05306R.アルティ・ティーダ過去編その6「十日後の村の異変」
そして、使徒たちと邂逅してから、十日後――
その日、朝から私は家に閉じこもっていた。
さほど広くない居間の中心には、ささくれの目立つ木造りの机が一つ。
厠と食料庫は外にある。私がいる居間から数歩離れると、すぐ台所だ。その台所から居間まで、軽食のパンとスープを持って来てくれた優しい母が聞く。
「なんだか、最近はアルティちゃんに付きっきりじゃなくなったのね」
テーブルで紙束と睨み合っていた私は、視線をずらしながら答えていく。
「……本当は、ずっとアルティ様を見守っていたいよ? でも、私にもやるべきことが沢山できたから」
「沢山あっても、こんな紙束や本を家に持ち込むことなんて、いままで一度もなかったじゃない。まず、あのお気に入りの地下を使わないことが珍しいわ。それも、もう何日もずっとよ?」
「…………。もちろん、あの地下のほうが作業は楽だよ」
母の指摘は的確だった。
なので、私は歯切れ悪く「今回は特別で」「ここでしかできないことがあって」と返していくしかなかった。
そんな私の代わりにはっきりと答えるのは、机を挟んで私と向かい合う男ティーダだ。
「すみません、ディストラスさん。私たち二人で確認しないといけないことが多くありまして。家を使わせて欲しいと、最初に私が無理を言ったんですよ」
彼も私と同じく、重要な紙束を前にして手を動かしている。
手慣れた様子で羽根ペンの先をインク瓶の中に浸して、柔和な笑顔を見せる。
その美丈夫ぶりに照れそうになる母を遮って、私は補足していく。
「そういうこと。だから、ここでやるしかないんだよ。それに、こんな立派でお顔のいいお方と地下で二人きりになるなんて……。想像するだけで緊張して、手の震えが止まらなくなるからね」
様々なリスクを踏まえて、仕方なくここでやるしかなくなっている現状に、私は怒りを覚えて手を握り締める。
対して、ティーダは無駄に紳士ぶった物言いで返していく。
「こちらも同じ気持ちだ。あの君と狭い部屋で二人きりだなんて、想像するだけで胸の鼓動が速まって止まらない」
「そうですかそうですか。だからと言って、わざわざ長様のお屋敷でなく、母の目の届くところに仕事場を選んだところが……。素敵な心遣い、感謝致します」
「礼は要らない。ここが君にとって最も心安まる場所だろうから……というのとは別に、一人娘である君を私が独占しすぎるのはいけないと思ってね」
「はあ? 別に父や兄は、夜には狩りから帰ってきますから。全く要らない心配でしたね」
卑怯な言い回しをする男だ。
あと失礼なことに、向こうは向こうで二人きりになると私に襲われると本気で思っているようだ。
……まあ、それは的中している。
けど、そこまで怯えられるほどのことはしないつもりだ。ちょっとした襲撃と尋問で、ファニアについて調べるくらいだ――と本気で襲撃チャンスを測っている私は、か弱い女性のように身を縮こまらせる――のを向こうも気付いているので、さらにティーダは紳士的に振る舞って、少女を心配する素振りを深めていく。
という私たちの水面下での牽制合戦を前に、母は目を見開く。
「驚きました……。本当に、通じているのですね。この数日、ずっと見ていましたが、いまの言い合いで確信しました……」
私たちの思惑全てを母が見抜いているということはないだろう。
しかし、対等に皮肉を言い合っているのは察したようで、その事実に喜色を浮かべた。
「正直なところ、アルティちゃん以外でここまでマリアと仲が良い人は初めて見ました。その佇まいの通り、本当に賢く、器の大きなお方なんですね」
的確だけれど、予想外の反応でもあった。
皮肉を言い続けていたティーダは罰が悪そうに顔を伏せるしかなくなる。
「……い、いえ。この私が賢いだなんて。ディストラスさんのお子さんほどではありません」
「私にはあなたこそが本当に思慮深く賢いお方だと感じましたよ。もちろん、どちらも真面目で、真っ直ぐで、疑い深くて……。ああ、やっぱり。なんだかどこか少し、二人は似ているんですね」
