05310R.アルティ・ティーダ過去編その10「『理を盗むもの』になりたての一年目」
前髪が伸びるまでの数ヶ月間。
余裕をもって足場を固めたおかげで、恙なく村とファニアは綺麗に繋がった。
灯りは一定間隔で設置され、快適とまでは言えないが馬車が通るようになった。
途中に休息用の街や小屋があるおかげで、警備兵の巡回とメンテナンスも安定している。
すぐに予定していた私の家族旅行も行われた。
馬車に揺られ、村長の代役『千里眼の巫女』がファニアまで辿り着いたことで、村とファニアの交易関係は確固なものとなる。
とはいえ、いきなり派手な交流はできない。基本的には私の火種が村から輸出されて、代わりに食糧を相互に補完していくだけ。
あと、ついでに言うと、最初に危惧していた「『火の力』『闇の力』をファニアの領民は受け入れられないかもしれない……」は杞憂に終わった。
ファニアは『魔の毒』で大陸の街々が陸の孤島になったあとでも余裕のあった地域だ(もちろん、人口に比例して魔の被害は多かったが……)。
早期から『魔人』研究に手を出していたおかげだろう。『魔の毒』が力を生むという概念を、経験で人々は知っていたのだ。
その頃には、私の性質制御が進んでいたのもある。ファニアの領民が例の脅威を感じることはなかった。
おかげで、すぐ『結界』は街中にも浸透していった。
不安になる速度で、ファニアは『火の力』を得て、明るくなり、安全になり――つまりは私の故郷と同じように生活圏を拡大させて、食糧と水に大きな余裕が生まれた。
そのさらに数ヶ月後。
なぜか、ファニアで湯治が広まった。
贅沢も贅沢過ぎて驚いた報告だったが、元々ファニアは鉱山都市であり、山から流れる水は豊富だった。暗黒の時代へ入る前には、入浴の文化と習慣があったらしい。
それらの過去を通じて、現代で余った水と火種がお湯に化けたとのこと。さらに、その際に作ったお湯と熱の再利用による『鍛冶』産業も進み――という報告あたりで「待って、発展が早過ぎる」と私は街の関係者に聞いた。
疑問に答えてくれたのは、ファニアで一番の叡智を備えた若き才女だった。
「――いいえ、炎神の巫女様。遅いくらいです。だって、私たちはずっと待っていました。ずっとずっと準備をしてきたのです。このような時代が来るのを!」
例の資料の作成者であり、ロミスと同じ家に名を連ねる女性ヘルミナ・ネイシャ。初めて会ったときから彼女はずっとこの調子で、いつも私は困り顔にされていた。
「……そ、その、待っていたとは? お風呂をですか?」
「書にある炎神の再来をです! ええ、暗黒の時代になれば自然と、必然と! 『魔人』たちが生まれたのと同じ法則によってさらに次っ、その先の存在もすぐ生まれると! そんな素晴らしい未来を私たちは確かめていて、信じていてっ、つまりあなた様のことを確信していました!」
「あ、ああ……。例の『魔人』研究で、私のような力を持つ者の出現を予期していたんですね?」
「ええっ、巫女様こそが『魔の毒』を循環させる器! この病理に満ちた時代に適応した新たな生命! 人類が諦めず、腐らず、叡智を書き貯め続けた大義は、あなたの出現によって一先ず証明されたと言っていいでしょう!」
「…………」
才女と呼ぶには、本能のままに喋る迂闊な人だと思った。
ロミスとティーダから、どういう風に私のことは伝えられたのか。大興奮で私を「炎神の巫女」と呼び、異常な好意の瞳を向けてくるのを見ていると……なぜか、僅かな嫌悪感を覚えた。
彼女の研究が非合法で凄惨なものと察しているからではない。こんな時代に良心を説けるほど、私は立派でないし余裕もない。なのでどちらかと言うと、ティーダに最初感じた同族嫌悪に近い。
背丈が同じくらいとか、髪の色が一緒とか、目つきが同じくらい悪いとか、そういうのが理由でないといいが……。
とにかく、同じ弱さを抱えているゆえの同族嫌悪だと信じて、私は同族と前向きに意見を交わし合っていった。
――つまり、私が私の全力を隠しているように、彼女が彼女の地下室を隠しているのを、見過ごした。私にとって同族の研究は必須であり、世界にも大きな利益をもたらすと、そう『目』が判断したからだ。
