05309R.アルティ・ティーダ過去編その9「器としての成長の時間」
まず、勝手にロミスの従者を利用し過ぎたと頭を下げようとする。
「申し訳ありません。しかし、私の助言など、そんな――」
「君は自分のことになると疎くなるな。そちらの『千里眼』ほどではないが、こちらも人を『観察』するのは得意だ。間違いなく、君は人を導くことに秀でている。いつか完璧な領主になると夢見ている私にとっては、羨ましい才能だ」
ロミスは悔しがりながらも、貴族らしい振る舞いを保ち続けている。
当たり前だが、彼の主君としての能力は高い。
私のアルティほどとは思わないが、例の『無敗』に関わっていると確信できる強さを出会ってから感じている。
その人物評を遠慮なくぶつけていこう。
「間違いなく、ロミス様も秀でています。それは特に精神面で言えることでしょう。勉強熱心ゆえに見識が深いだけでなく、他者や空気に左右されない心の芯をお持ちです。だからこそ、ティーダ様の力と相性が著しく良いと思っています。精神を蝕む『闇の力』と確固と自立した心の力……。ロミス様はこれから、さらに書物を読み込むだけでなく、ティーダの作った『代償』の含んだ小瓶を利用するのをお勧めします」
『目』が視た通りに助言してしまう。
「あの小瓶を? ティーダがうちの研究員を真似て、小瓶を新しく作ってるのは知っていたが……。あれはティーダだけが使える力ではないのか? 他者の私が手に取っても使えるものなのか?」
「手に取っただけの他人では使えません。しかし、『代償』の仕組みをよく知るあなたは別です。他でもない幼馴染みのあなただから、誰よりもティーダの力を上手く使える」
提案されたロミスは「ふむ」と少し思案したあと、すぐさまティーダに近づいていく。そして、例の小瓶を受け取って眺めながら、見守っていたディプラクラと相談を始めた。
その後、なぜか並んで待っていたアルティも期待を持って私に助言を請う。
「マリアちゃん……。じゃあじゃあじゃあ、私は? 何か新しく取り組んだほうがいいことってある?」
「アルティ様はそのままがよろしいかと。このまま、みんなの間を取り持ってくれると私たちはとても助かります」
「それぇ……。やってること、いままでと変わらないよね。というか私には何もするなって言ってない?」
「だって、あっちの貴族様たちと違って、私から見てアルティがやるべきことなんて何年も前から言い続けてるからね。アルティの生まれ持った性質はなんというか、意識して伸ばすものじゃない気がするんだよ」
そう提案されたアルティは「そんなあっ」と落胆する。
ふらふらとよろめき始めたので、慌てて私は「悪いわけじゃないよ」「使徒様の言ってた通り」「それがアルティの良いところ」と励ましていく。
その途中、珍しく使徒シスが私たちの会話に割り込んできた。
「そうね。あなた、悪くはないのよ。本当に。その生まれ持った性質だけは」
さらに珍しく、シスは手放しにアルティを褒め出す。
私に負けないほどの不躾な人物評を繰り出していく。
「アルトティナ、あなたはいいわ。まず名前からして最も天上の神に近くていい。さっき言った間を取り持つ……って、領域と領域の境を過敏に感じ取れる力も凄くいい。その直感的なセンス、淀みない循環機能、魂の形状と在り方。あなたは私たち使徒の主様と、この場の誰よりも似ているのよ。性質だけでなく、身に纏う空気が一番ね」
隠し名を堂々と口にしたのを咎めることはできない。というより、その新情報が隠し名の『代償』よりも大き過ぎた。
「え、えぇ!? この私がですかぁ!?」
「でないと、お試しだったとはいえ、あそこまで真剣に教えてないわ」
「あんなに下手くそだったのに私! マリアちゃんよりもロミス様よりも覚えが悪くて、ぶっちゃけ一番下の落第かとぉ!」
そこにいるだけで恐ろしき使徒相手に、アルティは立ち振る舞いが変わらない。
その胆力も含めて、アルティは魂からして強い――と私は自慢したかったが、最近「そこにいるだけで恐ろしいマリアと幼少期から一緒だから、アルティは怖いのには慣れている」という新事実が発覚したので何も言えない。
「一番下なのは変わらないわ。でも、あなただけが『次元の力』を期待できていたのよね。ということで、まだ私はあなたに少し注目してるわ」
