狐の女はグラマラス
暗闇の中を体が落下していく感覚が数十秒続いた後、ようやく下の方に光が見えた。
そう思ったのも束の間、何かに体が思いっきりぶつかり、俺はその何かの上に倒れ込んだ。
「いってぇ……あのクソ神……今に見て……ろ……?」
ここがどこか。
自分が何の上に乗っているのか。
頭の中で処理が高速に終了する。
ここはいつも俺が買い物に来ている町。
目の前にいたのは、鬼。
青筋を浮かべた、青鬼と緑鬼と黄鬼。
そして、俺の下で伸びている赤鬼。
「えっ、は、ん?」
──俺、終わったかもしれない。
「テメェ赤の兄貴に何してけつかるんじゃゴラァ!!」
「どこの組のもんじゃ!? 俺たちをこの町を率いるヤクザ、『紅裂霧輪組』と知って喧嘩売ってきてんだろうな!?」
「あんぎゃあああああああ!!!!!」
非常に情けない叫び声を上げた俺の胸ぐらを、青鬼が掴んだ。
──怖い怖い怖い!! なにこれ!
厳つい極道と怖すぎる妖怪の融合!
怖い×怖いで怖さ指数エゲツないことになってる!!
「い、いいいいいいや違うんです違うんです! こ、これは俺、じゃなくて僕がやったんじゃなくてですね!」
「いやテメェだろうが! 頭上からいきなり現れやがって!」
「そ、それは、僕じゃなくて腐れ女神が……!」
──何が社会に関わらせるだあのクソアマ! もうゲームエンドしそうだよ!?
「テメェ……覚悟はできてんだろうな!!」
青鬼が拳を振り上げる。
その拳は俺の頭よりもデカかった。
──やばい! あの筋肉で殴りたら、間違いなく俺は死ぬ!
「はぁ! はぁ! いや! いや! た、たひゅ! たひゅけ!」
「……あ? 待て……お前まさか……人げ……」
「うわぁああああああああああ!!!!!」
何故か幸いにも、俺の胸ぐらを掴む力が抜けた一瞬。
俺は全身全霊の力を込めて青鬼の身体を押した。
その瞬間
ドガアアアアアアアアアアアアン!!!!!
「ごっっっぱぁ!!!!!!!」
「へ?」
青鬼の体は地の果てまで吹き飛んでいった。
「……」
しばらくの静寂の後
また俺の蹴りが届かない上空にニョキっと女神が生えてきた。
「あ、言い忘れてたけど特典であんたの体、孫○空並みの力が出せるようになってるわよ」
「なにしてんのぉ!?」
──コイツ俺の体にとんでもねぇ肉体改造してやがった!
「なによ、おかげで助かったんだからいいじゃない」
「『やりすぎ』って言葉知ってるか!? こんな力過剰だろ絶対! あの鬼死んだんじゃねぇだろうな! ギャグ漫画みたいに飛んでったぞ!」
「いいのよ。メスなんて強いオスに尻尾振って生きてる奴が多いんだから、この方がハーレム作りやすいじゃない」
「世の中の女性にいっぺん土下座してこい!」
そうつっこんでいるのも束の間。
黄鬼と緑鬼が声を上げる。
「あ、青の兄貴!」
「てめぇやってくれたな!! おい! 仲間を呼べ!! 全員でコイツをぶっ殺すぞ!!」
「い、いや! ちょ、ちょっと待ってください! ほらアイツですよ! 青鬼さんはともかく赤鬼さんはあの腐れ女神が……!」
必死に上空のカス女神に指を差す。
「あ!? 何言ってんだコイツ! 誰もいねぇじゃねえか! 馬鹿にしやがって!」
「え!? いやいるでしょ! あのアホヅラが見えるでしょ! ほらあそこ!」
「バカねー私は神よ? 貴方以外に見えるわけないでしょ」
──クソが!!!
そうこうしているうちに遠くの方から鬼の群勢がこちらに走ってきているのが見えた。
「いやぁ!! 来たぁ!!」
「待てコラァ!!」
「逃すなぁ!!」
俺は全速力で逃げた。
後ろの方から怒号が聞こえる。
怖いから振り返らなかった。
いきなりこの場所に飛ばされた俺は帰り道がわからず、リアル鬼ごっこは1時間ほど続いた。
「はぁ……! はぁ……!」
命辛辛家に帰ってきた俺は玄関先で座り込む。
周りに鬼の姿はない。
なんとか撒けたらしい。
幸い俺の家は町から少し離れたところにある。
脇腹が痛くて苦しんでいる俺の頭上にまた女神が現れた。
「はーいお疲れー。久しぶりの他者とのコミュニケーションはどうだったかしら?」
「て、てめぇ何考えてんだ! 明らかに喧嘩売っちゃいけない奴らに喧嘩売っちまったじゃねえか!!」
「しょうがないじゃない。こうでもしないとあんた一生外に出ないでしょ? むしろ感謝しなさい。これであんたも外との関わりが持てたでしょ?」
「関わりって言ってもヤバい奴らとヤバい関わりしか持ててないからね!? 今の所ハーレムスローライフと対極の位置にいるからね俺!!」
「まぁ、とりあえずこんなもんでいいでしょ。これ以上はあんまり手を貸さないから、自分の身は自分で守りなさいよー」
「おいふざけんな! この後どうすりゃいいんだ俺はー!!」
俺の叫びなんて聞かず、腐れ女神は空間の中に消えていった。
「……え、どうしよ」
──本当にどうしよ! シャレにならんくらいやばくね!?
