05307R.アルティ・ティーダ過去編その7「使徒と主従たちの団結」
辺り一面が血の海と化す。
モンスターは例外なく全てが息絶えた。
しかし、中央に立つ人間二人だけは外傷なし。返り血のみ。
血塗れの衣服と疲労で身体の重い私は、天を見上げながら肩で息をする。
「はぁ、はぁ、はぁ……。途中で借りました。剣、お返しします」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。こちらもだ。弓、感謝する」
モンスターを処理していく途中で拾ったティーダの剣を、まず持ち主に返す。
「なんとかなりましたね」
「はぁ、はぁ……。ああ、なんとかなった。君のおかげだ」
私と違い、ティーダは膝に両手をついて息を整えていく。
まだ危険は終わっていないと全力で体力の回復に努めていた。その最中に、必要な確認を迅速に済ませていく。
「助かったのはこちらもです。先ほどの叫び、切り札だったのでしょう?」
「いや、咆哮はそんな切り札じゃない。…………。知り合いの見様見真似で、初めてやった技だった」
「見様見真似で初めて? その割りには、なんというか堂に入っていましたが」
確信を持った大切な切り札としか思えなかったが、ティーダは手に持ち続けていた空の瓶を睨みつける。
「できるとは何度も聞かされていたんだ。……同じ性質の私だけが、これに合うと」
そして、顔を歪ませて「間違いなかったな」とも呟く。その様子から、あの咆哮が不本意なもので、何かしらの覚悟が必要だったとわかる。
「……そうですか」
少し悔しく思った。
おそらく、あの危機の中、主のために覚悟を決めたのは同じタイミングだった。
しかし、先に行動に移した従者はティーダ……。
…………。
能力で劣っている気はしない。だが、決断力と胆力においては……。
「それよりも落ち着いているな。目と耳の良い君からして、第二波はないと見ていいのか?」
「いえ。遠くに気配を感じます。まだ距離の余裕はありますが、急いで次の行動に移ったほうがいいでしょう」
「時間は少ないようだ。……だが大分息も戻ってきた。油断せずに急ごう」
最低限の確認を済ました私たちは、最低限の休息を終えて、小屋に近づいていく。
その中で待っている主たちの為に時間は無駄にできないと早足だったが――途中で、ぴたりと揃って止まった。
小屋の奥の茂みだ。
そのさらに奥の木々の合間から老人が、落ち着いた声を響かせながら現れる。
「手傷なし、か」
距離があっても足を止めざるを得なかったのは、その老人のよく通る声の重さ、纏う空気の重さ、見る者の頭を自然と垂らさせる神聖な重量感、全てが厳かすぎたからだ。
使徒ディプラクラが評価をくだしつつ、こちらに近づいてくる。
「主たちが揃って一匹も仕留められなかったモンスターを、この短時間で……。やはり、圧倒的じゃな。そして、決定的じゃ」
恐ろしく重い存在感の使徒だったが、すぐ褒めるように小さく拍手をした。
視線もどこか好意的に感じる。
ただ、それが逆に怪しく、疑わしく、二人揃って再度身構えた。
そして、隣のティーダが現れた使徒に向かって確認を取る。
「いま、やはりと言いましたか? 決定的というのは?」
「うむ。素晴らしいことに、やはりおぬしらも『魔の毒』に適しておったことじゃな。――これは決定的じゃ」
嬉しそうに血溜まりに足を着けながら、ディプラクラは周囲を見回した。
この惨状が「やはり」という言葉通りならば、今日モンスターが現れた理由に使徒も関わっている可能性が高い。
少なくとも、茂みに隠れ続けて手伝わなかったのは確かだ。
私とティーダは試された……?