「じ、じげんですか……」
「そう、次元。私たちの生きている領域の世界とはまた違う世界のことを指すときに、この次元という言葉を使うわ。例えば、さっき言った天上ね。神と呼ぶべき我らが主の存在する天上の領域を指して、さらに高い次元と呼ぶわ。世界というのは、まるで階層のように色々な領域が積み重ねっているのよ?」
「…………、…………。そ、そう言えば、使徒様たちも従者さんでしたね! けど、天上にいらっしゃる主様ですか……。すみません。次元という感覚は、私には想像がちょっと難しいかもしれません」
「一応、私も分類上は従者ね。けど、従者としての次元は全く違うわ。存在する領域が違う……といった概念そのものに関わる力を『次元の力』と呼んで、それを我らが主は好んで使っていらっしゃった。この力がないと、まず私たちが下界に降りることもできなかったのよ?」
「え、え? は、はぇぇー。すみません、正直だいぶ訳が分かりません」
「イメージだけでも掴んで欲しかったのだけれど……。そういう発想すら無理っぽいわね。やっぱり、まだまだよ。あなたたちは」
それはこれからの目標を立てるのに有り難い話だった。
その次元の違う神とやらを、私とティーダは目指すべきなのだ。
世界の主様とやらに匹敵する存在になれると期待して使徒は教えているのだから、このくらい高い目標を持った方が良いだろう。
神。次元。世界。
書物でしか聞いたことのない単語の数々。
どこか馬鹿にして忌避していた私だが、これからは意識したほうがいい。
その上で、そこへ至るためには――
「決闘代行。いまの話理解できましたか?」
同じく聞き耳を立てていたティーダに相談する。
「書物でしか知らない言葉ばかりだったが、イメージの端くらいは掴めていると思いたい。私が『闇の力』を使っているとき、ここにはない領域から『魔の毒』が流れ込む感覚がある。その領域は遠く……なようで、すぐ隣のような。これが次元という話だろうか?」
「明らかに周囲の『魔の毒』を上回っている量が、私たちの力には集まりますからね。まさしく、いま言っていた次元の違うところから来ていないと説明できません。……正直、その感覚はまだまだ曖昧で掴めていませんが」
その話にティーダは頷いて、「不確定だな。ひとまず次元とやらは置いておいて、まずは『代償』を使いこなすのが近道か」と、曖昧を嫌った私と同じ判断をしていく。
そして、シスの提示した高すぎる目標を前に、もう気取っている場合ではないとも判断する。
出し抜くよりも協力しての成長を優先すべきだと、ティーダに助言を重ねる。
「『代償』を制御するのならば、声を出したほうがいいのでは? 私と違って、あなたは力を使うとき静かすぎます」
「やはり、それが君との差を生んでいると思うか?」
「力を込めるとき、掛け声をかけるのは生物の基本です。もちろん、狩りといった勝負事になると、その基本は足枷となりますが」
「ああ。だから私は大事な勝負をするとき、息を潜めるのを癖付けていた。鍛錬して身に付けたものだから、天才肌の君と違ってすぐ切り替えられはしないが……」
「すぐ私のほうがセンスあるという話に持っていきますが、私はあなたのほうが総合点では上回っていると思いますよ。あなたは私にはない発想が多い。なにより、鍛錬で身に付けた静けさだからこそ、『代償』制御に向いているかもしれません」
「そう前向きに捉えるべきか。どうやら私は、卑屈なのも癖付いてるのかもしれないな」
「その癖も、すぐ直してください。そして、変わってください。私が成長するのに、あなたの成長も必要だとわかりましたので」
「こっちもわかってる。君が成長できるように、私も私なりに努力しよう。なにせ、もう腐っている時間は僅かもない」
そう言って、また私たちは開けた空間まで移動していく。
言葉なく、また模擬戦をするべきだと互いに理解していた。
目標に向かった成長の模擬戦のために、私たちはルールを決めていく。
「大きすぎる『代償』は無しです。細かい『代償』を繰り返し試して、色々確認するのが優先です。大小問わず、相手に力を接触させたほうが勝ちで」