ヘルミナから新たに得た知識は多い。
まず、この地に伝わる『偉大なる救世主』について。
そのいつか現れる救世主様の時代が来るまで、豊かな時代の伝統や文化は消失させてはいけないと、ファニアは歴史の書物を守ってきたらしいが……。
信用しきれないので、歴史の保護を主としているリンカー家(こちらは研究中心のネイシャ家とは別の貴族家だ)のほうに訪れて、ヘルミナの言葉の裏を取った。
リンカー家にある書物には、土着の神の歴史が多く残されていた。
ただ正直、故郷の地下室にあった書物と同じく、お伽噺か神話のようなものばかりだ。神々の鍛える鉄の武器なんてものが普通に出てきて、その技術を記し遺すと馬鹿正直に書き記されている。
傾向として、村には狩りについて多く残っていたのに対し、こちらは『鍛冶』の知識が多かった。再現性の低そうな『神鉄鍛冶』とやらは置いておいて、一般市民の助けになりそうな『鍛冶』は非常に有用なものだ。
その『鍛冶』の頁には確かに「火は必須」と書かれてあった。
それも、ただの火ではなく、鉄をも溶かす圧倒的な『火の力』だ。
一万年前の時代に、その圧倒的な『火の力』がファニアの中心には存在していたらしい。火が絶えることのないようにと領民は守ってきたらしいが、暗黒時代に入った際に消えてしまって――
「つまり、化け物じみた『火の力』を持つ私を待っていたのは本当。私みたいな火種を歓待しているのは狂気でなければ、嘘でもない?」
私の『火の力』があれば、良質な製鉄が始められる。
農具を初めとしたあらゆる道具の強度が増すだけではない。この暗黒の時代で最も危険なモンスターたちに立ち向かうための強固な武具が手に入る。
ファニアは原点回帰と再発展を同時にできるのだ。
「ええ、私たちに嘘は一つもありません。巫女様の『火の力』は私たちファニアの希望、あの神の再来でしょう!」
と興奮して、急に巫女から神まで格上げしてきたヘルミナの言葉は置いておこう。
あと距離も置こう。
なにせ神なんてものよりも、もっとまともな渾名が広まっているのを私は知っていた。
この一年で、元々あった私たちの『千里眼』『無敗』といった二つ名に種類が増えたのだ。
それは例えば、『大火の掲げ手』『慧眼の撃ち手』『黒影の戦士』『次代の賢王』など――
これらの渾名たちには、私も納得できる感謝の念が込められていた。
ファニアを豊かにしてくれた功労者たちに相応しい渾名をと、領民たちが必死に考えてくれたのが嬉しくて――
「あ、『慧眼』のほうの英雄さん……。おはようございます」
――そう呼ばれ始めたのは、平和な一年が過ぎて、二年目のことだった。
早朝、私が歩いていると、そう声をかけられることがあった。
ファニアの街は故郷の村と違って、広さと人口の桁が違う。木造でなく石造の建築物が多く、どこまでも並んでいた。元々あった石畳の道は立派で、農耕地は少なく、一目で都会という言葉が浮かぶ。
なにより異なるのは、街の熱気だ。例の風呂による蒸気もあるが、私の火種を利用した篝火が多いので、とにかく熱が充満している。
その熱きファニアの街を、私は顔を隠して歩いていた。
しっかりと服を着込んだ上で前髪は伸ばし直したまま、フードまでしている状態だ。
それでも、分かる人には分かってしまう。一度気付かれてしまうと周囲の領民も反応し始める。
「英雄? どこに?」
「あそこあそこ。今日も街が明るいのは、我らの英雄あってのこと。どうかまた、ロミス様たちの『影』から我々をお導きくださいね」
「へえ、あれが噂の……。あぁ、でも少女のほうか」
「あれが『千里眼』? そこまで言われるほどのものなのか?」
ついでに遠方からの来訪者に気付かれることもあった。
たった一年でファニアの街は異常発展した。その上で道まで綺麗に整っていれば、「ファニアの地に英雄がいるぞ」という噂が広まるのは当然だ。
正直、一年前に初めてファニアまでやってきたとき、外の世界を私は警戒していた。
見知らぬ土地で、知らない人間に自分を知られるのは危険だと身構えていた。