いや、『目』で見る限り、そんなまどろっこしいことを考えている場合ではない……。
そう判断したのはティーダも同じようで、小声で私相手に最後の確認を取る。
「マリア・ディストラス」
「小屋と村は後で。まず、アレからです」
「賛成する。アレを始末するのが最優先だろう。間違いなく、こいつらが今回の根だ」
ゆえに、いますぐ根は断たなければならない。
主のいる小屋に近づかれる前に。
即座に。
と確かな殺意を持ったとき、背後から声が投げかけられる。
「間違いないな、ディプラクラ。目つきからして余りに違う」
私は驚き、息を呑みつつ、死角を補うように背中をティーダに任せて後方を確認した。
獣のように勘のいいはずの私の背後を取ったのは、少年の使徒レガシィだった。
私たちの警戒がどこまでも高まっていく中、どこか悠長に使徒二人は話す。
「こちらが本物なのじゃろう。なにせ村の誰もが、こんなに小さな子供を頼りにした送り出し方をしおった。率先すべき男たちの自警団よりも先に、何の迷いなくじゃぞ? 例の力があっても普通では考えられん」
「俺はあの二人が本物でないとまでは言わないが……。『千里眼』と『不敗』の噂の核はこっちだろうな」
『本物』。
『例の力』。
『噂の核』。
並んだ言葉から、こちらの事情を見抜かれたのがわかった。
その秘密は奥の手であり、ある種の保険でもあった。それがモンスターを呼び寄せた疑いのある狂人たちに知られてしまった可能性があるならば――
「…………」
「…………」
私とティーダは「それぞれ一人ずつ使徒を始末しよう」と言葉なく通じ合い、一歩目を踏み出そうとする。が、その前にディプラクラは身に纏っていた重い空気を、この開けた空間全てに拡げていく。
「取引じゃ。その誰かを守りたいと願う心は我らと同じ。ゆえに報酬はこれ――」
さらに言えば、空気の質も一瞬で塗り変わった。
「――――っ!?」
もう重さは感じない。
それどこか、軽い。
『目』で視える色も変わった気がした。
重苦しい暗い色から、爽快で明るい色に。
まるで『魔の毒』が私たちを包み、癒し、守るかのように満たされていく。
さらに、足下の血溜まりが蒸発するかのように嵩を減らして、光り輝く粒となって空に舞い上がっていく。モンスターの死体も同様だ。その不浄な存在は許さないかのような、まるで負から正へと変換されていく様子には覚えがあった。
これは『魔の毒』の粒を別のものに……?
違う方向性の力へと換えている……。
だとしたら、あの本で読んで真似た私の力に、これは近い。
いや、より使徒のほうが正解なのか?
あの遙か昔、古代での『魔の毒』の使い方に。
「やはり、知っておるな。話が早いのは助かることじゃ。おぬしの察したとおり、これは村の灯りと同じ代物。いや、その次のステージにあたる広域の魔除けじゃな」
「次にあたる……、広域の魔除け。まさか、魔法の……、『結界』?」
動揺で、ぽつりと零してしまう。
古書にあった羨望の名を。
「魔法とまでは言わんが、『結界』か……。領域よりかは分かり易い表現じゃな。うむ、この『結界』をおぬしら二人には授けよう。その代わり、いまの試しを許して欲しい。これならば、悪くない話じゃろう? おぬしらの交易路とやらの計画も早まる」
……嘘がない。
使徒に敵意はない。
ずっと友好的だ。
示された交換条件にも譲歩を感じ取れてしまう。
つまり、先ほどの私たちを試すかのようなモンスターの襲撃に、本当に悪意はなかったということ。
それはそれで危なすぎる。あれが単なる傲慢さや驕りからの軽い試しのつもりだったと『目』が見抜いて、私は息を呑む。
「…………っ」
問答無用に処理すべきだ。
しかし、『結界』……。
『結界』だ……。
しかも、本物。嘘偽りのない好意も含めて、一目で真実が分かってしまう『目』がいまだけは恨めしい。
目の前で実践までされてしまったことで、隣のティーダも私と同じように問答無用には踏み切れなかったようだ。
悔しくも彼は確認してしまう。
「使徒様。先ほど、取引であり報酬と言いましたが、その代価としてあなたたちが望むものとは……?」
「代わりに、儂らは本物であるおぬしらも育てたい。その承諾が欲しいだけじゃな」
要求のハードルも低い。
強引さはなく、それどころか私たち二人に向かって拍手を鳴らして讃え続けるのみ。