「ああ、小さい『代償』の発生をまず正確に感じ取りたい。……というより、さっきロミスに瓶を渡したので、今日は大きい『代償』が売り切れだ」
そう言えば、ロミスがいない。
調査と研究を頼んだのだろう。もしかしたら、先ほどの素晴らしい紙束を作った人に会いに行ったのかもしれない。
迅速な仕事だ。負けてはいられないと、私とティーダも合図を待たずに互いの力を発生させていく。
「《火》よ。追いかけろ」
全身から出せる火だが、手を使うのが最も熱量が高くなる。
今回、意識して『代償』は抑えているので、人を呑み込むほどの大きさではない。地を這う蛇と同じ大きさと速さの炎が三つほど。
小さい炎だが、触れれば火傷するだろう。
なにより、今回は数がある。
ティーダは呼応して、手から泥のような闇を大量に地面へ垂らしていく。
基本的に彼は受け身で、私の力を見てから対応を決める。
私に向かって力を直線的に動かすことも少ない。乱雑に周囲へ撒き散らしてから、相手が罠にかかるのを待つのが好きなようだ。
ならば、泥まみれになる前に抑えるのが常套だろうと、私は火の蛇の動きを速めていく。
「追いつめます」
零れる黒い泥を全て避けて、一匹の火の蛇が噛み付こうと襲い掛かる。
それをティーダは咄嗟に飛び避けた。
たった一歩だったが、獣が跳躍したかのように凄まじい距離を取る。ただ、そこには地面を蹴って駆けた私が先回りして、両手から炎を噴出させて待ち構えていた。
どちらも異常だ。
明らかに三日前までには不可能な動きをしていた。
『火の力』『闇の力』を得てから、私たちの身体能力が格段に上がったおかげだ。獣じみた動きから、獣をも超えた動きに。使徒曰く、『魔の毒』を循環させることで、その器も強靱となっていくらしい。
「《火》よ。抱き締めろ」
「――――っ!」
迫り来る私の炎に対して、ティーダは手にカーテンのようなものを闇で形成していく。
少し湿ったそれを一度大きく横に振り抜くことで、炎は掻き消された。
『闇の力』だけによる結果ではない。獣を超えた強靱な膂力による旋風を加えたことで、乱暴ながらも私の炎への対応ができたのだ。
それが誰よりも分かっているティーダは、口元を緩めていた。
たぶん、私も同じ顔だ。
「ふふ――」
「――ふっ」
鍛錬だと分かっていても、どうしても喜色が浮かぶ。
強くなるのを実感するのが心地良かった。
動物としての本能が「もっと強く」と囁いているのを感じる。
だから模擬戦が続く中、ついに無駄口を嫌うティーダが「《闇》よ。襲い掛かれ」と上機嫌に声を漏らした。
偶に笑ったり、手応えがあると「よし」とも喜んでいく。
――その度、ティーダの『闇の力』が急激に増す。
私の助言を受け入れて、少しずつ実践してくれているようだ。
その調子だ。声を出していこう。
私が髪を大切にしていたように、あなたは沈黙を大切にしていたのだから、それが『代償』に最も向いている。
もちろん、私も口を閉じはしない。
呼応して、負けじと声を出していく。
「そんな小手先の闇程度っ!」
こちらのほうが上だと、ついに敬語を解いた瞬間、私の『火の力』も急激に増した。
『闇の力』が溢れるのに合わせて、どこまでも炎の熱量は上がっていく。予期していたことだが、私たちの特殊な力はぶつけ合うほど、恐ろしい速度で強くなる。
その急成長は、目上相手にはずっと整えていた私の言葉を崩すのに十分過ぎた。
「やつを叩き潰せ。集まれ。《火》よ」
「……潰されるものか。《闇》よ」
「燃やし潰す」
私もティーダも、培った処世術をやめればやめるほど強くなれるのは明らかだった。
なので、私と同じく成長を求めるティーダの『目』は、もっと口汚くかかってこいと訴えかける。ずっと『目』を合わせまいとしていた彼なのに、この模擬戦だけは例外だと戦意と声を膨らませていた。
お互いの幼い頃からの歪んだ処世術が戦いながら燃えていく――
「ふ、ふふっ――」
「はははっ――」
危険が伴っているのは分かっていても抗えない快感だった。
なにせ、戦えば戦うほど、今日までの自分の不満が全て解決していく。
ずっと従者としての未熟を怖れる日々だった。臆病だった。情けなかった。けれど、この力で成長していけば、私たちは変われる。そして、変わって強くなれたら、この力で――!
