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勇者が六度生き返った朝、まだ生きている私の墓碑に六行目が刻まれていた  作者: 出水克幸


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3/3

最終話 七度目の勇者を、生き返らせてはいけない

「待ってください」


のみを振り上げたリーゼを、エノクが止めた。


「何?」


「壊すこと自体には反対しません」


「じゃあ壊す」


「最後まで聞いてください」


エノクは机の上の胸当てを指した。


「それを適当に壊せば、蓄積された六度分の死がどこへ流れるか分かりません」


リーゼの手が止まった。


「……私に来る?」


「可能性があります」


「それ先に言ってよ」


「今、言いました」


「鑿振り上げてから言うことじゃないでしょ」


「あなたが振り上げるのが早いんです」


横でアルドが頷いた。


「それは本当にそう」


「勇者は黙ってて」


「はい」


外では警鐘が鳴り続けている。

北門。

黒角鬼が三体。

時間はない。

リーゼは胸当てを見た。


「じゃあ、どう壊すの?」


「壊すのではありません」


エノクが言う。


「接続だけを切ります」


「接続?」


「復生聖具と、あなたの精算標せいさんひょうをつないでいる部分です」


「どこ?」


「分かりません」


「は?」


「内部構造は秘匿されています」


リーゼは数秒黙った。


「司祭なのに?」


「管理者です。製作者ではありません」


「役に立たないなあ」


「三度目ですね、その評価」


「数えてたんだ」


「傷つきますので」


アルドが言った。


「俺、もっとひどいこと言われてるけど」


「六回死んだ奴は頑丈でしょ」


「精神は普通なんだよ」


リーゼは胸当てを持ち上げた。

時間がない。

なら。

できることをする。


こん。

指で叩く。

胸の中央。


こん。

少し右。


こん。

左。


そして。


留め具のすぐ下。


――こ。


リーゼの指が止まった。


もう一度。


こん。

場所をずらす。


――こ。


ほんの少し。

響きが濁る。


昨夜。

自分の墓石を叩いた時と同じ。


「ここ」


エノクが近づく。


「分かるのですか?」


「分からない」


「……」


「でも、ここだけ音が違う」


リーゼは鑿の先を当てた。


「墓石も同じだった」


エノクの表情が変わった。


「墓標側にも?」


「中央だけ」


「なら」


エノクが息を呑む。


「おそらく、接続路です」


アルドが胸当てを見た。


「それを切ったら?」


「復生聖具は二度と機能しません」


エノクが答える。


「次にあなたが死ねば」


一拍。


「そのままです」


アルドは黙った。

外から。


どぉん。


低い音が響いた。

何かが城壁へぶつかったのだろう。


兵士の声。

悲鳴。

さらに警鐘。

リーゼはアルドを見る。


「怖い?」


アルドは笑おうとした。

失敗した。


「……怖い」


初めて。

まともな答えだった。

リーゼは少しだけ笑った。


「じゃあ大丈夫」


「何が?」


「死ぬのが怖いなら、生きようとするでしょ」


「単純だな」


「六回も死んだ人に言われたくない」


アルドは胸当てを見つめる。

これを着ていれば。

どんな傷でも。

どれだけ無茶をしても。

死んだあと戻ってこられた。

勇者として戦い続けられた。

アルドが手を伸ばす。

胸当てへ。


リーゼは何も言わなかった。

取るなら。

止めるつもりだった。

だが。

アルドの手は。

胸当ての直前で止まった。

拳になる。


「……やれ」


リーゼは頷いた。

鑿を構える。


「痛くない?」


「鎧だぞ」


「アルドじゃなくて」


「やっぱり鎧の心配かよ」


リーゼは振り下ろした。


――きん。


一度。

鑿が弾かれる。


「硬っ」


「高級品だからな」


「知ってる」


二度目。


――きん。

細い亀裂。


三度目。


リーゼは。


墓石を削る時と同じ角度へ。

ほんの少し。

鑿を傾けた。


――ぱき。


小さな音だった。

胸当ての留め具の奥。

銀色の細い線が一本。

切れた。

その瞬間。

アルドが胸を押さえた。


「アルド!」


「……大丈夫」


息はある。

立っている。

エノクが胸当てへ手をかざす。

目を閉じる。

数秒。


「接続反応……消失」


リーゼは息を吐いた。


「六回分は?」


「聖具内部に残っています」


「残ってるの?」


「ただし」


エノクが続けた。


