奈央は一緒にご飯を食べる
奈央はいつも俺より早く起きている。
朝ごはんの支度をして出迎えるためだ。
俺がいつも起きるのは午前7時。
奈央はそれより1時間早く起きる。
奈央は今日も、6時に起きた。
「──おはようございます。零様」
「あぁ、おはよう」
台所の入口で立ち止まった奈央は、目をぱちぱちと瞬かせた。
味噌汁の湯気が立ち上る台所で、いつもは寝ているはずの俺が、フライパンを握っていたのだから。
奈央の狐耳がぴくりと動く。
そして少しだけしゅんと垂れ下がった。
「申し訳ありません──私のお料理に、なにか問題が──」
「あぁいや、そういうことじゃなくてだな……たまには俺も作ろうと思っただけだよ」
そう言いながら最後の皿をテーブルへ並べる。『2人分』の、朝食だ。
「一緒に食べようぜ」
「───」
俺の提案に、奈央はまた瞬きを繰り返した。
「──宜しいのですか?」
「なにが?」
「私は、その……妖──ですが……」
「いいんだよ。2週間もひとつ屋根の下で暮らしてんだ。流石に慣れたわ」
奈央は一瞬だけ目を丸くした。
その様子を見て、俺は肩をすくめながら席に座る。
「ほら、座んなよ」
「──はい」
少しだけ躊躇っていたが、俺に促されて奈央も席についた。
「奈央の作ったヤツほど美味くはねぇがな。味には期待しないでくれ」
俺が手を合わせたのを見て、奈央も手を合わせる。
「いただきます」
「──いただきます」
用意したご飯はご飯に味噌汁、卵焼きと塩鮭。
味付けは俺が前の世界でよく食べていた味付けだ。
奈央はおずおずと味噌汁を手に取り、そっと口を付けた。
湯気の向こうで黄金色の瞳が僅かに細められる。
「──美味しいです」
「そりゃよかった」
口に合ったのか、彼女は次々に料理を口に運んだ。
誰かに手料理を作ったことはないが、こうして喜んで食ってもらえるのは、案外嬉しいもんだ。
もぐもぐと食べる奈央をじっと見ていると、ふと視線がぶつかる。
「あの──そのように、見つめられると……照れてしまいます」
「あ、あぁ悪い。妖怪も、人間とおんなじように食べるんだなって」
背筋が伸びて、どこかのお嬢様のようだ。
それに何より──
「箸の使い方、とても綺麗だ」
「──」
俺の言葉に、奈央は一瞬、動きを止めた。
「え、ごめん、なにか気に障ったか?」
「いいえ──褒められることが、久しぶりでした、ので……えっと……」
彼女は顔を逸らし、服の袖で見られないように顔を隠した。
でも、頭から出ている狐の耳は、少し赤くなっていた。
「──ありがとう、ございます」
──なんだ、可愛いじゃないか。
妖怪が苦手な俺だが、目の前の化けギツネと、なんとなく仲良くなれそうな予感がした。
それから俺たちは、食事をしながらいろんな話に興じた。
なんてことはない。
俺の世界がどんな世界とか、料理の味付けはどうしているのだとか、好きなものはなんだとか、逆に苦手なものはとか。
同じ食卓を囲み。
くだらない話をする。
それだけなのに、奈央が随分と身近な存在になったような気がした。
飯も食い終わって、お茶を啜っている時のことだった。
ふと、以前から気になっていたことが頭をよぎる。
「なぁ」
「──はい」
「この世界の人間って、どうして絶滅しちまったんだ?」
奈央の手が止まった。
湯呑みを持つ指先が僅かに強張る。
「それは──」
言葉が続かない。
余計なことを聞いてしまったかと思い、別の話題を切り出そうとするが、それよりも先に、奈央が口を開いた。
「──妖が、滅ぼしたからです」
「妖が……?」
「はい──今より遥か昔。この世界は人間たちの時代でした」
奈央は静かに頷いた。
「古来より、人間が滅ぶよりもずっとずっと前から、妖は人々に『恐怖をもたらす存在』でした──なぜかわかりますか?」
「え、そんなん……そういうもんだからじゃないのか?」
わからん、妖が人間を怖がらせる理由なんて、考えたこともない。
「──妖は人間を恐れさせることで、その負の感情から莫大な妖力を得ることができるからです」
「……そうなのか」
妖力とは妖怪の力の源。
もっている妖力が大きければ大きいほど様々な技が使える上に、身体能力は跳ね上がるそうだ。
そうして人間から多くの妖力を得て力を増していった妖達は、人間達を倒し、この世界を妖のものにできるのではないかと考えた。
「そして今からおよそ1000年前──妖と人間の戦争が始まりました。激しい戦いでしたが、妖怪が勝利し──ここは妖怪の世界となったのです」
部屋の中が静まり返る。
茶の湯気だけがゆっくりと揺れていた。
「そっか……その戦争で人間は妖に滅ぼされて、絶滅しちまったってことか?」
「──」
返事がない。
奈央は俯いたまま黙っていた。
「……奈央?」
「──この話は、ここで終わりです」
奈央はそう言って静かに立ち上がった。
「今日はご飯に誘っていただきありがとうございました──ですが、もう大丈夫です」
「え?」
そう俺に言い放って、踵を返して居間を出ようとする。
「ど、どうしたんだよ? なんか気でも悪くしちまったのか?」
「違います」
彼女は居間の入り口で立ち止まって、俺の方に振り返った。
「私のような妖には──貴方と、食卓を囲む資格など、無いのですから──」
振り返った奈央の瞳は、少しだけ悲しそうな瞳をしていた。
「──少し外に、買い物に行ってきます」
奈央はまた深く編笠を被り、外に出ていった。
「……」
俺はしばらくその場に座っていた。
過去に妖怪が人間を滅ぼしたことについて、思うところがあるのだろうか。
俺を助けてくれるのも、罪滅ぼしをしようとしているからなのだろうか。
「……そんなこと、お前が気にする必要はないだろうに」
俺はすっかり温くなった茶を飲み干した。
その味は、さっきまでの朝食とは違って、少しだけ苦く感じられた。
現在、幽冥町では、あちこちに鬼達が蔓延っていた。
「おい! あの人間はまだ見つかんねぇのか!?」
黄鬼の怒鳴り声に、部下の鬼が肩を震わせる。
「へ、へい……探しているのですがなかなか……」
鬼達は必死になって零を探していたが、この2週間、まるで収穫はない。
「チッ……まさかあの人間が絶滅した人間だったとは……」
黄鬼はイラついてゴミ箱を蹴飛ばし、忌々しげに呟く。
「でもよ黄色のアニキ」
緑鬼がおそるおそる口を開いた。
「あいつ青の兄貴を吹っ飛ばしちまうような変な技を使うじゃねーか。見つけてどーすんだよ」
「知るか! 俺たちは泣く子も黙る紅裂霧輪組だぞ! 舐められたらしめぇだろうがよ!!」
ビビりながら聞いてきた緑鬼に黄鬼が喝を入れる。
「それに、いざとなったら黒の兄貴がぶっ倒してくれるわ」
「そ、そうだな。黒の兄貴が戦えばあんな人間一匹……ん?」
鬼たちの会話が止まり、彼らの視線が一点に集まった。
「アイツは……」
鬼達の視線の先にあったのは、見覚えのある、編笠だった。