「「――守れる」」
私とティーダは同時に、従者としての歓喜を漏らした。
主君が大好きな二人だからこそ、まず考えたのは「主を守れる」ということ。
全く同じ目標を見据えて、模擬戦は続く。
戦えば戦うほど安堵が増していくことに私たちは意気投合していた。
その途中、背中に視線を感じて振り返ることもある。
アルティが「頑張れー」と無邪気にいつもの応援を私にしてくれていた。
――頑張るよ。
ただ、その主の「頑張れ」に心配が少し交じっているのも私は見逃さない。すぐに私は「大丈夫だ」と不安な気持ちにさせないように、模擬戦中だというのに笑い返して手を振った。
すると、その瞬間、また私の火炎の勢いが増していく。
「――いい」
とてもいい循環だと思った。
その循環が私の『目』を同時に成長させてくれているのも分かる。
なにせ、よく視える。感じられる。
私がアルティのために力を得ようとすればするほど、世界が私を応援して力を与えてくれている。
同じ感覚をティーダも抱いているようで、珍しく顔が明るい。
遠くの使徒たちも模擬戦を見ながら嬉しそうに頷いている。
その様子を見ている主たちは、穏やかな笑顔で手を振り返してくれている。
――それは主従として理想的で、最高効率の『魔の毒』の循環で――
だから、その模擬戦は一度目よりも激しく、長いものとなる。
続く翌日の模擬戦も、急成長した二人で、さらに激しく長く続く。
主たちが鍛錬していたときとは比べものにならない早さで、二人の『力』はどこまでも鍛えられていった。
◆◆◆◆◆
その十日後。
いい循環が続いた証明のように、ロミスから提案が出される。
「南のファニアから人を呼ぶ」
いつもの鍛錬に一区切りを付けたあと、小枝で地面に描いた簡易地図を使徒以外の全員で囲んでいた。
小枝と資料を持ったアルティの横では、以前に私とティーダで書き纏めた紙束を手にしたロミスが立っていて、指差す。
「この村とファニアは、もはや一蓮托生。急ぎ道を繋げて、さらに結びつきを強くする。その為の人手だ」
私たちが纏めた資料を基にして考えてくれたのだろう。
ただ、よく見ると資料の中には見たことのないものも沢山あるようだ。
ロミスとアルティの目の隈に応えるべく、私は即答していく。
「増員は賛成です。すぐに立派な道は無理でしょうが、取り掛かるのは早ければ早いほどいい」
その頷きにロミスは安堵した様子で、私の手にある紙包みを次に指差す。
「ありがとう。お嬢さんの言うとおり、早急に簡易な目印を作ろうと思っている。なにせ、私たちは以前と違う。特に彼女の作る灯りは、もう既に――」
その先は私が言いたいと、少し自慢げに説明していく。
「ええ、既に。村の灯りを改良して、『結界』と呼んで良い領域に至ったと自負しています。この私の『代償』を封した紙包みは、私の手を離れても『火の力』を維持することでしょう。数の方も、予定分を用意済みです」
紙包みには、小指ほどの髪一本を結んだ火種が入っていた。
他にも、緊急時用に数本の髪を木の皮で巻いたものを懐に忍ばせてある。
「素晴らしい仕事ぶりだ。その紙包みで篝火を一定間隔で作ったあと、人の行き来を維持させれば、それだけで火は管理できるだろう。もちろん、その過程で妨害する敵たちも現れるだろうが、そこは私の従者ティーダが――」
ティーダも私と同じく自慢したいようで、一歩前に出て自分の口で報告する。
