俺はお前に生きてほしい
白狼天狗の隠れ家に俺たちが着いた時、遠くの方から歓声が聞こえた。
その方向へ急ぐと、その光景は見るに堪えないものだった。
たった、1人の女を、一族全員で取り囲み、殺そうとする光景。
「てめえら何やってんだ」
腹の底から冷えた声が出た。
白狼天狗の群衆の視線が、俺たちへと集まり、ざわめきが広まる。
「な、何だコイツら……」
「何故化けギツネがこんなところに?」
全員困惑している。
まるで関係のない狐が2匹紛れ込んだようなもんだ。
でも、それとは別の意味で困惑している奴がいた。
「……な、んで……?」
綺鴉羅は俺たちを見て呟いた。
「水臭えな。記憶戻ったのならまず俺たちに話せよ」
いてもたってもいられなかったっていう気持ちは分からんでもないが。
俺と奈央が綺鴉羅の元へ歩を進めると、処刑台に立っていた爺さんが口を開いた。
「なんだ貴様ら。この烏天狗のなんなんだ?」
「家族」
「ははっ! 狐どもが烏天狗と家族ごっこでもしてたのか!? 笑わせてくれるな!!」
「──」
奈央の耳が、ピクリと揺れた。
「奈央。殺すなよ」
「──ですが……」
「こんな命を、『お前』が、背負う必要はねえ」
そのセリフを聞いて、奈央は目を見開き、そしてすぐ、瞑った。
「はい──」
奈央の姿が変わる。
黄金に輝く、九尾の姿へ。
「……! な、なんだあれは?」
「九本の尾……あいつ、まさか九尾……!」
驚愕する白狼天狗たちを他所に、奈央の尾が一瞬で処刑台を破壊した。
『ドガアアアアアアアン!!!!!』
「ぐ、ぬおおおおお!」
処刑台に立っていた長老や衛兵たちは悲鳴を上げる中、奈央は綺鴉羅を無事救出する。
九本の尾で、大切なものを扱うかのように、綺鴉羅の身体を抱き寄せる。
「何をしている! 烏天狗を取り返せ!」
白狼天狗たちが俺たちに襲いかかってきた。
「零様は──綺鴉羅さんを、お願いします」
「あぁ。存分に暴れてくれ」
空から、地上から来る白狼天狗たちを、奈央は九本の尾を広げて迎え撃った。
空の天狗を撃ち落とし、地上の天狗を薙ぎ払う。
相変わらず、強さの次元が違う。
「な、何なんだコイツ……!」
「つ、つえぇ……何でこんな奴が、烏天狗の味方を……」
「──貴方たち、私の、家族を傷つけましたね?」
奈央はゆっくりと白狼天狗の群れの中へ歩いていった。
「ちょ、ちょっと待て! 烏天狗を殺したのは俺たちの正当な権利だ!」
「そ、そうだ! 私たちは長い間奴らに差別を……!」
「もう──喋らないでください」
天地を揺るがす九尾の巨大な妖力が、白狼天狗たちへと向けられた。
それだけで非戦闘員は声を発せず、震え、そして、懇願しようとしていた。
それでも
「──絶対に、許しません」
奈央の意思は、変わらなかった。
俺は綺鴉羅の肩を抱く。
殴られ、蹴られた痕をそこら中につけて、綺鴉羅と俺の瞳が重なる。
「零……」
「無事……ではないよな。でも、命あって安心したぜ」
少しだけ、抱いた腕に力が入る。
綺鴉羅の顔は、曇ったままだった。
「……どうして、来たんだ?」
「来てほしくなかったのか?」
「お前たちに、我々天狗族のことは関係ないだろう……いたっ」
なんかうだうだ言ってる綺鴉羅に、俺はデコピンをする。
「ごちゃごちゃうるせえよ。俺たちがお前を助ける理由なんて、シンプルだ」
俺は綺鴉羅の傷ついた顔を、両手で包み込みながら、視線をあわせて言った。
「お前が俺たちを家族だと言ってくれたからだ」
「……ぁ」
『寂しくない。家族は、ここにいるからな』
綺鴉羅が、市役所の前で言った言葉だ。
「わかってるよ。記憶をなくし、本当の家族も忘れちまってた状態での言葉だ。それでも、俺は死ぬほど嬉しかったんだ」
同じ言葉を奈央に聞かせたら、奈央も同じ気持ちだった。
綺鴉羅のことは、俺たちが全力で守る。
そう、固く誓った。
「お前のために、命をかけてもいいと思えるくらいにはな」
綺鴉羅は、その言葉を聞いて我慢ができなかった。
俺に抱きついて、泣いた。
「父さんが、死んだんだ……」
「……そうか」
その声はいつもの綺鴉羅とは違う。悲哀に濡れて、折れかかって、どこかに行ってしまいそうなほど、脆かった。
「わ、私、1人に、なってしまったんだ……」
「だから、ここに来て死のうとしたんだな」
綺鴉羅はここに復讐しに来たんじゃない。
父の元へ、一族の元へ行こうと、死にに来たんだ。
「本当に、なんで、助けに来たんだ……! 覚悟は、できていたのに……お前たちのせいで……」
綺鴉羅は、俺の服を掴んで、叫んだ。
「死にたく、なくなってしまったじゃないか……!」
「それでいいんだよ」
痛いくらい抱きしめられて、俺も抱きしめ返す。
「どれだけ辛い思いをしようと、絶望に打ちひしがれようと、俺たちがそばにいるからよ」
綺鴉羅が、心の底から笑えるように。だから……
「だから、生きてほしい」
俺の言葉に、綺鴉羅頷いた。