「返却先との接続はありません」


「じゃあ安全?」


「今すぐには」


「今すぐ?」


「その聖具を二度と使わず、封印します」


「壊したら?」


「止めてください」


「分かった」


リーゼは鑿をしまった。

アルドがぽつりと言う。


「これで」


「ああ」


エノクが答える。


「次はありません」


アルドは。

壊れた胸当てを見た。


「死んだら?」


「死にます」


「普通に?」


「普通に」


アルドは変な顔をした。


「普通に死ぬって、変な言葉だな」


リーゼが言う。


「普通は一回だからね」


外から。

再び轟音。

今度は近い。

兵士が聖堂へ駆け込んできた。


「勇者様!」


「分かってる」


アルドが剣を取る。

リーゼが腕を掴んだ。


「一人で行く?」


アルドが止まった。

ほんの少し前なら。

きっと即答した。

俺が行く。

それしかない。


でも。

今回は。

答えなかった。


「……三体」


アルドが呟く。


「昨日、一体で死んだ」


「うん」


「正面からやったら勝てない」


リーゼは待った。

アルドは考える。


「北門まで、あとどれくらい?」


兵士が答える。


外柵がいさくが破られました。内壁まで十分もありません」


「兵士は?」


「十三名。弓兵が五名」


「鍛冶区の避難は?」


「まだです」


アルドは目を閉じた。


そして。

リーゼを見る。


「墓地の地下水路」


「何?」


「北門の下まで伸びてたよな」


リーゼの目が細くなる。


「……よく覚えてたね」


「子供の頃、お前に連れ込まれて死にかけた」


「あれはアルドが勝手についてきた」


「落盤したぞ」


「昔の話」


「死にかけたんだぞ」


「今さら一回増えたくらい」


「増やすな」


リーゼは地図を頭に浮かべる。

墓地の北側。

古い埋葬区。

その下を。

何百年も前の排水路が通っている。


「通ってる」


「黒角鬼は?」


「一体ずつなら入ると思う」


「三体並んでは?」


「無理」


アルドの目が変わった。

勇者の顔。

ではない。

考える人間の顔だった。


「一体ずつ分断する」


兵士を見る。


「弓兵に北門から撃たせる。ただし倒そうとするな」


「では?」


「怒らせるだけでいい」


次。


「足の速い奴を二人。地下水路まで誘導する」


「危険です」


「俺も行く」


リーゼが言う。


「死なない?」


「努力する」


「弱い」


「死なない」


「よし」


アルドは続ける。


「鍛冶屋に太い鎖を用意させてくれ。水路の出口に張る」


エノクが尋ねる。


「私は?」


「怪我人を治して」


「復生ではなく?」


リーゼが横から言った。

エノクは眼鏡を押し上げる。


「私は聖職者です」


「できるんだ」


「あなたは私を何だと思っているんです?」


「死体再利用係」


「怒りますよ」


「今?」


「後にします」


アルドが。

ふっと笑った。


「行こう」


誰か一人が死ぬことを前提にしない。

そんな作戦を立てるのに。

ほんの数分しかかからなかった。

なのに。


アルドは六回。

それをしなかった。


―――


一体目の黒角鬼が水路へ入った。

狭い。

肩が壁を削る。

怒り狂った巨体が、弓兵を追って突っ込んでくる。


「来るぞ!」


兵士が走る。

出口。

鍛冶師たちが鎖を握る。

アルドは剣を構える。

今までなら。

黒角鬼が出てきた瞬間。

正面から飛び込んだ。

拳を受けても。

角に貫かれても。

その代わり。

相手の喉を切ればいい。


今日は。

違う。

黒角鬼が飛び出す。


拳。

アルドの身体へ。

反射的に。


前へ出かけた。

リーゼの声が飛んだ。


「アルド!」


アルドは。

横へ跳んだ。

拳が。

空を切る。

地面が砕ける。


アルドは。

一瞬。

自分の身体を見る。


「……避けた」


「今それ言う!?」


「いや」


「戦え!」


「分かってる!」


鎖が引かれる。

黒角鬼の脚へ巻きつく。

鍛冶師六人。

兵士四人。


全員で引く。

巨体が傾く。


「今!」


アルドが踏み込む。

一閃。

首。

深く斬れる。


だが。

落ちない。

黒角鬼が振り向く。


いつものアルドなら。

もう一度。

正面から行った。

今日は。


「下がる!」


アルドが叫んだ。

自分から。

退いた。

黒角鬼が追う。

その背中へ。


五本の矢。

黒角鬼の動きが止まる。

アルドが再び踏み込む。


二撃目。

首が落ちた。


どぉん。


一体目。

アルドは。

立っている。


「……」


一瞬。

誰も声を出さなかった。