くすりと母は笑う。
その身内からの評価には、流石の私も言葉が詰まってしまう。
「…………」
「…………」
否定したくて視線を動かして、互いの目が合ってしまう。どちらも「おまえが否定しろ」と睨み合ったあと、仕方ないといった風にティーダが母に聞く。
「私たちが似ているというのは、その……。ディストラスさん、どのあたりでしょうか?」
「え? ええっと、だから、どちらもすっごく賢そうで……。目つき? あぁっ、目のあたりが特に似ているのかしら?」
内面の類似部分が他になかったので母は困ったのだろう。
私とティーダの顔を見比べたあと、外見の類似点を見つけた。
「どちらも凜々しくて、鋭くて、とても格好のいい目をしていると思いますよ」
そのとき、母は満面の笑みだった。
当然私は忌々しげに目を背ける。ティーダも納得できないようだが、体面は取り繕って「それは、その、ありがとうございます」と形ながらの礼を言った。
それらの反応も含めて、私たちが似ていると思っているのだろう。母は素直になれない子供たちを見るように、ティーダと私に頷き返してから動く。
「それじゃあ、私は外に用事がありますので。そろそろ失礼しますね」
そう言って、急ぎ軽い身支度をしてから家を出て行こうとする。
その様子から、時間を捻出して私たちの食事を用意してくれたのは伝わったようで、ティーダは伝え返してしまう。
「ディストラスさん、このご恩はいつかお返します。必ず」
声色で本心からの約束だと、すぐ私には分かった。
「ご恩って、こんな軽いもので?」
「食事だけではありません。この十日間、何度もお茶を頂きました」
「そんなに立派な物じゃありませんでしたけど」
「あなたのおかげで腰を据えて、落ち着きながら仕事ができたのは間違いありません。いや本当に助かったんですよ」
こいつ……。
まるで私と二人は本当に怖くて怖くて落ち着かないとでも言わんばかりだ……。
ただ一応、私の母の気遣いに心から感動しているのは間違いなさそうだった。
「だから、そうですね……。一段落したら、ご招待しますよ。あなたたちご家族全員を」
「招待って、例の南のファニアですか?」
「ええ。自慢の街ですので」
その約束は……流石に全てが善意ではなく、打算も混じっているな。
それを母も察したのか、ただの社交辞令と思ったのか、軽く「機会があれば、ぜひ。ありがとうございます」と答えて、急ぐままに小走りで家から出て行く。
その背中を私とティーダは見送って、すぐさま自らの前にある紙束とまた向かい合った。
当然ながら、家の中は静まりかえる。
ただ、先ほどの会話を反芻していく途中、頷けなかった部分を掘り返す。
「……目つきが似てるらしいですが?」
「いい意味には取れない共通点だ。そちらも同じだろう」
話は早く、どちらも母の評価に小さく首を振った。
「ええ。あなたみたいな澱んだ目と同じだなんて、心外ですから」
「こっちはその目に睨まれるだけで落ち着かないんだ。その目と平和主義の私が似てるなんて到底思えないな」
「……その目と言いつつ、もう私とは絶対に目は合わさないんですね。ご主人様に怒られたからですか?」
目について話しながら、ティーダは目を伏せ続けている。
母と話していたときにはしっかり目を見て話していたので、おそらくだが私相手には特別な言い含めを受けている。
以前の諍いを見咎められて、単純に「これ以上の火種は作るな」「特にあの危険な子供相手は気をつけるように」あたりか。
という私の考えを視線から察したティーダは、大きく首を振る。
「あの日の君が理由じゃない。元々普段から私はそうしていたんだ」
「普段は伏せがちにしていた……。嘘ではないですね。そうしていたからアルティ様は、あなたのことを憂いを帯びた従者様と最初は勘違いしていたようです。私相手にも、ずっとそうしてくれたらよかったんですがね」
「あれはそっちが睨んできたからだろ。私は悪くない」
こちらも悪くない。
どちらも仕事をしただけ。
