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共生世界  作者: 舞平 旭
祭り
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本当の当矢

 菊池はナクラは無視して、隣にいる老人に尋ねた。


「塩土さん、この祭は何を祝うものなのですか?」


「豊作にきまっとろうが」


 祈年祭というやつか?


「ですが、少し遅いですね?」


「ああ。春祭と合同でやるからの。野菜の作付けと田植の合間におこなうんじゃからな」


 祈年祭は春の祭りと合同で行う神社もあるが、それでもせいぜい4月頃だ。しかし今は5月も終りである。いくらなんでも遅すぎるだろう。多分何か理由があるのだろうが、老人はそれ以上は話そうとはしなかった。前から思うが、この老人は菊池に対して歯切れが悪い。悪人ではないことはわかるが、隠し事が多いようだ。


「まあ、それも当然か」


 菊池は呟いた。


「なんだ?」


「いえ、何でもありません。所で『御籠もり』は女性がやるのですか?」


「おお。とても光栄なことで・・・」


「光栄なもんか!」


 その時、ナクラが立ち上がり叫んだ。


「何が光栄だ!何が!俺はこんな祭りは認めん!認めんぞ!」


 周囲の喧騒が一瞬で消え去り、神楽の演奏だけが辺りに響いた。皆がこちらに注目していた。塩土はナクラに向き直ると、険しい視線を彼に向けた。


「これ、ナクラ!いい加減にせんか!貴様が狼狽うろたえれば、一番哀しむのはササラぞ!」


 ナクラはその場に崩れ落ちて泣き始めた。レイヨもこの騒ぎで目覚めたようだ。


「ササラ?ササラがどうしたの?」


 その時神楽が止まり、笛の音だけが響き始めた。音楽の調子が変わると、皆が御宮の方に眼を向けた。御宮の扉の前には踊り場が造られ、そこから舞台へと続いていたが、いつの間にかそこには白装束の男性が二人いて、扉の左右にかしずいていた。甲高い拍子木が猛り狂うように鳴らされ、最後に大きく響いた後、白装束達の手により扉が開けられた。中から二名の赤い着物を着た女性、いわゆる仮神主を伴って淡いオレンジの着物を着た女性が現れた。


「ササラ!なんで?」


 レイヨの顔色はみるみる真っ青になっていった。真ん中に立ち、荘厳な面持ちで佇む女性は、昼間に会ったササラだった。彼女は仮神主達を引き連れて、ゆっくりと踊り場までやってくると、舞を舞った。物悲しい曲が漂う。化粧のせいもあるが、別人のように美しかった。ササラがゆっくりと腕を上に伸ばし、足をすべらせる。優雅にそしてしなやかに。動作はゆっくりと進められたが、その動きの中にも緩急が複雑に組み込まれており、一つの動作に数十のササラが浮かび出して見えた。その舞は、天女が水辺で戯れる情景を思わせ、菊池は口を開けたまま見惚れてしまった。ナクラは四つん這いになり、涙を流しながら、レイヨは疑問を感じながらも感動に身を震わせ、その儚い舞を見ていた。



 今日の村若のお披露目は約30分で終り、明日の祭本番まで誰も会うことはできない。御籠もりが始まるのだ。舞終わった村若達が扉の向こうに消えると、レイヨが誰に向かってか、震える声でつぶやいた。


「・・・知らなかった。ササラが村若に選ばれてたなんて。だって、何も・・・」


「レイヨ、お前のせいだ・・・お前のせいで・・・ササラが、ササラが・・・」


 四つん這いで顔を伏せていたナクラは、充血させた眼でレイヨを睨みながら言った。


「私のせい?なんで?なんでよ!」


 彼女はナクラの前に座ると両肩を掴んで揺すった。


「・・・お前だったんだ。ササラじゃなくて、お前の家が『当矢とうや』だったんだ。それなのに・・・お前の・・・それにこいつのせいで、ササラに代えられたんだ!」


 ナクラは菊池を指差した。



 村若は毎年宮司の指揮の元、議会でのくじ引き(『白羽』と呼ばれる)で『当矢』が決まる。当矢になった家は村若を出す。白羽の結果は絶対で、引き直しは原則行われない。しかし村長の意志により変更可能となっている。この拒否権が実際に使われたのは今回が最初であり、最後だった。



「なんで?じゃあ私がやるよ。塩土様、いいでしょ?」


 しかし塩土は大きく頭を振ると、


「ならん」


 と静かに、しかし厳とした調子で言った。


「決まったことだ。当矢は変えることが出来ないのは、お前も良く知っておろう?ササラも納得しておる。ナクラよ。わしとて辛いのだ。一昨年のことは覚えておるな?わしが平気だったと思うのか?どうだ?」


 ナクラは崩れ落ちた。レイヨも泣き始めた。


「私のせいなの?私のせいで、ササラちゃんが?」


 塩土はレイヨの肩にそっと手をかけた。


「いいや。お前達のせいではない。わしら大人のせいだ。おまえら若者を『出し』にしているのは我々なんだ。レイヨ、ナクラよ、許しておくれ」


 三人は泣いていた。周囲の人たちも同様に嘆き悲しんでいた。しかしこの時、菊池には何がなんだかわからなかった。

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