しかし二年目となると、そんな考えは綺麗に消えてしまい、馴染んだ挨拶を投げ返していくことになる。
「はい、おはようございます。ただ私のことは気安く従者の人とでも呼んで頂ければ」
村にいたときと変わらない温度感に、私の口調も変わらなかった。
「そうは言っても、一年前、この街を襲ったモンスターを追い払ったときのあなたの姿は……」
「あの後ろ姿、まだ目に焼き付いていますよー」
「炎の剣を持った英雄がいると。そう旅人たちによく自慢しています」
私は「また恵まれたな」と口元を綻ばせる。
つまりファニアのことを好きになるのは時間の問題だった。
偏見を反省しつつ、領民たちを身内と思って話していく。
「ありがとう、みなさん。でも、いつでも私が助けに迎えるとは限りません。なので、必ず火だけは――」
「ええ、決して絶やしません。この街の炎は、英雄さんそのものと思って大事にします。誰もがそう思っていますよ」
本当に村を思い出す贅沢だ。
私は微笑み返しつつ、たった一年で余所者を歓迎してくれたファニアの領民たちに別れを告げて、熱気に満ちた街を再度歩いていく。
心なしか、足取りが軽い気がした。
しかしすぐに、その浮かれた気持ちに釘を刺すような言葉が投げかけられることになる。
その日、私が歩いて向かった先は、街の中心地にあるファニアで最も大きな屋敷ネイシャ家だ。
そこで若白髪の増えたロミスから忠告される。
「――おかしい。ゆえに心配をしている、ティーダ。もちろん、お嬢さんのほうもだ」
大広間の机をみんなで囲んでいるとき、一年働き続けて目の隈をさらに深めたロミスが不安そうに話し始めた。
二年目となると、みんなの姿が少し変わっていた。私は異様な厚着で、ティーダはゆったりとした黒い装いを好んで鉄製の道具を隠し持っている。
まず私が同意できなくて首を傾げた。同じ気持ちであろう隣のティーダが、その代弁をしていく。
「心配? 急にどうしたんだ、ロミス。むしろ最近は順調で、いいことのほうが多い」
「だからこそ、不可解なのだ。なぜこうも順調だというのに、君とお嬢さんの二人は街に馴染まない?」
ロミスは机に置いた右拳を握り締めていた。しかし、さらに同意できなくなった私は、自分の口から伝えるしかなくなる。
「私は街に馴染んでいると思っているのですが……。今日もここへやって来るまでの間、何度も声をかけて貰えました。自慢の『目』でも、あれは好意的だったと視えています。田舎者の子供だからと小馬鹿にする者は、あなたの領には一人もいません」
そう反論すると、ロミスは無言で眉を顰める。その間を取り持つように、この一年で少し大人びたアルティが手を挙げて発言していく。
「……名前、ですね。マリアちゃんとティーダ様の名前が浸透してないことを、ロミス様は心配していらっしゃるんですよね?」
それにロミスは深く頷いて「そうだ」と口にして、私は「名前?」と予期せぬ問題に首を傾げ直す。
今日のここまでの道のりを思い出していく。
そう言えば、今日は「英雄」としか呼ばれなかったか? 私が英雄の一人と領民は知っていても、「マリア」という名前までは出てこなかった。
しかし、それはむしろ……。
「良いことでは?」
「彼女も私も、むしろそうなるように立ち回っていたからな。仕事のときもモンスターを狩るときも、まず従者だと宣言する。主の名だけ残して働き続けてきた良い結果だ」
「私は『千里眼の巫女』アルティの従者としか言いませんからね。決闘代行のことは決闘代行と呼びますし」
「その甲斐あって、領での手柄は全て、次期領主となるロミスとその友人アルティ様に集まっている」
「逆に私たち『魔の毒』を循環させる器は、その裏で静かにゆっくりと、仕事やモンスターを通じて『力』を高め続けられました」
ティーダと私の言葉は穏やかであり、正しい。真っ当な分析だとロミスは分かっているようで、言葉を濁しながら感情的な不満だけを零していく。
「ああ、上手くいっている……。しかし、それにしても君たちの名が全く広まらないというのは予想外のことだ。広まらないならまだしも、二人の強すぎる『力』には悪い噂が付き纏っている……」