というのはもう分かっているので、そこから話が拗れることも発展することもなく終わって、次の仕事について話す。
「あと、先ほどの私たち家族をファニアに招待するという話ですが」
「おい、あれは口説いたわけじゃないからな。純粋にお礼を――」
「わかってます。怖い私との間に入ってくれた母に、本当に心からのお礼を言っただけでしょう。なので、私が言いたいのは別。あなたの故郷が非常に遠いという話です」
「ファニアの街で若い奥方と話していると、よく口説いていると勘違いされやすいんだが……。この点だけは君の『目』に感謝しよう」
「馬鹿にしてるんですか? それより、ファニアまでの道のりにどれだけの厄介事があるのかを理解してますか? しっかりと安全が確保されるまで、村人の移動は私が許しません」
「もちろん、その確保が済んでからだ。そして、安全確保の証明と宣伝として、君たち一家の移動を利用したい」
私相手に打算の中身は隠しきれないとティーダは白状した。
そして、その内容は頷けるもので、もしファニアに向かうなら村で腕の立つ者たちを私でも選ぶことだろう。
「私の作った地図がここにあります。道はこう続いていますが、その両隣の森は薄暗く、危険です」
「森の奥に良からぬ輩が多く潜んでいると言いたいんだろう? おそらく、西の飢饉から抜け出してきた組織的な賊だ。だが、心配は要らない。ロミスと共に、その賊どもを捕らえ、情報を吐かせていく予定だ。そして、西の土地も含めて、ファニア領として全て纏め上げる。元々私たちで、この領土を掃除していく長期計画は立てて来たんだ。だから、ここも、ここも、ここも――」
そう言いつつ、私の広げた地図をティーダは迷いなく指差していく。
指で示された場所とその順番は、私の頭の中にあった予定表と変わらなかった。こちらが用意していた文句は潰されていき、反論の言葉がなかなか出てこなくなる。
それを確認したティーダは、締め括りとなる提案をする。
「近い内、私たち以外の者も噂を聞きつけて村にやって来るだろう。その前に道の周辺は徹底的に抑える。問題の起きそうな不安の種も含めて全て、必ずな」
「そして、既に村はファニアの手中にあるんだと、どこから見てもわかるようにするんですね?」
「そちらにも悪くない話のはずだ。君の気にしている村の安全は格段に高まる」
「……私もあなたと一緒で怖がりです。なので、いまの考えには同意見です。人の往来が増える前に潰せるところは潰しておきたい。以前からずっと、そう考えていました」
「君ならそう言ってくれると思っていた。私たちはそれなりに腕はたつが、少々臆病なところが欠点だからな。気の済むまで事前準備を積み重ねよう」
私は首を振れず、頷き返す。
もし、事前に潰し損ねた種によって主に身の危険が襲い掛かるなんてことがあれば、向こう十数年は後悔し続けてしまうだろう。
ティーダも従者として、私と同じのはずだ。臆病ゆえに私たち従者は、いつも主の隣にいたがる。
ただ、それは支えているように見えて――その実、強い人の後ろに隠れているところもある。その負い目があるからこそ、私たちは矢面に立たせた主を決して傷つけまいと常に必死なのだ。
「…………」
「…………」
考えながら、少し前に亡くなった長さんの顔が頭に浮かぶ。
あのとき交わした会話も、約束も疑問もだ。
……やはり、いま私がやっていることは「身代わり」と何も変わらないのかもしれない。
後ろから支えると言いながら、いまみたいにアルティの傍にいられていない。主の力になれる手段を根本から考え直さないと――
「なあ。君は太陽というものを知っているか?」
そのときだった。
唐突だったが、顔をあげた私の口から答えはすんなりと出てくる。
偶然かも知れないが、それは私にとって自然と答えられるものだった。
「昔の物語に出てくる天高くに灯った明かりのことですね。本で知ってます」
「そう。世界全てを照らし、暖める灯のことだ」
「本当にあるならば、夢のような話です。篝火の手間も要りません。『青い空』を見上げると、いつも温かな太陽から光が降り注いでくれるなんて」