「敵は私が排除する。火を怖れないモンスターでも、私の泥に抵抗できないのは確認済みだ。人の賊程度、もはや恐るるに足らずだろう。むしろ『闇の力』は疚しい賊どもを同士討ちさせるのに……いや、心を折って降参させるのに特化している。私にとっては、モンスターより人相手のほうが楽な仕事となる」
「予想される賊どもの拠点は、ファニアも協力して特定済みだ。元々治安維持はファニアのほうで予定していたこと、汚れ仕事は全て私とティーダにやらせて欲しい」
そこで「何か質問は?」と、ロミスから配慮の視線が血の気の多い私に向けられる。
「荒事には私が最も向いているので、諍いが予想されるところには積極的に出向きたいところですが……」
はっきり言って、この数日で私の力は図抜けた。
誇張無く、この領土で最高の戦士と言っていいだろう。
斥候仕事が身体に染みついているのもあって、私こそが危険な場所に先行すべきだと思ってしまう。
「お嬢さんには『結界』に注力して貰う。今回、道を作るのに最も重要なのは『火の力』だ。村の君たちが道作りのメインであり、あの灯りのサポートをするのがファニアの私たち。それでいいかな?」
争いへの参加は駄目だと、明確に首を振られて、それを私は了承していく。
ロミスたちは私を争いと狩りが大好きな人間と思っているが、別に他の仕事も嫌いではない。
新たに道を作れるのは楽しみだ。ずっと考えていた夢もあるが、単純に道によって村のみんなの笑顔を見られるのが嬉しい。
今日までに『火の力』の鍛錬で、私は『結界』の試作品をいくつも作った。それを試しに設定したところ、村の活動範囲は急激に広まった。
まず、単純にあらゆる視界が拡大されたのがいい。
家畜の安全が確保された。女子供の木の実などの採取量が増えた。水汲みへの快適な移動も重要だ。
これから、もっと村は発展できると確信できる変化だった。
ファニアと繋がれば、相乗効果も生まれて、いつかは――
街道と。
立派な名前で呼ばれる未来だってあるだろう。
楽しみで頬が綻ぶ。
それはロミスもティーダも同じようだった。
もちろん、私の主も同じはずで、
「マリアちゃん、前髪……」
しかしなぜか、アルティは驚いていた。
指差された先は、私の顔――おでこにかかった髪。
その変化を指摘されて、その髪先を私は摘まむ。
「え? ああ、これは……。ちょっと邪魔だったから今朝短くして、使ったんだ」
「つ、使ったって……? 大事だったんじゃないの?」
「大事? 前髪が? いや普通に長かったし、ついでに整えただけで……」
元々が長すぎたのだ。
あれでは前が見えにくかった。普通の長さに整えたことで、いまは両の『目』が露出し、色々なものが明るく鮮やかにはっきりと見て取れる。何もかもが、よく視える。
「うん、マリアちゃんはそっちのほうが可愛いよ。明るい印象にもなるし……。前からそうしたほうがいいって言ってたもんね、私が……」
「……ありがとう、アルティ」
いいことばかりのはずなのに、どこか引っかかる反応だった。
主から一抹の不安を感じ取って、私は焦る。
切ったほうが可愛いという言葉は嘘じゃない。ここは真実だ。
しかし、可愛いからいい……というわけではないようだ。
相談せずに唐突だったのがいけなかったか……?
変化を嫌ってる……わけでもない。
アルティ、どうして……?