しかし、その程度は承知の上だと、ティーダと私は答えていく。
「化け物扱いくらいは仕方ないだろう。なにより全員が全員、酷いことを言ってくるわけじゃない」
「分かってくれる方のほうが多いですからね。あと個人的に、知る人ぞ知る化け物じみた英雄というのも良いものと思っていますよ」
醜聞や恐怖が私たちに集まっていたとしても、それは喜ばしいことだ。むしろ、いかにして『代償』にしてやろうかと考えている従者二人の顔は明るい。
ただ、主二人のほうは全くの逆だった。
「い、いいものじゃないよ? 一番危険な前線で戦ってるのに、その二人が悪い目で見られるの、私は嫌だなぁーって! 私たちみたいに、もっとマリアちゃんも偉い偉いーって褒められるべきだと思うよ!」
「同感だ。ディプラクラ様によると気にしすぎとのことだが……。この状況は間違いなく、極端だ。どんな犠牲を払ってでも、その正体は追求しなければならない」
欠席者の名前が出る。私たちとファニアの成長が順調すぎて、最近は別行動の多い使徒たちだ。
口の軽いシスから聞き出したところ、「もう教えることがないわ。見守るだけというのは苦手だし、別の候補も一応捜してるところ」らしく、いまは別の貧困地域で行動中らしい。
保険をかけられているのは、正直に告白されたので気にしていない。
むしろ、候補が多いほうがいいのは同感だ。同じ力を持つ後輩が生まれて、仲間になってくれるかもしれないなんて期待もある。
ただ、こうして全てを前向きに捉えている従者たちと違って、主たちは重い面持ちで話し合い続けていた。
「本当に全てが極端です……。ロミス様、これは『代償』か何かですよね? 例の無形の」
「おそらく。ただ、お嬢さんの『代償』のほうには少し斑がある」
「単純に名声や名誉を燃やしているだけではなく、もっと別の条件のように感じます」
「ティーダが一緒だからだろう。影響し合っている可能性が高い」
温度差があった。街では全く感じなかった冷たい温度に、流石に私たち従者側も慌て始める。
「ロ、ロミス、そんなに険しい顔をするほどのことか? 極端と言うが……。この『闇の力』のためならいくらでも『代償』は払うと、あの日、覚悟したことだろう?」
「険しい顔をするほどのことだ。……ティーダ、確かにあの日、君の『闇の力』の成長を支えると私は誓った。だからこそ、このような把握できない『代償』の存在は許せないのだ。もちろん、お嬢さんのほうの『代償』もだ。不明があれば、必ず私は追求する」
即答したことでティーダは口を閉じ、すぐさまアルティが同調していく。
「払っているからこそ、取引は誰もが納得できて明快であるべきです、ティーダ様。……ロミス様、共に調べさせてくださいね。マリアちゃんの『代償』は、私のほうが気付きやすいはずですから」
主二人は真相追究に向けて、深く頷き合っていく。
しかし、まだ従者は二人の高い熱に付いていけていない。
主の言っていることは分かる。
『代償』は未知数だ。常に危機感はある。しかし、この一年でこれだけの成果を出したのだから、負債が皆無というわけにはいかない。新しい何かに挑戦するというのは、常に古い何かを『代償』にしていくということなのだから――
そう割り切っている従者の視線を感じ取ったロミスが首を振る。
「もしものときは、従者の犠牲だけで済む。そう思っている二人の目つきが、私とアルティさんは許せないんだ。だから、いまここで、はっきり言っておこう」
そして、初めての表情を見せる。
それはこの一年で、ただの一度も見せなかった弱みだった。
あれだけ私を怖れ、怯え、距離を置いていたロミスが、私まで含めた全員に向かって宣言していく。
「四人だ。もう二人と二人でもない。いいか、これから我々は四人揃ってやっていく。最後の最後までな」
他の三人に負けない強い『眼』だった。
上に立つ者として、必ず領民を守ると決意した目つきだ。
そのロミスの視界に私も入っているのは、この一年で私も領民と認めて貰えた証だろう。