──あの鬼どもヤクザとか言ってなかったか? あの街を縄張りにしてるなら買い物ができなくなったってことじゃねーか! どこに飯を買いに行けば……! いや、もうこの家を捨ててどこか遠くに……
「あの────」
「ぎゃああああああああああああ!!!!!」
背後から急に声をかけられ、俺の体は地を転がりながら丸める。
「すすすすすすいませんでした! お、おれほんとにヤクザに喧嘩売るつもりなんてなかったんです! だから生き埋めは勘弁してくだしゃい!!」
「お、落ち着いてください……! 私は怪しいものでは──」
「……へ?」
思ったよりも高い声に顔恐る恐る上げる。
提灯片手に白と黄色の着物を着た、深く編笠を被った、妖怪だった。
編笠を取ると、覗かせたのは、狐の顔だった。
可愛いじゃんって?
可愛くないから。
人間の体にリアルな狐の顔がくっついてんだぞ。
怖いわ十分。
声とグラマラスな体でメスだってわかるだけで、顔だけ見たら性別わからんから。
その顔からなんで可愛い声が出せるの?
しかし、敵意はないことは話し声からなんとなくわかった。
「え、えっとぉ……だ、だ、だれ、でしょうか……?」
「先程は───助けていただき、有難うございました」
狐は深々とお辞儀をする。
「私は『奈央』と申します──化けギツネの奈央です」
「さ、先ほど……? あ」
──そういえばさっきゴタゴタしていた時、近くにいたかも……もしかして絡まれてたのか? あの鬼達に……
「鬼の方々からしつこくお声掛けされていて──あの時貴方様に助けていただけなかったらどうなっていたことか……この度は、ぜひお礼に……」
そう言って化けギツネの奈央は俺に近づいてくる。
「ちょ、ちょ、礼を言われるのは、本当に、本当にあり、ありがたいんだけどさ! い、いったんストップ!」
「はい?」
「提灯を顔に近づけないで怖いのよぉ!!!」
真夜中で提灯以外の灯りが無いということもあって馬鹿みたいに怖い。
「───私の姿が怖いのですか?」
「いや本当申し訳ないと思ってるよ!? ほぼ初対面の人にこんなこと言うのは失礼だと重々承知してるけど、無理なもんは無理なの!」
奈央は俺の様子に少し考えるそぶりをした。
「でしたら、その──変化しましょうか?」
「……へ?」
彼女の提案に、俺は思わず落ち着いた。
「できるの?」
「は、はい。妖は変化が得意ですので──」
彼女がそう言うとドロンッと奈央の周りに白い煙が発生し、たちまち彼女の姿を隠す。
そして煙が晴れると、そこにいたのは人間の顔をした奈央だった。
とは言っても、狐の耳や尻尾、そしてグラマラスな体はそのままだけど。
見惚れるくらい美しい黄金の髪を靡かせ、それでもって優しい目つきをした超絶美人だ。
「……おぉ……」
──可愛い。可愛くはあるが、やっぱりさっきの姿がチラつくんだよなぁ……
「──どうでしょう? 妖力が足りなくて尻尾や耳はそのままですが──」
「い、いや、だいぶマシになった。ありがとう」
落ち着いたおかげで、俺はようやく人並みに呼吸ができるようになった。
「そんで、まぁ……感謝なんか別にする必要はねぇよ」
俺は立ち上がって、ズボンの埃を祓いながら奈央に言う。
「俺としちゃ成り行きで、結果助けちまったみたいなもんだし。これからは道歩く時気をつけるこった」
──……と、こうしちゃおれん。
こうしている間にも、もしかしたら鬼軍団が来るかもしれない。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「あ、あの──」
俺は手を上げて帰ろうとするが、キツネはまだ何か話をしたいらしい。
「どうした? まだなんかあるのか?」
「その、貴方様は──『人間』、なのですか?」
「あ、あぁ……この見た目の通り……って、え?」
聞き捨てならない単語が聞こえて、俺は奈央の肩を掴んだ。
「あんた、人間を知ってるのか!?」
ということは、この世界に俺以外に人間がいるということだ。
「──! やはり……どうして……」
奈央は信じられないものを見る目で、俺のことを見た。
その時、遠くの方で灯りが見えた。
「……ぉい、……見つ……たか?」
「い……こっちを……がすぞ」
灯りの方に目を向けると見覚えのある姿と声。
──ゲェーー!? 鬼だぁ!!
「おい鬼が来た! 提灯の灯消して家に入れ!」
「え、え──ですが、よろしいのですか? 見ず知らずの私を──」
「んなこと言ってる場合じゃねぇ! こっちにもにあんたに聞きたいことがあんだよ! 俺の話も全部話すからさっさと入んな! 鬼来ちゃうよ!?」
こうして俺はほぼ初対面の化けギツネを家に招き入れたのだった。




