった。菊池たちはレイヨの所へ向かうと、彼女が確保してくれていた場所に座った。すぐ横には塩土が酒を飲んでいて、若者と何やら話し込んでいた。


「おお菊池。あんたも参加してくださるか。年に一度の祭。存分に楽しんでな」


 塩土が声をかけてきた。しかし塩土と共にいた若者は、彼らを見ると不快な顔をして離れていってしまった。


「ナクラ、どうしたの?」


 レイヨは塩土に尋ねた。


「あいつは今日は機嫌が悪いようじゃの。許してやってくれ。それより、神楽がはじまるぞ」


 舞台袖には、いつの間にか演奏者が準備を終えて待機していた。彼らはゆっくりと舞台に登ると、一斉に演奏を始めた。雅楽から始まり、衣装を身につけた役者が神楽を舞った。舞はかなりアクロバティックなもので、菊池にはサーカスの曲芸を思い起こさせた。観衆は演目を熟知しているらしく、芸の間に絶妙な合いの手を入れていた。席には色とりどりの料理が並び、酒も樽ごと振舞われていた。


「これ、美味しいですね」


 菊池は野菜と何かを炒めた料理を食べていた。かなり濃厚な味わいで、フォアグラみたいだ。わずかに味噌が焦げたような風味がアクセントになって食欲をそそった。


「ああ、美味しいじゃろ?牛神様の脳みそじゃ」


 菊池は噴き出した。


「もう、タカヨシ、汚いなあ」


 レイヨが辺りを拭いてくれた。塩土は高笑いをしながら酒を飲んでいた。料理は野菜や鳥肉、キノコ類などと混ざって牛肉がかなり出ていた。幕多羅は豊かな村とは言っても、簡単に牛を食べられる訳ではない。牛は食べ物であるだけでなく、牛乳の生産、農具、そして神聖な生き物なのである。しかし年に一度の御籠もりでは、必ず何頭か捌いて神に献上され、残りが村民に振る舞われた。神と同じ食べ物を、人間も食べることで力を得るのである。宗教ではよくある行為で、直会なおらいと呼ばれる。

 幕多羅の料理は和食に近いと菊池は思っていた。盛り付けも大胆で、いわゆる田舎料理である。以前食べた常世の料理は、どちらかと言えば洋食に近く、菊池には幕多羅の方が口に合っていた。和食に欠かせない味噌も作られていて、味は赤味噌の様なコクがあり美味かった。しかし和食と決定的に異なるのは、醤油がないことだった。醤油に似た液体調味料はあったが、酸味がメインでコクに乏しく、菊池には物足りなかった。だが酒は美味かった。主に出回っているのは少し濁った地酒で、辛口だが口に含むとほんのりと甘味が広がってきた。


「まさか女性が噛んで作るわけじゃないよな」


 菊池は先程から酔って独り言が多くなってきていたが、本人は気がついてはいなかった。

 人々は酒を飲み、話をしながら騒ぎまくる。ふと見ると、レイヨも酒を飲んでいて、頭の先から足先まで真っ赤に出来上がっていた。


「おいおい、大丈夫か?お前まだ未成年だろ?」


 しかしレイヨの目は座っていて、話しかけた菊池を睨みつけた。


「何をー!私を子供扱いしてー!私はもう16歳だぞ!16は立派な大人だ!見て見ろ!」


 そういうと彼女は自分の服をたくし上げた。


「うわ!」


 白い下着が露わになった。大きな胸は下着の下で窮屈そうに収められており、半ばはみ出していた。周囲の男達の視線が一斉に集中した。


「バ、バカ!わかったからやめろ!」


 菊池は急いで彼女に服を戻させた。


「どうだ!これでも子供か!タカヨシ!」


「はいはい、わかりました。君は素敵な大人の女性だよ。わかったから服は脱ぐな」


 レイヨはしばらくブツブツいいっていたが、すぐに横になって寝てしまった。


「生まれて初めての酒じゃからの。ははは」


 塩土は彼らの顛末を、まるで喜劇でも鑑賞しているように楽しみながら手酌をしていた。

 この老人・・・。菊池は苦々しげに老人を見たが、老人はただ楽しそうに杯を空けるだけだった。



 菊池は呆れながら、隣にいるキネリに視線を移した。彼女は無表情に、手酌で酒を飲んでいた。かなりいける口のようで、まるっきり顔に出ていなかった。


「強いね。よく飲むの?」


 菊池は何気なく、彼女に話かけた。


「さっき、私のこと、なんて言った?」


「はあ?」


 その時彼は、この娘の眼も眼鏡の奥で座っているのに気がついた。話しかけたことを後悔したが、既に遅かった。


「私のこと・・・。起こしに来た時・・・」


「ああ、可愛いなぁと・・・」


「可愛い?私が?そんなこと一度だって言われたことないのに!なぜ?どこが?」


 せまってくるキネリに、菊池はタジタジだった。


「い、いや、眼鏡をはずした寝顔が可愛いなと・・・」


 キネリはいきなり眼鏡を外すと、叫びだした。


「どこが?!私は全く見えないのに!眼鏡外させて、私を見えなくして、どうしたいの!」


「いや、別に何もしたくは・・・」


「何もしたくはない?私は女じゃないと言いたいのね?やっぱり可愛いなんて嘘なんだ!」


「いいや、嘘じゃないよ。本当に可愛いと思うよ」


「嘘!」


「本当」


「本当に本当?」


「うん。本当に本当」


「可愛い・・・」


 キネリは手元の盃を見つめながらニヤニヤ笑い始めた。そして再び手酌で酒を飲み始めた。まるで菊池のことなど眼中から消えたようだった。静かになった所で、彼は急いで彼女から離れた。


「ふう」


 困った女達だ。二人とも酒乱だ。もう一緒に飲むのはやめよう。

 ふと眼を上げると、ナクラがこちらを睨んでいた。菊池と眼が合うと、ナクラは視線を逸らせた。


「なんだ?あいつも絡み酒か?」

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