「その本物の『千里眼』は、特に素晴らしいぞ。地の千里先どころではない。先ほどから儂らの『魔の毒』を……いや、この魂の千里奥まで見透かさんとしておる」
この私と目と目を合わせて、心から褒めるのは難しいことだ。
心からの賞賛と分かってしまう私の困惑は増す。
「無論、そちらの濁った『眼』も良い。その粘つく沼のような『観察眼』は――いや、そちらは副産物のほうがメインか? よく澱んでおるおかげで、他の生物も否応なく心を濁らされることじゃろう。目を合わせるだけで嫌われるというのは貴重な才覚じゃ。いまのような冷静さを必要とする戦場においては、特にの」
「……お、畏れ多いご評価です」
ただティーダのほうは褒められたのかどうか、ちょっと疑わしい誘い文句だった。
しかし、先ほどの「敵が冷静さを欠いた戦場」で命を拾った私たちには、あれが本当に便利な力だという実感がある。
その反応を見て、ディプラクラは念を押すように「両者共、『魔の毒』に適応どころか、既に利用する段階まで至っておる。まこと素晴らしく、珍しく、尊き才能の塊じゃ」と言い締め括る。
流石に最後のはお世辞か。と、それだけは『目』で分かって――同時にここまでの誘いと賞賛のほうは嘘がないと再確認できてしまって、胸中は複雑なものとなる。
――いま私たちは見初められた。
あの古書にある伝説の使徒に。
血が騒ぐ。
しかし、駄目だ。
それはそれ。先ほどの襲撃は襲撃。
交渉の結果、この使徒達は冷徹に始末すべき――
そう決断させまいと、向こうは次の一手を取ってくる。
「というのが、使徒からの評価なのじゃが……。残りの者たちの考えはどうなんじゃろうな」
そう微笑したあと、物音がした。
そちらに慎重に目を向けると、小屋から出てきた青年と少女の二人。
自身の最優先とする目標を前に、思わず私は声を上げてしまう。
こちらに関しては迷いなく、足も動いた。
「アルティ! 大丈夫!?」
何にせよ最優先だと、ティーダも主の傍に寄って安否確認をしていく。
「ロミス、無事か! 使徒に何かされて――」
「違う。ティーダ、これは私とアルティさんの二人で望み、したことだ」
先んじて、ロミスが代表して言い止めた。
失言させまいと気遣っているのだろう。
「これを……? この試しとやらを?」
ティーダが主人を訝しむのに対して、珍しくアルティが貴族ペアの間に割り込んでいく。
「はい。マリアちゃんや従者様がいると、絶対にこれは反対されるので黙っていました。このモンスターの襲撃は最初、魔除けの修得に行き詰まった私たちに向けての試験だったのです……。が結果的に、こうしてマリアちゃんたちを頼ることになってしまいましたが」
「今回のこれは決して使徒様たちの仕組んだものではなく、むしろ私とアルティさんが望んだもので、私たち二人の企みだ」
使徒たちの悪意あってのものではないのだと、はっきり庇われてしまった。
こうなれば従者の私たちはもう動けない。
ティーダは使徒を睨み直し、問いかける他なかった。
「使徒、全て分かっていたな。最終的にこうなると結果が分かって、やらせた」
「うむ、こうなると分かっておった。ただ、こうなると儂たちは最初に二人へ助言はしたぞ? 二人の魔除けの修得は上手くいかず、最終的におぬしらの出番となるだろうと。最初の最初からな」
事前に助言はしたのだろう。
そこに嘘は感じない。
しかし、だとして。
その「最初の最初」「分かっていた」というのは……。
ティーダに続いて、ずっと私が腹の底に押し込んでいた疑問を吐き出す。
「つまり、随分前から例の鍛錬は……。その才能がないと分かった上で、アルティたちにさせていたということですか?」
「それは違う。そちらの二人にも才能はあると言っておろうに。ただ、その性質が余りに正道過ぎたのじゃ。方向性も真っ当で、綺麗過ぎて、儂らは困ってしまった」
「正道で真っ当……? それの何がいけなかったのです?」
「二人とも、普通にいけば、遠い未来で大成するのは間違いない。その『魔の毒』の性質が多くの人々を正しい道に導くじゃろう。天より見守りし『世界の主』の代弁者として、二人が『適応』した暁には大陸を代表する英雄となるのは保証しよう。しかし――」
褒め続ける使徒に警戒心は深まるばかりだったが、ここでやっとまともに白状する気になったようだ。
私たち四人を見比べながら、言葉を選んでいく。
