天狗族の確執は深い
俺は綺鴉羅を部屋へと運び、布団に寝かせた。
熱はないが、苦しそうに荒い息を繰り返す。
「綺鴉羅……」
何があったのだろうか。
煙に対して、何か過去に、良くないことでも……
俺は苦しそうな綺鴉羅の手を握っていた。
その時
「ただいま戻りました──」
玄関から声。
奈央が帰ってきたのだ。
俺は綺鴉羅の手を離し、奈央を迎えるために玄関へ。
「おお、お帰り」
帰ってきた奈央の様子も、少しおかしかった。
顔が固く、いつものような柔和な表情ではない。
「奈央……どうしたんだ?」
嫌な予感が、俺の身体を駆け巡った。
「──いいえ、それが……」
奈央は言葉を濁し、家を見渡す。
「綺鴉羅さんは、どうされたのですか──?」
「それがよ……」
俺は奈央に対して状況を説明する。
町の方の火事、その煙を見たら、急に倒れたということ。
「火事──」
奈央は俺の説明に神妙な面持ちで、そう呟いた。
「零様、少し──話たいことがあるんです。一緒に、外に出てもらえませんか?」
「へ? 話ならここでも……」
奈央は首を振った。
「綺鴉羅さんの耳に──万が一にでも入れたくないのです」
さっきからしていた、嫌な予感が、確信に変わった。
俺たちは外に出た。
とは言っても、家の中には眠った綺鴉羅1人になってしまうため、何かあった時に対応できるように、玄関から10メートルほど離れたところだ。
ここならば、声は聞こえない。
「どうした? もしかして……綺鴉羅関連のことで、何か収穫が?」
俺の言葉に、奈央は頷いた。
「はい──ですが、まずどこからお話しすれば良いか──」
少しだけ奈央は考え、顔を上げる。
「今から数ヶ月前のことですが──『天狗長』さんが、お亡くなりになっていたのです」
「天狗長?」
「天狗族の長だった方です。全ての天狗族をまとめ上げる、大天狗族の中でもとても聡明な方で──私も昔、天狗長さんには──お世話になったことがあるのですが……」
「その事と、綺鴉羅の記憶喪失に何の関係が?」
天狗族のことについて、ほぼ何も知らない俺には、話が見えてこなかった。
「以前──天狗族の種類のことをお話しした事を、覚えていますか?」
「あ、あぁ」
確か、天狗族には3種類の種族がある。
鼻が高い見た目の『大天狗』
カラスのような見た目をした『烏天狗』
白狼のような見た目をした『白狼天狗』
だった気がする。
奈央は、天狗族について、さらなる説明を始めてくれた。
まず、天狗族には古くから序列があるということ。
大天狗族を頂点とし、大天狗族の中から、代々天狗長が決まる。そして、その『家来』として、烏天狗族、白狼天狗族がいる。
しかし、この烏天狗と白狼天狗は、昔から『仲が死ぬほど悪い』のだという。
「理由は──白狼天狗が天狗族の中でも新参者で、地位が低く、烏天狗に差別され続けてきたからです。とは言っても何百年も昔の話で──今は天狗長さんの治世により、差別は無くなったと聞いてましたが……」
「まぁ、ありそうな話だな」
「そして、どうやら白狼天狗達は、大天狗さんが亡くなられた後──今まで虐げられてきた復讐として、烏天狗達に報復を行ったようなのです」
「……なるほど。じゃあ、綺鴉羅のあの傷は……」
「おそらく、その時につけられたものかと思います」
天狗長という枷がなくなったからか。
差別が無くなっても、過去の恨みは消えていなかったってことか。
「新しい天狗族の長は何をやってんだ?」
「それが、大天狗族は跡取り問題でゴタゴタしているそうで──白狼天狗達はこの時期を利用したようです。その報復により、攻撃を受けた烏天狗の村は一晩で火の海と化したそうです」
火の……海……
「そういうことか……」
だから、綺鴉羅は火事の煙を見て苦しんでいたのか。
無意識のうちに、トラウマとして刻まれてしまったのか。
「烏天狗たちは、どうなったんだ? 生き残りは? 綺鴉羅の家族は?」
「……わかりません。ただ、商人が話をしておりましたが、村は酷い有様で、死体がそこらに転がって放置され、生き残りはいないのではと噂が……」
……なんつうこった。
傷だらけな時点で只事ではないことは分かっていたが、まさか、烏天狗の最後の生き残りかもしれないとは……
俺は口に手を当てて考えた。
「……そのこと、綺鴉羅には言うか?」
「──いえ、まだ……言うべきではないでしょう。このまま伝えるには、絶望すぎます。もしかしたら生き残りがいるかもしれません。何か希望がなけれ、ば──」
そこで、奈央は言葉を止めた
「どうした?」
「綺鴉羅さんの匂いが──どんどん遠くへ……!」
「……! 奈央!」
奈央は家へと駆け出す。
俺も後を追う。
家に入り、綺鴉羅がいた部屋へ。
中に、綺鴉羅の姿はなかった。
壁に立てかけてあった天裂も。
窓は開きっぱなしで、そこから入ってくる風により、綺鴉羅が先刻まで寝ていた布団が揺れていた。
「まさか、聞かれたか!?」
「いいえ──あの距離で話が聞かれていたとは考えにくいです。おそらく、記憶を取り戻したのかと……」
「く……!」
記憶が戻った綺鴉羅が、1番最初に何をするか。
そんなこと、決まっている。
「急ぐぞ! アイツが向かう先は──」
「はい! 烏天狗の村──『黒天村』です!」