「我々は立場が違う。生まれが違う。年が違う。全てが違う。――しかし、対等だ。個性も何もかもが違っているからこそ、協力し合える。力を補完し合える。……だから、そのなんだ。なんと言えばいいか……」
私の『火の力』を頼りにしているのは間違いない。しかし、それをロミスは利用するだけでもなければ、使い潰すつもりもなく、協力を真っ直ぐ訴え続けていた。
それを主アルティも保証していく。
「友です。ロミス様」
不敬を危惧して、ずっと田舎者と貴族の間で一線を引いていたアルティが、ここぞと踏み込んだ。
へりくだられることなく、真っ直ぐには真っ直ぐで返されたロミスは嬉しそうに話を続ける。
「友か……。ああ、それがいい。我々は友として協力し合い、ファニアを世界で一番の場所にしていくのだ」
深く頷きながら一人ずつ、この私さえも――友として見てしまった。
そして、すぐにいつもの笑みを浮かべて、その夢を膨らませていく。
「いや、違うな。もっとだ。我々四人ならば、きっとこの世界の暗黒だって払えるはずだ……。おそらく、その挑戦を無謀と嘲笑う者は多く現れるだろう。しかし、すぐに『証明』できる。我々四人、ここにいる四人こそが、世界を救う者たちだったのだと」
欠けてはならないのだと「四人」を強調し続ける。
――そこには『信頼』がある気がした。
間違いなく、ロミスは私という人間が苦手だった。
敵として困っていた。
しかし、その全てを呑み込んで、乗り越えて、肩を並べる友として私を認めている。
器の広い人だ。
真っ当なだけでなく、飛び抜けて優秀でもある。まだ若くとも、遠い未来で立派な領主になるのが視える。
アルティに並んで、私という従者を使うのに十分な才覚を感じた。
それと任せられるとも思った。もしものとき、この人ならば村とアルティのことも――
「救世主。……素晴らしいです。そして、ここからさらに先まである。本当に、素晴らしい……」
という私たちの感動に口を挟んだのは、新たな女性の声。
振り返ると、部屋の扉の前にヘルミナ・ネイシャが立っていた。
いつもの乾いた血で汚れた黒い衣服に包まれて、その両手を口に当てている。どうやら感激しているようで、潤ませた瞳で私たちを見つめていた。
彼女の登場にロミスは気恥ずかしそうに答えていく。
「お、おまえはいつから立ち聞きを……。もちろん、ヘルミナ。おまえも五人目に入っているとも。ただ今回大事なのは、主従関係の見直しであってな……」
「わかっています、ロミス様。そこに私はいません。絶対にいてはいけません。これは、この四人だからこそ素晴らしいもので……いや、四人揃ったがゆえの『奇跡』。なので、五人目など余計も余計。『奇跡』が汚れます」
首を振るヘルミナに対して、ロミスは「下手な世辞は要らないぞ」と照れて首を振り返した。
それに彼女は困った表情を浮かべて答えていく。
「私は奇跡担当でないというだけで、お世辞ではないのですが……。話下手なのは自覚しています。なので私は私の研究報告を優先します」
そう言って、その手から見せられるのはいくつかの石。
どこにでもある変哲もない石たちには、異常な『魔の毒』が籠もっていた。
「ああ、例の容れ物か。またさらに改良されているな」
「いつまでもマリア様お手製の包みでやっていくわけにはいきませんからね。『代償』用の丈夫な容れ物を色々と試したところ、これが最適の形かと」
それはネイシャ家の叡智の結晶だった。
この一年で私が関わってきたものでもある。『結界』強化のために篝火以外の形を頼んでいたのだが、それが完成したらしい。
私の利益に繋がる人と『目』で視えてはいたが、本当に仕事が早くて助かる。元々近い実験と開発をしていたのも察しているが、それでも嬉しい誤算だ。
ロミスも同じ感想のようで、石を手に取って表情を明るくする。
「これが新たな『結界』の礎となるのか。私でも強く感じる『魔の毒』の濃さだ」
「試験的に篝火の代わりに置いたところ、その道の『結界』が明らかに増幅しました。あと単純に篝火が倒れて消えることもなくなったので、管理がとても楽になりますね」
「そうか。……ではアルティさん、これを」