どうやらアルティ自身でも、はっきりと確信できない違和感のようだった。
という分析を彼女自身もしたようで、着々と話を進めていたロミスたちに割り込む。
「すみません、ロミス様。個人的にですが、私は少し早いかもしれないなって思っています。もう少し力を試してから……。せめて同時進行は止めて、道作りと安全の確保は別々の時間にしませんか? 戦力の分散はリスクの拡大です」
「急にどうしたんだ? 君が一番乗り気だったし、あれだけ必死に手伝ってくれた話だろうに」
当たり前だが、突然の制止にロミスは不思議がる。
「ファニアの方々が来てから、担当の役を割り振った方がいいかなあと……。頂いたファニアの資料を読み込んで、再度思いました。ファニアのネイシャ家の方々は誰もが優秀で、一人一人が私やマリアちゃんに匹敵します。その人たちを交えず、ここにいる四人だけ決めるのは……色々ともったいない気がします」
それは私も思っていたことだ。
ロミスたちの持ってきた資料は、いままで私たちが作ってきたものと類似していて上回っていた。その制作者がいるのならば一度会ってみたい。議論を交わせば、この道作りの計画がもっと洗練される可能性は高い。高いが……。
「身内を褒められると弱るな。それは確かに私も思っていたことだが」
「『魔の毒』について専門で研究している女性がいらっしゃるんですよね? せっかく素晴らしい人材が揃っているのに、ここで焦って片手落ちにするのはなんだか……むず痒いんです。だから、マリアちゃんも……、その前髪がまた伸びるくらい待つ気持ちで進めよう?」
先ほどの違和感をアルティは「むず痒い」と表現した。
しかし主と言えど、そう簡単に頷ける話ではなかった。
長すぎる。また前髪が『目』を覆うほどの時間となると何ヶ月かかるか分からないので、そう簡単に私は頷けない。
「そ、それは流石に、アルティ……。人や資材を待って、入念に安全確保と準備をするにしても……」
「長すぎるくらいが丁度良いんだって私は思うよ。村の何十年後の未来を決める土台作りだからね。ファニアだけでなく村のみんなの意見も入れて調整したほうが、後々楽になる……気が私はするよ! お爺ちゃんだって、こういうときこそ慎重にって言ってたよね? 焦ってもいいことないんだから、まずみんなで相談してから――」
「アルティの……、お爺さん?」
「…………っ」
そう答えたとき、アルティが初めて見る表情で驚く――のを感じ取って、こちらも同じ表情となった。
…………っ!
い、いまのは違った。
答えを間違えた。
最近色んなことがあって忙しすぎたせいか? 訓練で疲れているせいか?
駄目だ。とにかく、大事なものを失念してしまっていた。
すぐに私は間違いを反省して、主の言葉を受け入れていく。
「ごめん、そうだった……。そうだったね、アルティ。あの話は覚えてるよ。私たちの『目』は、隠しながらやるくらいが丁度良いんだって……。それに、よく考えたら新しくやってくる人たちは最初私を見て怖がるかもしれないからね。ロミス様は慣れてくれて、いまこうして話せてるけど最初は酷かったな」
視線をロミスのほう逸らして、アルティに賛成している旨を伝える。同時に、浮かれていた気持ちを落ち着けていく。
懐かしい話を持ち出されたロミスは、深く頷いて同意してくれる。
「確かに、私たちの魔法のような力を受け入れられるのは、うちの研究員でも一握りか? ……急に力を付けた反動で、私たちは少し浮き足立っていたか」
そう反省するロミスという主に合わせて、ティーダも「向こうの研究員たちに私たちは急かされたのかもしれない」と同調する。さらに「特にヘルミナのやつの押しが強い」「彼女は暴走しがちだ。私たちでブレーキをかけないと」と思い当たるところを口にしていった。
その様子にアルティは安堵して、胸を撫で下ろす。
「良かったです。皆様の気持ちは分かりますが、ここは慎重にいきましょう。ゆっくり慎重にやっていくと、力を授けてくださった使徒様も最初から言っていたことですから」