「そして、『青い空』を見上げる私たちの身体は暖かく――常に大きな影ができる。私も本で知った口だが、影というものは大体が太陽とセットだ」
それも知っている。
というか、似た書物から同じ情報を得ている疑惑があるな、これは。
あらゆる記録や歴史書、宗教書で特に〝太陽〟という言葉が頻出しては、その度に〝影〟という存在は付き纏っていた。
「その影のように、私はロミスを支えたい。ロミスの治めるファニアが、この世界を照らして温めるような国になると……、そう強く信じているからだ。君はどうだ?」
そして、同意を求められる。
私は驚きつつ、相手の顔を窺った。
真剣だ。珍しく真っ直ぐ、私を見据えている。
少し前の私ならば、下手なパフォーマンスだと彼を疑っていただろう。しかし、今日までの間に「嘘偽りは死罪」と、何度も彼に繰り返している。ちゃちな詭弁は私を怒らせるだけと知った上で宣っている夢物語ならば――
「流石に私は身の程を知っています。もし、あなたと同じ影でも、もっと小さいものでしょう。たぶん、外にある篝火に出来た影程度。あなたたち二人の作る国の夜を、少し照らす道灯りくらいでしょうかね」
少しだけなら。
その夢物語に付き合ってもいいくらいの縁はできていた。
それを聞いたティーダは「ふぅ」と一息ついて、怯えるように視線を落として「そうなってくれるならば、嬉しいことだ」と答える。
怖がりすぎだ。
そんなに私と視線を合わせるのが嫌かと微笑しながら、「そちらこそ、なってくれないと困りますから」と答えた。
――その応答は、この十数日の総まとめのような気がした。
まだ課題は一杯だ。
私たちは従者として未熟で、主を支え切れていない。
しかし、従者仲間として協力して、この村や領を発展させていく。
その成果が口だけではなく、実を結び始めている。
不本意ながら、そんな確認をしかけたとき――
「――――っ!?」
私は身を震わせて、席を立つ。
遠くに聞き耳を立てて、すぐさま視線を窓の外に向ける。
それは狩人としての癖であり本能だったが、対面していたティーダは自分に失言があったのかと恐る恐る聞いてくる。
「ど、どうかしたのか?」
「遠くで何か、ざわついています。村の灯りも様子がおかしい」
ちょっとした騒音程度ならば偶然だ。
だが、窓から差し込む光量にも変化があったのを見逃さなかった私は、迷いなく行動に移していく。
「だから、行って見てきます」
端的に答えたあと、すぐさまテーブルの上の作業は全て放り投げて、家の玄関にたてかけてある弓を取った。さらに短剣などといった最低限の狩り支度も済ませていく。
背中から「どこへ!?」と叫ぶティーダの声は置いて、急ぎ家の外に出る。
どこへの見当は付いている。
感覚で村の全てを把握している私は、異常を示す音の鳴る方へと迷いなく駆け出した。
駆けること数十秒。
村の中心部あたりにある物見台の下に、多くの村人たちが集まっていた。
誰もが困り、焦り、どよめているのを見回すこと数秒後、その中から私は運良く親しい顔を見つけた。
「お母さん、何があったの?」
「マリア! ま、薪小屋のほうでモンスターが――」
「まず私が行く」
方角だけ把握して、子細は聞かない。
誰かと足並みを揃えるよりも、抜きん出ている私だけで先行したほうがいいからだ。
周囲の大人たちも分かっているので、一声かける邪魔をすることさえなく道を空けて送り出してくれる。贅沢な理解が、こういうときも本当にありがたい。私独りの狩りこそ、最も被害の少なくなる解決策だと誰もが分かってくれていて――
「マリア・ディストラス!! 私も同行する!」
だが、今日は条件が少し違った。
村の中心で足を止めた数秒で、後ろからティーダが追いついてきていた。
その腰にはしっかりと剣が携えられている。私の顔色と態度から、これから起こることを薄らと予感したのだろう。
付いてこられて、自衛もできる――ならばいいと私は頷き返して、また駆け出す。
