奈央は自由に生きていく
しばらくして、奈央の力によって俺の体も回復してきたようだ。
それでも、俺は奈央の膝の上から動かなかった。
今ここで起き上がってしまえば、奈央がまた、いつものように俺から少し距離を取ってしまう気がした。
「なぁ、奈央」
「はい──」
俺の髪を撫でていた手が、ゆっくりと止まる。
「もう、自由にしてもいいんじゃねぇか?」
奈央は俺が何を言いたいのかすぐに察したようだった。
もう、過去の罪で苦しまなくていいということ。
「奈央が何を思って人間滅ぼしちまったのか知らねぇけどさ……この一ヶ月、俺は奈央に十分優しさをもらったよ」
毎朝、起きれば飯があった。
俺が困ったら、何も言わずに助けてくれた。
妖怪が怖くて、この世界で1人では何もできなかった俺を、奈央は支えてくれた。
「千年間も苦しんできたんだろ? じゃあ充分じゃねぇか。もう過去に苦しむ必要なんてねぇ」
「ですが──」
「人間の俺が気にすんなって言ってんだ」
奈央の言葉を遮るように、少しだけ強い声で言った。
「懺悔のために、俺なんかの世話を焼かなくていい」
俺は、できるだけ軽い調子で笑った。
「好きなところへ行って、好きなもん食って、好きなように笑って生きろ」
「零様──」
「俺のことは心配すんな。なんとか生きていくよ」
これで、俺と奈央の関係は終わりだ。
人間のために懺悔するんじゃなくて、自分のためにまっすぐ前を向いて生きていってほしい。
それが、俺の願いだ。
「……少し、眠くなってきちまった」
安心しちまったのか、疲れ切ったのか。
それとも、奈央の膝枕の影響か、とんでもない眠気が、俺を包み込んでいく。
「ほんの、少しだけで……いいから、このままでいてもいいか?」
俺が奈央に頼む、最後の世話だった。
奈央はしばらく、何も言わなかった。
やがて俺の髪を、壊れ物に触れるような手つきで撫でながら、小さく答える。
「はい──仰せのままに──」
その声は、震えていた。
良いもんだ。
信頼できる誰かの側で眠るというのは。
俺はこの世界に来て初めて、ようやく、ぐっすりと眠れる気がした。
目が覚めたら、俺は自分の家の布団の中だった。
きっと、眠っている間に奈央が運んでくれたのだろう。
辺りを見渡しても、奈央は、もういなかった。
静かになった家に、傍に誰かがいない現実に、寂しさを覚える。
でも、これでいい。
あいつはあいつで、自由に……
「ん?」
俺はある違和感に気づいた。
部屋の外から、匂いが漂ってきたからだ。
「この匂いは……」
白米に味噌汁、焼き魚。
そう、この一ヶ月で、毎日嗅いだ……
「……!」
俺は跳ね起き、布団もそのままで部屋を出て、廊下を駆け抜けた。
「──おはようございます」
「……!」
一番、聞きたかった声だった。
そこには、いつもの人間姿の奈央がいた。
揺れる一本の尻尾と、狐の耳。
いつもと変わらぬ微笑みを浮かべて、台所に立っていた。
昨日までと何も変わらぬ朝が、そこにあった。
「な、なにしてんだ?」
「いつも通り、です──朝食を、用意していました」
「いや違うじゃん! 言ったろ!? もう自由にしていいって! なのに何でまだここに……」
「──はい。自由に、してますよ? 私は、私の意思で──ここにいるのです」
その声に、迷いはなかった。
「貴方と、共にいたいのです」
その一言で、心にあった引っ掛かりが、消えていった。
奈央のためを思って、送り出した。
でも、いくら奈央のためと言っても、やはり、寂しかった。
こうなる事を、心の底で、望んでいた。
俺は思わず笑ってしまった。
「いいのかよ。俺にとって良い事しかないけど」
「はい──私にとっても、です」
奈央も、小さく笑った。
テーブルには二人分の朝食が並んでいた。
「さぁ──一緒に、食べましょう」
「あぁ」
俺たちは食卓を囲む。
一人で始まった異世界での生活は
もう、一人ではなかった。
「「いただきます」」
おい腐れ女神、見てるか?
テメェの思い通りになるのは癪だが、いいだろう。
この世界で生きてやるよ。
ただ、ハーレムスローライフを送らなくても文句言うなよ。
俺の人生は、俺が決める。




