奈央は献身的
「異世界から来た人間──そう、だったんですね」
家に入った後。
古めかしいボロボロの居間で、俺が何者なのか全てを話した。
俺が誰で、何故こんなところにいるのか。
女神の存在まで全て。
奈央は全部信じてくれた。
神だの女神だの、神仏の類は妖怪たちの方が身近な存在なのだろう。
俺の話を一通り聞いて、奈央は何故か目を伏せた。
「今度はこっちが質問させてもらうぜ。あんた人間を知っていたな。ってことは、この世界に俺以外の人間がいるってことか?」
奈央は申し訳なさそうに眉を下げ、静かに首を振った。
「──いいえ。はるか昔、1000年ほど前に絶滅してしまいました……」
「そうか……」
何となくそうだろうとは思っていた。
あの腐れ女神の送ってきた世界だ。
人間がいたら自由研究とやらにならないだろう。
それでも実際に聞かされると、胸の奥に重たいものが沈んだ。
「じゃああんたは、絶滅したはずの人間が何故こんなところにって思って、声をかけに来たわけか」
「申し訳ありません──貴方様にとっては、辛い事実だと思います」
「いや……教えてくれてありがとうよ。ショックはショックだが、そんな過去の事実に悔いる暇があんなら、これからどうやってこの世界で生きていくかを考える方がよっぽど有意義だからよ」
悲しくないわけがない。
だが、泣いたところで現実は変わらない。
生きるしかないのだ。
この世界で。
「ただ……まぁ、正直絶望よ? 妖怪怖過ぎて、買い物すらろくに行けねぇんだ。さっきの俺の情けない姿見てたらわかると思うけどよ」
「──人間が妖を恐れるのは普通のことです」
奈央は静かに言った。
「──それでも貴方様は、勇気を出して、私を助けてくださったのですね」
「勇気なんて出してねぇって。ただ逃げようとしたら相手が吹っ飛んじまっただけだよ」
俺は頭を掻いた。
あの時の俺は必死だっただけだ。
格好いい理由なんて一つもない。
俺は話題を変えるように顎に手を当てた。
「これからどうすっかなぁ……」
鬼たちをぶっ飛ばしたのだ。
顔を覚えられていてもおかしくない。
また町へ行ったら面倒事になる可能性は高い。
だからといって住む場所を変えるとなると、それはそれでめんどくさい。
「──あの」
俺がブツブツと今後のことを思案していると、奈央が手をあげた。
「──よろしければ、私に貴方様のお世話をさせてくれませんか?」
「へ?」
思わぬ申し出に、俺の思考は一気に固まった。
「──買い物も、炊事も、何でもします。私に、助けてくださった恩返しをさせてください。私を、この家に置いていただけないでしょうか」
「いやいや待て待て! たった一回ナンパから助けられただけで恩感じすぎなんじゃないの!?」
思わず立ち上がりそうになる。話が飛躍しすぎている。
「あんたを助けたのはほんと事故みたいなもんよ!? そんな恩返しみたいなことをされるような立派な人間でもないんだよ俺は!」
「──それでも、貴方様が私を助けてくださったのは事実です」
奈央は静かに言った。
その声音に迷いはない。
「いやそうだが……」
正直言って意味がわからなかった。
なんで一回の恩で俺のことを世話したがるのか。
そもそも出会って一時間もしない妖怪のことを信用できるはずがない。
「貴方の、助けになりたいのです──お願い致します」
奈央は深々と頭を下げた。
長い金髪がさらりと肩から流れ落ちる。
彼女の目は本気だった。
警戒心も猜疑心も溶かすような、そんな瞳だった。
「ま、まぁ……ありがたい申し出だけどさ、住み込みって……親とか心配するんじゃないの?」
「親は──もういません。故郷を離れ、流浪の旅をしている身です」
余計なことを聞いてしまった。
正直言ってちょっとまだ怖い。
麗しい人の顔をしてくれてはいるが、妖怪ではあるのだ。
しかし、世話をしてくれるというのであればとても助かるのも事実。
買い物などで外に出なくて良いということだ。
幸いにもこの家には盗まれるものなんて何もない。
金は全部亜空間の中にしまってあるし、鬼を吹き飛ばした力もある。
万が一襲われても大丈夫だろう。
「……わかった」
俺の言葉に、奈央は顔をあげた。
「正直困っていたところだ。ヤクザ相手に喧嘩売って、あんまり外に出られなくなっちまったし……」
「──申し訳ありません。私を助けてしまったばかりに……」
「あぁいや別にあんたを責めてるわけじゃねぇよ……だから、その……」
俺は奈央に頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
奈央の顔は花のように輝いた。
次の日の朝。
起きて居間に行くと、なんともいい匂いが漂ってきた。
「え、なにコレ」
「なに──といいますと?」
「いや、このテーブルに並べられてるコレ」
「ご朝食です──」
今のテーブルには、豪華な朝飯が用意されていた。
白米に味噌汁、魚におしんこ、温泉卵に海苔に冷奴。
「──食べ終わりましたら呼んでください。洗い物を、します」
「……」
奈央が去った後、恐る恐る味噌汁を一口口の中へ。
「……うま」
朝飯はものの5分もせずに平らげた。
他にも……
「お掃除をしました──」
「お洗濯をしました──」
「壁や屋根を補強しました。ところどころヒビが入っていたので──」
「お茶を淹れました。温かいうちにどうぞ──」
「虫除けの香を焚きました。眠りの妨げになるかと思いましたので──」
「お洋服です。貴方様が身に付けられていたものは糸のほつれ等があったので、お手入れしました──」
「お風呂を沸かしました。少し薬草を入れてます──」
「お布団を干しておきました。今夜はよく眠れると思います──」
奈央がこの家に来て、2週間が経過した。
「それでは──買い物に行ってきます」
「あ、ああ、気をつけて」
奈央は出かける時、必ず編笠を被る。
何故かはわからないが、素顔を隠す理由があるのだろうか。
奈央を見送ったあと、この2週間ですっかり小綺麗になった居間に座り、奈央のことを考える。
「めちゃくちゃ働いてくれる」
住み込みだから宿と食費を提供しているが、それを差し引いても働きがエグい。
給料を払わなければ申しわけならなくなるレベルに。
しかし、給料を渡そうとしても「それでは恩返しになりません」と断られる。
奈央に買ってきてもらった茶を入れ、一口飲む。
──奈央のおかげで奇しくもスローライフっぽくなってきたな。
あのクソ神の思い通りになってきてると考えると癪に障るが……
それ以前に気になるのは……
「あいつ……マジでなんなの?」
2週間経ったいまでも、俺は奈央のことをほぼ何も知らない。
どこから来たのか、どんな人生を送ってきたのか、なんでこんなに俺のことを助けてくれるのか。
何も知らないのは、この2週間、奈央とほぼ業務的な会話しかできていなかったからだ。
奈央とプライベートな話は今までほぼしたことがない。
というより、奈央が俺のことを避けていた。
掃除をするときは、俺がいる部屋は完全に後回しにして、俺が飯を食っている時に掃除をしている。
ご飯も一緒に食べない。
俺が食べ終わった後、洗い物をして、ひっそり自分の部屋で食べている。
なんでかって?
決まってる。
俺が、妖を『怖い』と言ったからだ。
俺のために、なるべく視界に入らないようにしているんだ。
「……たった一回助けられただけで、ここまでしてくれるものかね……普通」
何故、ここまでしてくれるのだろう。
彼女のことがよくわからなくて、俺は頭を掻いた。




