俺は意味不明な力を出す
「コイツはその昔、お前たち人間を滅ぼした九尾の妖狐よ!」
「──」
その言葉に、頭が一瞬、真っ白になった。
「1000年前、戦争で勝利した妖は人間を奴隷にしようとしていたのさ。なにせお前達は俺たち妖に莫大な力をくれるんだからな」
黒鬼の目が、奈央へ向く。
「だがこの女狐が人間を一体残らず滅ぼしちまったせいで、俺たちは人間から力を得られなくなった!! その罪によって他の妖から狙われ、今となっちゃ妖力もほぼ失った哀れな女狐だ!」
その黒鬼の言葉で、俺は一緒に飯を食った時のことを思い出した。
『そっか……その戦争で人間は妖に滅ぼされて、絶滅しちまったってことか?』
『──』
あの時、奈央が何も答えなかったのは、そういうことだったのか。
戦争によって滅んだというのは、厳密にいうと違う。
自分が滅ぼしたから──
「──」
奈央は、諦めたように項垂れていた。
弁明も何もしないのが、何よりの証拠だった。
「コイツがお前と一緒にいたのも、隙を見て殺そうとしてたに決まってんだろ! なにせ宿敵だからな! 妖狐と人間は!」
俺は奈央を見た。
奈央は、こっちを見なかった。
見られなかったのだろう。
「哀れな人間だ。人間は希少種ゆえ、本来ならお前も売り物にしたいところだが、また妙な力で暴れられたら敵わねぇ」
黒鬼の巨体が、うずくまった俺の前に立つ。
「じゃあな」
先ほどの地面を抉った一撃が、俺の頭上に振り下ろされた。
俺を呼ぶ奈央の叫び声が、どこか遠くで聞こえた。
「……してねぇよ」
「……は?」
黒鬼の棍棒が振り下ろされた直後だった。
頭上から、黒鬼の間抜けな声が聞こえた。
そりゃ驚くだろうな。
俺自身も驚いてる。
「奈央は、俺を殺そうとなんか、してなかったっつってんだよ」
あの一撃を、ただの人間が両腕で、体全体で受け止めたんだから。
「お前……! どうやって受け止めた!? まだ力を隠していたか!」
「……力?」
そんなもん、ねえよ。
俺の両腕、両足、体全体から血が噴き出る。
両腕は折れた。
多分両膝も。
視界が赤くて、目からも鼻からも血が出ていた。
立ち上がることはできない。
激痛に耐えられているのは、喋ることができているのは、アドレナリンが出ているからか。
俺はもう死ぬだろう。
それでも、俺は言葉を紡ぐのを辞められなかった。
「この1ヶ月、ずっと見てきたから、嫌でもわかるんだよ」
洗濯も、掃除も、買い物も、壊れた家の修理も。
頼んだわけでもないのに、俺が困らないようにと、あいつは何でもやってくれた。
妖怪が怖くて仕方なかった俺が、少しでもこの世界で生きていけるようにと。
「俺の世話を甲斐甲斐しくする姿に、怒りも憎しみも……何もなかった」
奈央は人間を恨んでなどいない。
俺を殺すために近づいてきたわけじゃない。
そんなこと毎日顔を合わせてればわかる。
そして──
俺は、『ある夜のこと』を思い出していた。
喉が渇いて、夜中に台所へ向かった時だった。
奈央の部屋の前を通りかかった俺の耳に、押し殺した泣き声が聞こえてきた。
襖の向こうから。
『ごめんなさい……ごめんなさい……殺して……滅ぼして……ごめんな、さい……』
「人間に対して泣きながら謝罪している姿を見れば……わかるんだよ」
霞む視界に負けず、荒い息を吐きながら、黒鬼を睨みつけた。
「理解できるか? 罪滅ぼしだろうがなんだろうが、かつて自分と戦った種族に頭を下げて、必死で世話焼くソイツの凄さが」
俺は、奈央の方を見た。
霞んでよく見えないが、こちらを見ている。
好都合だ。
ただ伝えたい。
『お前の優しさで、俺は救われた』ってことを。
「奈央の凄さは、お前らなんかには一生わかんねぇよ」
「あぁそうかい。興味もねぇ」
黒鬼がもう一度、棍棒を振り上げた。
「すまん……奈央。助けてやれなくて」
もう、次の一撃を防ぐことはできない。
無慈悲に、振り下ろされた棍棒を最後に見て、俺は目を瞑った。