その宣言に合わせて、空気が変わっていく。
危険で不正解だったものが正されていくような流れを感じた。
ロミスたちも同じものを感じ取れているようで、一呼吸を置いてからアルティの『目』を見つめて話す。
「アルティさん、君は本当によく俯瞰して見てくれている。使徒様たちは『千里眼』はお嬢さんのほうこそ本物と評価していたが、正確でないと私は思っている。お嬢さんの『遠く奥深く』には遅れをとっても、あなたは『長く幅広く』がよく視えている。それは謂わば別の次元の力……。『千里眼の巫女』は君あってこそだったと、いま再確認したよ」
そう。
それだ、ロミス。助かった。
アルティに先ほど指摘された話でも大事なのはそれだったのだ。
思い出させてくれたロミスに、私は感謝を伝えていく。
「ありがとうございます、ロミス様。そして、流石です。私たちの『目』は二つ。二人揃って、真なる『千里眼の巫女』なのだと理解して頂き、とても嬉しいです」
私たちはアルティあってこそ。
二人一緒だから強くなれる。
どんなときでも、それだけは忘れてはいけない。
村の元■さんとも誓って、約束したことだ。
「では、その真の『千里眼の巫女』たちに敬意を払って、計画の同時進行は止めようか。まずは入念な準備を……。準備期間の目安は、お嬢さんの綺麗な『目』に前髪がかかるまでといったあたりかな?」
ついでにロミスからお世辞まで飛んだ。
短期間で私に慣れてきてくれて助かる。
それどころか、私とアルティの理解者にまでなってくれるなんて……。
嬉しいのはアルティも同じようで、喜びを分かち合っていく。
「はいっ! それがいいと私の『千里眼』には見えています! なにより、使徒様たちの方針を蔑ろにし過ぎては、せっかくの力にも陰りが生まれることでしょう。使徒様たちあっての今の私たちの力と『結界』です。その一番大切なことを失念してはいけません。……だよねっ、マリアちゃん!」
「うん、そうだね。忘れちゃいけなかった。一番大切なことだけは」
横目に主を見ながら、私は答えていく。
一番大切なことは使徒様でなければ、領地の発展でもなかった。
間違えてはいけない。
私にとって一番大切なことは――
アルトティナ。
偽名でない名はアルトティナ。
あなただ。
ロミスの言うとおり、『千里眼の巫女』の双眸はあなたがあってこそ。
『火の力』が強まれば強まるほどに、それは強く感じていた。
『結界』を身に付けるとき、あなたを守りたいイメージが大事だった。
『次元』を意識しようと、かつて馬鹿にしていた地下室の歴史書を勉強し直したとき、そこにはあなたのイメージにぴったりの伝説があって――
〝『炎神』様の他に、もう一人の神様がいた〟
〝傍には必ず、『光神』様がいた〟
何度読み直しても、あの本に私は――嘘偽りを感じなかった。
だから、私たちも対。
対の『千里眼』なのだ。
私は傍にいる太陽のように眩い主を、どこか重ねて見つめる。
「忘れず、守ろう。アルティ」
私は微笑み呟きながら、『目』を細めた。
そして、誓い直していく。
今度は私たちが、遠い未来の伝説に残るような存在になる番だ。
あの■さんとの誓いは二度と忘れない。
私は僅かな不安を塗り潰していくように、眩い光で私の『目』を焼いていき――
――最初の一年が過ぎていく。
『火の力』を循環させる器となって初めての一年目だった。
同時にファニアへの道が開かれていく。
それは舞台がファニアに移るということも意味していた。
※コミカライズ9巻が5/8に発売!
なにより、ガルドコミックさんでの今週のコミカライズ更新「第45層「『私』の聖誕祭の終わりに Ⅴ」(3)」が非常にお勧めです! 丁度二章の名シーン、カラー付きっ。9巻にも入ってるとのこと。
そして、後日談のほうはここからダイジェスト進行に。すみません。二年分ほど、早めに進めさせてください。
次は金曜日です。