そして、ロミスは石を私ではなく、主であるアルティに渡す。
「これを通じてお嬢さんの『火の力』をあなたが使えるかどうか、試して欲しい」
「はい、ロミス様。本命はこれですからね」
やるべきことをアルティは理解しているので、すぐさま実験に取り掛かった。ヘルミナさんは「こ、こんな狭いところで?」と慌てていたが、私が傍にいる限り火事は絶対に起きない。『火の力』で火を消す技術は、もう訓練で修得済みだ。
『信頼』で繋がっている四人は、言葉なく『火の力』の実験を進めていく。
なにより、感じるのだ。
力の源である私が、アルティならできると。
私とアルティは魂で繋がっているに決まっているんだと――
「燃えろー」
その『信頼』に応えるように、石を握り締めたアルティの手を覆うように火炎が迸っていく。
私が遠隔で発生させた炎ではない。
アルティの『魔の毒』が変換されて発生した炎であって、その上で発生源である手を焦がすことはなかった。
間違いなく、私の『火の力』の同種のものだった。
「で、できました……」
それをアルティも使えてしまう。
確認しながら、汗を垂らし、口元を綻ばせた。
ロミスも同様の表情をしていて、珍しく子供のように握りこぶしを作った。
「ああ、確認したとも。ティーダの『闇の力』を私に譲与できたように、アルティさんも『火の力』を使えるようだ。……よし」
「よしですね! これで誰でも使えるようになった……とまでは、まだいきませんが! 力の譲与が可能なのを、また確認できたのは大きな前進です!」
アルティは自らの生んだ火炎を見つめて喜び、分析していく。
間違いなく、力の譲与の条件は厳しいだろう。今回は主従の関係性があって、事前に使徒の鍛錬があったからだ。
それでも、主二人は心底喜ぶ。
ロミスは笑みを隠すことができないまま、ヘルミナに聞く。
「少なくとも、これでティーダだけに頼ることもなくなる。あんな最低な汚れ仕事を、一人だけに押し付けるのはもう……。ああ、そうだっ。お嬢さんの『結界』だって、これからはアルティさんが手を加えられるようになる。ヘルミナ、そうだろう?」
「できるはずです。なにより、いままでの不安定なお包みの『結界』と違って、この頑丈な石を利用すれば半永久的に持続できるのが大きいです。『力』を持つお二人の負担が大きく減ります」
四人で分担できることをロミスは重視していた。
つまり、先ほどの「四人でやっていく」という宣言通りの行動を、既に彼は終えていたのだ。
私たち従者が「主のために」と苦心していたように、ずっと主たちも「従者のために」と努力し続けてくれていたのが分かる。
「よくやった。この石は本当に素晴らしい研究成果だ。次の予算も期待してくれていい」
「素晴らしいのは、ここにいる四人です。それとファニアという土地とネイシャの血脈でしょうか。悔しいですが、この石の素晴らしさに私は関われていません」
「……そうか。ならば、これ以上は何も言わないでおこう。ただ、これをこの石とばかり呼ぶのも良くないな。『魔の毒』を込めた石ならば、とりあえずは――」
それならば、この石の名は『魔石』。
『魔石』という言葉が頭によぎる。
おそらく、私以外のみんなも同じだろう。
だからこそ、ロミスは誰よりも先に提案する。
「『御石』。この石は『御石』と呼んだほうがいいな」
上書きするように、その言葉で覆った。
「『御石』ですか。確かに、それがいいですね。丁度いいです」
おそらく、ロミスとヘルミナは二人で複数の実験や研究を進めていたのだろう。二人でだけ通じ合っている反応に、つい私は「丁度いいとは?」と聞く。
「ええ、炎神の巫女マリア様。先ほど、試験的に道を『御石』で作ったという話をしましたが……実は既に、その道が崇められ始めています。それも、神をも拝む勢いで」
説明するヘルミナこそが信仰しているかのように妖しい笑みを浮かべていた。
「崇められる……? 道なんてものを?」
「正確には、そこにある『御石』をですがね。まるで聖地かのように、傷ついた人々はそこで暖を取りながら、道に額を当てて礼拝していますよ……! まあ、無理もありません! だってマリア様の力は、もはや巫女なんてものを超え、この暗闇の世界を照らす新たな灯り!」