「所詮、大陸代表までの才覚。儂らの望む『器』とは異なっておったようじゃ。真っ当で綺麗で安定している魂の形というのは、既に完成に近い。つまり、こちらの答えは一つ。
――二人は優良であっても、規格外ではなかった。
ゆえに、世界の『魔の毒』を全て治める『器』というイレギュラーには決して至れん。そう結論づける」
決して主たちに失望したわけでも貶しているわけでもないと、深々と頭まで下げられる。神々しさすら感じる存在の頭部が下がるのは、どこか倒錯的だった。
「見誤っておったことを儂らは謝罪しよう。王の品格を持った美しい生命こそ、『器』の第一条件と思っておったのじゃが……逆じゃったな。不安定な『魔の毒』を支配していくには、むしろ逆。醜く、汚れ、爛れ、罅割れ、歪んでおる不安定な才能のほうが良かったのじゃ。それを反省し学び、次へ活かすことも誓おう。――やはり、普通では世界は救えん」
続いて顔を上げたとき、使徒ディプラクラの瞳が私とティーダを捉えていた。
その「普通ではない」の先にあるのは、私たち従者。
それにまず反応するのは、ここまで非常に静かだったロミスの独り言だった。
「普通では無理ということは、私は普通過ぎたがゆえに……。そして、いま普通でない力を持つのは……」
どこか悔しさの混じった声色に、慌てて使徒は視線を向け直す。
「だから、ロミスよ。いまの評価は、おぬしが真っ当に上質な魂という意味であって――」
「いえ、自分に落胆しているわけではありません。むしろ、いまの話は……、いい。とてもいい話だと感じました。話を聞く限り、私には身近な領地を守るだけの才能は保証されている。なので、いま不安になったのは、ティーダたちのほうです」
「う、うむ……。こちらは不安定な才ゆえに、この不安定な世界を救える可能性に満ちている――と儂らにとっては簡単に言えることじゃが、おぬしらにとっては違うのじゃろうな」
「大切な従者に、多大な危険と責任を押し付けているようで……。話を聞いている間、正直いい気はしませんでした」
不安定不安定と繰り返すのが、主のロミスは気に入らなかったようだ。
その返答に私のアルティも深く頷いて、私を見つめている。
ただロミスと違って、アルティは主として力強い言葉を紡ぎ足していく。
「……私とロミス様は真っ当であるがゆえ、世界を安定させる力がある。そういった素晴らしき役割を持って生まれたのだと、前向きに受け入れたいと思っています」
「前向きとかではなく、全くその通りの意味なのじゃがな。おぬしらは普通に良き賢王となれる器で……などと言っても、いまは上辺の世辞にしか聞こえぬのじゃろう。ならば、はっきりと言おう。これからおぬしらは、主であり王の器を持ちながらも、逆に歪んだ従者たちの礎となる運命を歩む」
そう宣言されて、やっとアルティの視線が私に向く。
そこにはいつもの私の知る主がいてくれた。
「んー……。正直私のほうは、マリアちゃんを支えていくという話にそこまで不安に思っていません。これまでもずっとそんな感じでしたので」
はにかむ彼女の顔を見て、私は「……はあ」と力を抜いていく。抜くしかなかった。
話の進み具合によっては容赦なく使徒達を仕留めようとしていた――というのをアルティと使徒は予感していたようで、その私の脱力に合わせて、あちら側もゆっくりと息を吐いていく。
目に見えて私は殺気立っていたようだ。それを反省するように、できるだけ友好的に努めて話の続きを担当する。
「確認します。私たち従者のほうが、あなたたちの求める才能があった。なので私は近いうち、それも現実的に、先ほどの『結界』のようなものを使える。そういう認識でよろしいでしょうか?」
「正確には、既にそれに近いものをおぬしらは使えておったと確認した。スタート地点からして違うと、先ほど試した戦いが証明しておる。先ほどの『結界』程度はすぐに身につき、村や街道だけでなく領土全てが守られることじゃろう」
モンスターを撃退できる『結界』は、すぐにでも欲しい。
村と道の安全も大事だが、単純に生活圏の拡大が重要すぎる。大型モンスターたちが寄り付き難くなるだけで、村の食糧事情は激変する。
もはや断る方が難しい。そう観念して、受け入れることを前提に問題点を洗い出す。
「確かに。既に使えているというのは私も確認しました。明らかに、先ほどの決闘代行人様の叫びは普通ではありませんでしたから。……ただ、あれと同じものを私までも使えるというのは本当でしょうか? 私には彼のように生き物を嫌悪させる力はありません」