「次!」


アルド自身が叫んだ。

二体目。

今度は。

最初から違った。

一人で攻撃を受けない。


弓兵。


鎖。


槍。


アルド。

誰か一人が失敗すれば。

別の誰かが補う。

黒角鬼の爪が兵士へ向かう。

アルドが割り込む。

剣で受ける。

重い。


腕が痺れる。

いつもなら。

そのまま身体で止めた。

今日は。


「無理!」


叫んだ。

兵士がすぐに盾を重ねる。


三人。


四人。


黒角鬼の腕が止まる。

アルドが離れる。


リーゼが。

少し驚いた。

勇者が。


「無理」と言った。


たったそれだけ。

でも。

六回死んだ男には。

それが。

とても難しいことだったのだと思う。


二体目も倒れた。

アルドは肩で息をしている。

左腕から血。

頬にも傷。


それでも。

生きている。


「あと一体!」

兵士が叫ぶ。


アルドが頷いた。

三体目は。

水路へ入らなかった。


「まずい」


黒角鬼は。

二体の仲間が戻らないことに気づいた。


北門の前。

咆哮。

そのまま。

壁へ拳を叩き込む。


どぉん。

ひび。


「内壁を壊す気だ!」


兵士が叫ぶ。

アルドが走る。


「待って!」


リーゼも追う。


「作戦は!?」


「向こうが乗らないなら変える!」


「何に!」


「今考えてる!」


「考えてから走って!」


「時間ない!」


「死ぬよりある!」


黒角鬼がもう一度。

壁へ拳を振り上げる。

このままでは。

町へ入る。


アルドが剣を握る。

真正面。

昔と同じ。


「アルド」


リーゼの声。

アルドの足が止まる。


黒角鬼。


壁。


兵士。


弓兵。


鍛冶師。


地下水路。


鎖。


全部を見る。


「……鎖」


アルドが言う。


「まだ使える?」


鍛冶師が頷く。


「一本なら!」


アルドは北門上の弓兵を見る。


「角を狙えるか!」


「硬すぎます!」


「刺さなくていい!」


「では?」


「鎖を掛ける!」


弓の先へ。

細い綱。

その先に太い鎖を結ぶ。


「何する気?」


リーゼが聞く。

アルドは黒角鬼を見る。

大きな角。

湾曲している。


「倒す」


「どうやって」


「俺じゃなくて」


アルドは。

ひびの入った内壁を見る。


「壁に倒してもらう」


矢が飛ぶ。

角を越える。

綱。

引く。


鎖が角へ掛かる。

黒角鬼が暴れる。


「引け!」


鍛冶師。

兵士。

全員が鎖を引く。

巨体の首が。

わずかに横を向く。


「まだ!」


アルドも加わる。

一人で剣を振るう勇者が。


兵士と並び。

鎖を引く。


「今!」


黒角鬼が踏ん張る。

地面。

地下水路の真上。

リーゼが気づいた。


「アルド!」


「分かってる!」


水路の天井は古い。


一体目。


二体目。


巨体が通ったことで。

既に亀裂が入っている。

アルドは剣を抜く。


だが。

敵には向かわない。


地面へ。

突き刺した。


「全員離れろ!」


石床が割れる。

黒角鬼の片脚が。

地下へ落ちた。

巨体が傾く。

内壁。

崩れかけた壁へ。

肩から激突する。

轟音。

石が降る。

黒角鬼の身体が半分埋まる。


「今だ!」


アルドが走る。

リーゼは。


一瞬。

昔と同じだと思った。

敵が動けない。

勇者が突撃する。


命と引き換えに。

首を落とす。

黒角鬼の腕が。

瓦礫がれきの中から伸びる。

アルドへ。

避けない。

そのまま行けば。


剣は届く。

そして。

拳も。

アルドの胸へ届く。


「アルド!」


拳が迫る。

アルドは。

止まった。

剣を捨てた。

身体を倒す。

拳が髪をかすめる。

地面を転がる。


「剣!」


ない。

黒角鬼が瓦礫から起き上がろうとする。


リーゼは。

腰の道具袋へ手を入れた。


掴む。

投げる。


「アルド!」


飛んできたものを。

アルドが受け取った。

墓掘り用の鉄杭てつぐい


「それ!」


「返してよ!」


「今言うことか!」


「仕事道具!」


「町守ってるんだぞ!」


少し離れた場所で。

負傷者を治療していたエノクが顔を上げた。


「私に振らないでください!」


アルドが笑った。

本当に。

笑った。


黒角鬼が腕を振る。

アルドは。


一歩。


横へ。

避ける。

もう一歩。


近づく。

今度は。

攻撃を受けない。


自分が傷つくことを。

勝利の条件にしない。

黒角鬼の腕が。


再び空を切る。

瓦礫に挟まれた首。

アルドは鉄杭を振り上げる。


「――っ!」


全力。

頭部へ。

鉄杭を叩き込んだ。


どぉん。