この人は私のことが好きすぎる。
名前をしっかり覚えて繰り返してくれるのは嬉しいが……。興奮してまともな会話にならないので、私は視線でロミスに助けを求めた。
「ファニアに続く道が有名になるのは避けられないことだった。『御石』を使って身近に『力』まで感じるようになれば、こうなるのは予定通り。ただ――」
「ええ、これは予定通りのこと! ただ、当初に予定していた教えと違って、いま人々が祈っている新しい教えは――」
説明したがりのヘルミナを遮るように、ロミスは一歩前に出る。
そして、予定していた名と共に、私に向かって頭を下げる。
「炎神アルトフェル。巫女の奇跡を通して、その存在を人々は思い出し、信じ始めた。それは素晴らしいことだが……当初の予定よりも早く、少々私は困ってしまっている。そこで謝罪と共にお願いしたい」
本当に今日は珍しいことばかりだ。
あのロミスが一介の従者でしかない私に、心から懇願していく。
「すまない、お嬢さん。君の村に伝わるアルトフェル教を、このファニアで私にも利用させて欲しい」
「それは構いませんが。しかし、利用して一体何を……」
私は断れる立場にないが、断る理由は一切なかった。
理由を聞くと、ロミスはどこか私の尊敬の念を向けながら、ぽつりぽつりと零す。
その憧憬の先にあるのは、かつて私がいた村で――
「統治だ。……君のいた村は本当に素晴らしかった。あの全員が一つの目標に向かって進むという一体感を、私も真似してみたくなったのかもしれない。そして、なによりこれはアルティさん個人の念願でもある」
私の知らないところで計画していたのは、ヘルミナとだけではなかったようだ。思いがけないところで主の名が出て、私は顔を向ける。
「私はファニアでもアルトフェルを使って、自慢したい。『千里眼の巫女』は私だけじゃなくて、マリアちゃんもいるんだってことを。できれば巫女なんて神の遣いの立場を超えて、もっと。英雄なんて言葉も超えて、もっともっと。燃え盛るように――」
本当に珍しい日だった。
幼馴染みの私でも初めて見る顔を、アルティはしていた。
熱のこもった声で私の名を呼ぶ。
「マリアあってこその『炎神』アルトフェル。そんな狼煙を大陸に名を遺したい。そうすればきっと、この世界から――」
あの古書を読んでいたのは彼女も同じ。
伝説の続きを担うのは従者もだと、その『千里眼』を細めて微笑みながら訴えかけてくる。
「――マリアちゃんの名は、忘れられなくなる」
これがアルティの念願……?
こちらとしては遺すべきは「アルトティ■」なのだが……。
私が想うくらいに向こうからも想われているというのは、純粋に嬉しいものだった。
だから、私は頷く。
千里先を見る『目』でも、教えによる意思統一は最適だと視えていた。
「わかりました。やりましょう、アルティ様、ロミス様。このファニアで我らがアルトフェル教の再興を――」
右隣にも目を向ける。
そこには私と同じ表情のティーダが頷いていた。
この四人だ。
四人でファニアを、もっといい場所にしていく。
そのロミスの言葉を信じられる結束が、この一年経った頃には確かにあって――
――二年目の終わりに近づいていく。
私が『火の力』を循環させる器となって、ついに二年。
『代償』が致命的な域まで溜まるのに十分な時間だった。
だから、世界が新たな節目を迎えていく。
この節目の年をもって、北でも南でも、フーズヤーズを含めた大陸の各地で、歴史に残る事件が多発していく。
※コミカライズ9巻が5/8に発売!予約もあるよ!
なにより、ガルドコミックさんでの今週のコミカライズ更新「第45層「『私』の聖誕祭の終わりに Ⅴ」(3)」が非常にお勧めです! 丁度二章の名シーン、カラー付きっ。9巻にも入ってるとのこと。
後日談の方は……、もう既に四人ともおかしいことになっていますが、どうか暖かく見守ってくださると助かります。
とにかく長い10章最終決戦でのロミスの長台詞の補完っ。
次は火曜日。