「何を言っておる? おぬしは、より上位の領域におるじゃろうて。なにせ、おぬしはそこにいるだけで周囲の生物を萎縮させる。心どころか身体までも、否応なく、その『魔の毒』の性質によってな」
「……は?」
しかし、洗い出されたのは別の事実だった。
予期せぬ評価に驚き、頭の中で整理が付く前に話は続いていく。
「あの村の灯りもそうなのじゃろう? 灯りを見るだけで、おぬしの『目』を思い出して怯えるという仕組みになっておった。……素晴らしかったぞ。使徒の儂らにさえ通用する炎など、本来この地上にあってはならん領域じゃ」
「いえ、あの灯りは、光や熱を怖がるモンスターの習性を強めているだけで……」
「熱は生き物を脅かす力じゃが、あの程度でモンスターが怖がるものか。あれはおぬしの持つ『魔の毒』の性質付加……脅威の『結界』とでも呼ぶべきか? と理解しておらぬのに、おぬしは守りたいという一心だけで『代償』をも発揮しておったわけじゃな。そういう性質の『魔の毒』が漏れているのは見ての通りとはいえ、まこと恐ろしいセンスじゃ」
まだ私には言い返したいことがあった。けれど使徒は断定したあと、嬉しい誤算だと言うように「ふむふむ」と頷いている。
そして、私との話は終わったと言わんばかりに視線を隣へと向けた。
「『千里眼』の娘は理解を進めるだけで、別性質の『結界』を軽く応用できるようになる。ゆえに問題と課題があるのは――」
その先には神妙な面持ちのティーダがいて、自らの未熟を相談していく。
「私ですね。先ほど見たとおり、薬物を利用しなければ『魔の毒』の性質とやらは足りず、そもそも自由に外へ出すことすら叶いません。知識はあれども彼女ほどの天性の力がないので、本当に課題だらけです」
「そういうことじゃな。おぬしは『千里眼』の娘よりも辛く長い道のりとなることじゃろう」
勝手に私は力が自由に扱えて、軽く楽な道を乗り越え終えているかのような扱いをされている。
そして、私と違って厳しい評価を受けたティーダに、主のロミスは真剣な面持ちで従者を励ましていく。
「ティーダ、心配は要らない。この私が付いている。いままで支えて貰った分、今度は私が君を支える番だろう。そして、いつかは必ず――」
「ああ、いつかは必ず手に入れよう。この世界を平和に導く力を、二人で」
確かな誇りと品位を持って、二人は誓い合う。
それに使徒も「共に世界を救っていこうぞ」と頷いていた。
絵になる光景だった。
見た目も相まってか、どこかの歴史の転換点を見ているかのようにすら思えるのだが、私は全く別のことを考えている。
既に私には、生き物を恐怖させる力が備わっている……?
それも先ほどのティーダの嫌悪させる力に比類するどころか、上回るレベルで?
と私だけが置いてけぼりだったので、その困惑を察した主が私の隣にやって来て手を握ってくれる。
「ア、アルティ……?」
「んー、正直なところね。マリアちゃんって凄い威圧感あるよ。この中で一番、ぶっちぎりで」
軽い口調だった。
張り詰めた空気がどこまでも萎んでいくのを感じる。
アルティは隠しきれないからもう仕方ないかなといった調子で、私にとって受け入れがたい事実を突きつけた。
使徒や貴族に言われたときは呑み込むのに抗えた私だが、主からの言葉は別だった。
「威圧感が……、使徒様たちも含めて?」
「私のことになると、凄く怖い『目』するからね! 私や村の人たちなら、その『目』に慣れてるけど、外からきた貴族様や使徒様は本当にびっくりしたと思うよ」
あの神々しい使徒を超えて怖いとなるとよっぽどのことだ。
さらに村の人たちに気を遣わせていたことも知った私に、どこか嬉しげなティーダが「やれやれ」と肩を竦めながら話す。
「やっと自覚してくれそうでこっちは助かる。『千里眼』と言えど、扱うのは少女でしかない……というよりも、いままで君に気付かせなかった村のみなさんが大人だったと賞賛すべきか。特にあの母君は別格だった」
私にも未熟な部分はあるのだと嫌味ったらしく指摘して、それに使徒ディプラクラと主アルティが同調して苦笑する。
そして、ロミスまでも苦笑して、どこか意を決した様子で初めてまともに私に向かって話しかけてくる。いま話題になっている力のせいで、これまで話しかけられなかったとでも言うように。