黒角鬼の身体が。

止まった。

そして。


ゆっくり。

崩れ落ちた。


―――


静かだった。

誰も。

すぐには声を出さなかった。


アルドは立っている。

血だらけ。

左腕は動かない。

額から血。

膝も震えている。

それでも。


立っている。

今までなら。

敵が倒れたあと。


アルドも倒れた。

兵士たちが。

死体を担架へ乗せる。

聖堂へ運ぶ。

復生の鐘が鳴る。

数時間後。

何事もなかったように。

アルドが帰ってくる。


そこまでが。

この町にとっての。

勇者の勝利だった。


だが。

今日は。

敵が倒れても。

アルドが倒れない。

誰かが呟いた。


「……勇者様」


老人だった。

その隣で。

小さな子供が言う。


「死んでない」


アルドが眉を寄せた。


「失礼だな」


誰も笑わない。

アルドは。


一歩。


町へ向かう。

足を引きずる。


また。


一歩。

子供が。

今度は。

少し嬉しそうに言った。


「勇者様が」


続ける。


「自分で帰ってくる」


アルドの足が。

止まった。

リーゼが隣へ並ぶ。


「俺、いつも帰ってるんだけど」


「違うでしょ」


「何が」


「今日は」


リーゼは。

前を見る。


「生きたまま帰ってきた」


アルドは。

しばらく黙った。


そして。


「……そっか」


笑った。

町中から。

歓声が上がった。


今まで。

勇者が生き返った時に聞いてきた歓声より。


ずっと。

小さかった。


でも。

アルドは。


初めて。

自分に向けられた気がした。


――――


夕方。

リーゼとアルドは墓地へ戻った。


「痛い?」


リーゼが聞く。


「死ぬほど」


「禁止」


「じゃあ、すごく痛い」


「よし」


「何がよしなんだよ」


「生きてる人っぽい」


「墓守の基準が怖い」


二人は。

墓地の一番奥へ向かった。

リーゼの墓石。

灰白石。


名前。

リーゼ・ベル。

その下。

六行あった文字は。

消えていた。


一行目も。


二行目も。


六行目も。


そして。

途中まで刻まれていた。


第七の死――


それも。

跡形もなく。

消えている。


アルドが触れる。


「……なくなった」


リーゼは墓石を叩いた。


こん。


もう一度。


こん。


普通の音。


低く。


濁った響きはない。


心臓の音も。

しない。

ただの。


高級な墓石になっていた。


「これ、どうする?」


アルドが聞く。


「捨てるの?」


リーゼは眉を寄せる。


「もったいない」


「やっぱりそこなんだ」


「灰白石だよ?」


「お前の墓だったんだぞ」


「だった」


リーゼは鑿を取り出した。

墓石へ当てる。


ざり。


「何してる?」


「再利用」


ざり。


ざり。


アルドが横から覗く。


「何書いてる?」


「待って」


一文字。


また一文字。


最後。


石粉を払う。

墓石には。

新しい言葉が刻まれていた。

ここにはまだ、誰も眠っていない。


アルドが。

少し笑う。


「いい墓だな」


「墓じゃない」


「じゃあ何?」


リーゼは考えた。


「予約キャンセル済みの墓標」


「情緒返せ」


「墓守に何求めてるの」


アルドは墓石へ背を預けようとした。

リーゼが背中を叩く。


「寄りかからない」


「なんで」


「傷つく」


「俺より墓石の心配?」


「石は手入れすれば百年もつから」


「俺は?」


リーゼは。


少しだけ考えた。


「知らない」


「ひどいな」


「でも」


リーゼはアルドを見る。


「次は、自分で長生きして」


アルドは。

町の方を見る。

勇者として。

六回。

死んだ。

七回目。

初めて。

死ななかった。


「なあ、リーゼ」


「何?」


「俺がまた」


アルドは少し言葉を探した。


「死んでもいいって戦い方しそうになったら」


リーゼは。


手に持っている鑿を見せた。


「頭叩く」


「普通に止めてくれない?」


「一回で聞く?」


「……努力する」


「じゃあ努力次第」


遠く。


鐘が鳴った。


祝福の鐘でも。


復生の鐘でもない。


夕刻を知らせる。


ただの鐘。


アルドは生きている。


リーゼも生きている。


墓標だけが。


二人より先に。


空っぽになった。


いつか。


本当に誰かが眠る日が来る。


それが。


できるだけ。


遠い日であればいい。


今は。


それだけでよかった。

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