一カ所に集まり始めている男たちの自警団の横を抜けて、その中心となっている父に一瞥だけくれて、いつものように誰よりも速く走っていく。
誰よりも先に到着するのが私の役割だ。
だからこそ、僅かに遅れている同行者に少し苛立ち、怒号を飛ばしてしまう。
「足が遅い!」
「これでもっ、街では随一なんだがなっ……!」
ティーダは腰に佩いた剣を持ち直しながら、愚痴った。おそらく、装備の重さが違うと言いたいのだろうが、それを言えばこちらの身体は一回り小さい。
これ以上の弱音は聞かないと、私は駆ける速度を上げていく。
さほど広くない村の北端に辿り着くのに、そう時間はかからない。
森の手前。
例の鍛錬に使っていた広さのある空間を遠目に確認できるところまで辿り着いて、そこに見知った顔がないのを確認する。
代わりにいるのは、魔の毒に冒された獣たち。
姿形は通常の狼と似ているが、体躯と爪と牙のサイズが全くの別物で二倍ほどの大きさを誇る。人肉を好み貪り続けた果てに異形化したと言われている凶悪なモンスターだ。闇にまぎれやすい黒の丈夫な剛毛が特徴的で、黒い狼と呼ばれ村では怖れられている。
夜に活発で孤高なはずのモンスターたちが、なぜか十数体も。
集団となって固まって動いている。
私が距離を取って立ち止まったことで、既に黒い狼たちはこちらの存在を気取っていた。
けれど構わず視線を切って、周囲を見回していく。ここまで来ると、必要なのは視覚情報だけではない。肌で感じる必要があった。第六感と言っていいものに、頭の中にある村の地図を照らし合わせて、その『目』で状況の流れを感じ取っていく。
『魔の毒』の密度が濃いところを見つけるのはすぐだった。
村の最北端には薪小屋以外にも小屋が一つある。
住まいではない。村の共同の物置だ。
その周囲にある篝火の灯りがいくつか倒れて、消えている。
もう確信しているが、確認のために地面に耳を当てて、振動を聞き分けていく。
モンスターとは違う生物が二つ、物置小屋の中にいる――
「はぁっ、はぁっ……!」
そこで息切れしたティーダが遅れて到着する。
遅い。が獣のような動きと呼ばれる私に、一応ながら対等に付いてこられている。
頭の中に浮かんでいる作戦に彼も組み込みながら、状況説明を始める。
「あちらの小屋にアルティ様がいます。呼吸が乱れていて、おそらく余裕がありません」
「はぁっ、はぁっ……。もしかしてだが、ロミスもか?」
「二人揃っています。おそらく、怪我をしている……というよりも、疲労困憊かもしれません。例のあの鍛錬で、両者共に」
呼吸までよく知っているアルティと違って、ロミスのほうは確信が持てない。
しかし、十中八九そうだと頷く私の勘をティーダは疑わなかった。
私は私の『千里眼』という謳い文句にかけて、拙速ながらも作戦を提案していく。
「小屋の扉も窓も締め切られてはいます。けれど、いつ破壊されて侵入されるか分かりません」
「……違和感だらけだ。棒立ちの私たちを見ても、モンスターがこちらに寄って来ない。弱った獲物が小屋にいると気付かれているのか?」
「そう見ています。なので、いますぐ私が囮となって引きつけたいと思います」
「わかった。その間に私が逆側から小屋に近づこう」
「……ランズ様。どうか、アルティ様の安全も頼みます」
「もちろんだ。彼女は優先順位の二番目に考えている。ここから灯りの多い村の中心部まで、この命に代えても彼女は連れだそう」
「…………っ!」
二番目であったことに私は驚く。
もしティーダが自身を守りきれないと判断したら、アルティは見捨てられる――という前提の作戦だったが、その返答が嘘でないと『目』で視た私は、深く感謝しながら行動に移していく。
背負った弓を無駄なく構えて、矢をつがえていく。
その間に、ティーダはやってきた道を戻りつつ少し逸れ、森の中に紛れ込もうと駆けていった。
戦場からティーダが消えたのを確認した瞬間、私は挨拶代わりに「こっちだ!!」と叫びながら、モンスターの集団の中心部に向かって矢を放つ。
作戦開始の動きは迅速だった。