「もう一人の『千里眼』のお嬢さん。私たちは当初そちらの灯りの技術を盗もうと、この村に訪れました。しかし、その技術を盗むには対となっているほうの『千里眼』が恐ろし過ぎると、恥ずかしながら手をこまねいたのです……。ですが、いまやっとそういった段階は全て乗り超えられたと安堵しています」
対となっている『千里眼』というのは私のことを名指ししているのだろう。
その褒めているようでそこそこ失礼な告白には、主アルティが褒められた従者に代わって対応してくれる。
「はい、ロミス様。もう警戒し合う段階は終わって、みんなで協力する段階ということですね……! これからはみんな一致団結して、使徒様たちの教えを形にしていきましょう」
はっきりと協力関係を示した。
合わせて、自然と場に満ちていた微笑が大きくなっていく。
これでもうわだかまりはなくなったかのように。
一歩踏みこんだ話をし終わったことで、ようやく一致団結できて安心かのように。
ただ待って欲しい。
団結のダシに使われた私は、不満を一つだけ零してしまう。
「……そんなに怖いですか?」
その一言に、場は一瞬だけ静まり返った。
しかし、すぐに主アルティが「私は慣れてるから平気だよ」と答える。
続いてティーダとロミスとディプラクラが微笑を浮かべて、次々と「私でなくとも普通は目を逸らす」「君は最初から……、見所しかなかったよ」「副産物のほうも素晴らしい。おぬしの身体を通した『魔の毒』は露骨に悪変する」と答えていく。
その答えたちを、恐ろしいとされている『目』で見抜こうとしたが、全員が本音で話していることが分かるだけだった。
その事実に私は、
「…………っ」
そんな馬鹿な。
とまた言いたくなったが、心当たりがないわけではなかった。
そうだ。
村の大人たちが贅沢過ぎると、ずっと私は思っていた。
亡き長さんの遺言やアルティの対応のおかげかと思っていたが、そこに単純に「マリアちゃんって子、なんだかちょっと怖いから」という理由も足されるのは少々……いや、かなり不本意な事実だった。
その私のショックに気付いているアルティは必死にフォローを入れてくれる。
「マリアちゃんは怖いというか、もの凄く見つめてくる感じ? とても眩しい使徒様たちと違って熱視線? あちあちの威圧感とでも言えばいいのかなぁ……? でも村のみんな、マリアちゃんが可愛いってことも分かってくれてるから! それだけは間違いないよ!」
これもまた本音。
続く男たちの声も本音だと、私には分かってしまう。
「でないと、ああも村で頼りにされていない」
「ネイシャの名を持つ私からしても、この村の一体感は見習いたいほどだった。怖れられるというのは何も悪いことばかりではないはずだ」
「『魔の毒』の性質変化を常に無意識で利用していたのじゃから、素晴らしい以外の言葉はないの」
いつの間にか、なぜか私をあやすかのような様相となっている。
とにかく不本意だった……が、返ってくるのが本音だけとなった現状は悪いものではない気がして……。私は「……ふう」と一息ついて、「もういいです。もう気にしていませんから」と口にするしかなくなる。
そのとき、ここにいる大人たちと同じ顔を最初にしてくれた人のことを思い出す。
亡き長さんも生前に、いまのと似た話をしていた。
私は危険な火種――しかし、その火は育て方次第で、村のみんなを守る灯火に変わっていく――
その意味を、いまやっと正しく理解した気がした。
そして、おそらく亡き長さんは村の大人たちみんなに、事前に同じ話を通してくれていたのは間違いない。
……嬉しい。
本当に嬉しい話だ。
ただ、その話に注意すべき点があるとすれば一つ。
――自身の持つ特殊な力は、自身で気付きにくい。
そんな学びと共に。
今度は私とティーダが『魔の毒』の訓練に入っていくことになる。
多くのわだかまりを乗り越えて、私たちは次の段階へ進んでいく。
※コミカライズ9巻が5/8に発売!
宣伝です。コミカライズの応援・予約など、どうかよろしくお願いします。
オーバーラップショップさんやアマゾンさんやらで色々と予約できます。詳しくはXや公式紹介ページにて。
後日譚は本編でできなかった説明回が続くのですが……結構使徒は嘘を吐いている+間違えている+勉強中なのはご注意を。
本物は主たちで、ティーダアルティは主たちによる作りもの寄りですね。