理想的でもあった。
声はなくとも呼吸は完璧に合っていたのだが――それに対応するモンスターたちの動きが余りに予想と違い過ぎた。
「――え?」
放った矢はモンスターに命中して、突き刺さった。
しかし、しっかりと群れに被害が出たというのに、モンスターの集団が反応したのは半分だけ。
叫ぶ私を敵として見据えた半分以外は、全く別の方向に意識を向けていた。
経験上、野生のモンスターではありえない反応だった。
知性ある人間の集団でも、こう綺麗に半分とはならない。
まるで指令を受けた部隊のように意思統一がされていて、見事に集団が二つに分かれている。
そして、私相手でない集団が見ているのは、少し逸れて森のほう。
先ほど茂みの中に入っていったティーダを明らかに警戒していた。
「そんな――」
馬鹿なと零す前に、モンスターの集団は動き出す。
二手に分かれた私たちを各個撃破するかのように、迅速に。
「――――っ!」
堪らずティーダは潜み進むのを諦めて、開けた空間に駆け戻ってきた。
森の中では四足モンスターの方が有利と判断したのだろう。すぐさま私の所まで戻ってきながら腰の剣を抜く。同じく私も、いくらかの先制射撃を放ったあとに弓矢を地面に落としてから、腰の短剣を抜くしかなかった。
大きく迂回して後方を取ろうとするモンスターもいた為、自然と私とティーダは背中合わせに近いポジションを取る。
そして、そのときには既に、先頭のモンスターが私の目の前に飛びかかっていた。
一瞬の交錯だ。
敵の牙を、私は身体を横にずらし避け――様に爪も降りかかるのを、短剣で弾いた。さらに後ろから続くモンスターも同様に捌いていく。遠巻きに側面や背後を取ろうとする個体もいるが、しっかりと視界に入れて把握できているから問題はない。
「ふうっ」
唐突な奇襲を受けたが、私の身体は経験のままに動いてくれた。
このモンスターを相手にするのは初めてではない。囲まれたこともある。森の中、徹夜続きのあとに戦うのと比べると、いまの私は万全すぎる。このまま捌き続けて、隙を見て一匹ずつ減らせば――
「――くっ!」
しかしティーダのほうは私と違い、数度の襲撃を受けたあとに呻き声をあげた。
仕方なく、モンスターたちの隙を見て背後の状況を確認する。
そこには敵の猛攻によって、丁度手から剣を弾かれたティーダの姿があった。期待していた戦力に満たない姿に、思わず私は叱りつけてしまう。
「その雰囲気で! 剣っ、弱いんですか!?」
「ふ、普通程度だ! 貴族は脅し持つだけで、別に達者なわけではない!」
私のほうは戦いながら目をやる余裕すらある。
このままだと生き残れるのは私だけだ――という心配は要らないと言うように、ティーダはゆったりとした服の懐から小瓶のようなものを取り出す。
「こちらは気にするな! 私用の武器が別にある!」
そのまま、投げつけた。
モンスターに当たることはなかったが、小瓶は地面で砕け散り、中身の液体が撒き散る。
奇妙な煙をあげて、強い異臭を放っている。
おそらく、モンスター避けの調薬か何かだろう。モンスターたちが即座に液体の溜まりか距離を取ったことから、直球で毒薬の可能性もある。
さらに続けて、ティーダは正体不明の液体の小瓶を、煙の壁を作るように投げ砕いていく。
その金額では数えたくないほどの大盤振る舞いによって余裕ができたティーダは、こちらに確認を取ってくる。
「それよりも、使わないのなら弓のほうを借りる!」
本当に剣は誇示と威嚇用だったようだ。
すぐさま私は足の甲を使って、地面にある弓と矢筒を優しく蹴り浮かした。それを器用に受け取ったティーダは弓矢を構える。
剣を扱うときの不器用さから獣じみて速いだけかと思ったが、その動きは中々に軽やかだった。そして、薬品の煙を嫌って離れたモンスターたちを射貫き出す。体格の違う私専用の弓を使っているにしては合格点を出していい正確さだった。
これなら、話は変わってくるな……。
むしろ、撃退という目的ならティーダの戦い方に合わせたほうがいいか……?
ときには違う方向から無理に突撃してくる敵もいた。だが、それにティーダは慣れた手つきで懐の小瓶を投げ当て、丈夫な黒い剛毛を溶かして悲鳴をあげさせていく。
合わせて、私の立ち回りも変わっていき、射手を守るように動くことになる。
元より、こういった護衛する戦い方に私が慣れているというのもあった。
その即興で流動的なコンビネーションは、私たち二人に適していたが――
無敵というわけでもない。
持久戦に希望が見えてきたものの、まだまだ足りないものは多かった。
森の奥から予期せぬ援軍が現れれば、それだけで私たちは最大目標を失う。
すぐに矢も尽きるだろう。
ならば最悪、私が囮になってでも、この場は――
「決闘代行人――」
「ああ、もう仕方ない――」
その判断したのはティーダも同じようだった。
何かを覚悟した様子で、矢が尽きるのと同時に懐から新たな小瓶を取り出し、強く握り締めた。
僅かな逡巡があった。
秘蔵なのだろう。
しかし、その小瓶を器用に片手で開けて、飲み干すまで一瞬だった。
そして、私の『目』に映るのは、溢れ出す『魔の毒』。
油を注いだかのようにティーダの纏う『魔の毒』が燃え盛っていく。合わせて、彼の口から咆哮が響く。
「ぐっ、ぁあっ、あぁあああっっ! あああおおぁあああアアア■アア■ア■■■ッッッッ――!!!!」
声だけで全身の肌が痺れる。
人のものではない。しかし、獣でもない。
見ての通り、奔流する『魔の毒』そのものが激震しているような叫びだった。
途端、状況が一変する。
なにせ私を含めて、全てが――全生物が咆哮に鼓膜を打たれて、視線を動かしたからだ。
いまの咆哮に驚き、苛立ち、不快を覚えて、困惑しながら、叫ぶティーダを睨む。
睨まされてしまう――
「なっ! こ、これは――」
「ァアアぁアアッ、アアアアアア゛アア゛ア゛ッッッッ――――!!!!」
その影響に私も僅かながら巻き込まれたからこそ、困惑しつつ状況を正確に理解できた。
おそらく、『魔の毒』を利用した――いや、その一つ先をいっている『魔人』というやつの特殊な能力だ。
この咆哮には、耳にした生き物の精神に影響する力がある。
それも戦場で重要な悪感情を、一瞬にして全て自分に集めるという反則的な力だ。
結果、モンスター全ての視線がティーダに奪われる。
それは余りに隙だらけ過ぎた。
なにせ影響が僅かだった私だけが、全生物の中で視線の自由を取り戻せてしまったから――
「――――っ!」
咄嗟に私は、急所の首が丸見えの直近のモンスターを一呼吸で仕留めてしまう。
しかし、それでもまだ異常は続いていく。
断末魔と共に、血の噴水を作って倒れる仲間がいるというのに、まだモンスターたちは私に背中を見せ続ける。視線をティーダにだけ向け続ける。
先ほどまで見事な連係を見せていた敵たちだからこそ、異常の際立った光景だった。
それどころか次は、これまでの群れの優位をモンスターたちは全て捨てて、バラバラの足並みでティーダへふらふらと近づいていくのだ。
「ふっ――」
私が次のモンスターの急所を一突きするのに苦労はなかった。
そして、さらに次のモンスターも。
次々と順番に私は敵を処理していく。
処理できてしまう。
「こ、これは……」
戦場は恐ろしく異常で、奇妙で、容易となってしまった。
モンスターたちはティーダに襲い掛かりはしても、統制の全くない動きゆえに詰め切れない。
その裏で、私が生き物をただただ屠殺していく。
ただそれだけの戦場。
そんな不安と安堵を同時に覚える殲滅戦が進んでいった。
※コミカライズ9巻が5/8に発売!
宣伝です。コミカライズの応援・予約など、どうかよろしくお願いします。
オーバーラップショップさんやアマゾンさんなどで予約できます。詳しくはXや公式紹介ページにて。
いつも通り火曜と金曜の夜八時に投稿すると思います。
コミカライズ3巻の巻末SSの連合国レストラン個室(狭い部屋で二人きり)で食事するティーダとアルティまで繋がるようにこの後日譚を書いていますが……、そこまでいくのは時間がかかりそうです。ゆっくりですみません、キリの良さそうなところ(5話くらい?)で今回は終わりです。よろしくお願いします。




