烏天狗は思い出せない
「も、申し訳なかった……」
「──『ありませんでした』では?」
「は、はい、申し訳ありませんでした……」
「い、いやいいんだ、気にすんなよ」
先程のことを女に謝罪される。
顔が未だ真っ青に震えていた。
隣の奈央は笑顔だが、目はまだ笑っていない。
俺の目から見てもめちゃくちゃ怖い。
奈央のことはもう怒らせないようにしよう……
「そんで……お前名前は? どこに住んでるかは覚えているか?」
女は顔をおずおずと上げた。
「名前は、綺鴉羅……住んでいるところは……わからない……思い出せない……」
「そうか……」
もし住んでいる場所がわかったら、送ってやることもできたんだがな。
「名前以外に覚えていることはあるか? 誰に襲われたとか……」
「わからない……なにも、思い出せない……」
「零様──」
「あぁ……」
これは重症だ。
飛んで着陸する時に強く頭でも打ったのか?
それとも攻撃された時に……
「──お住まいは、『黒天村』ではありませんか?」
「黒天村?」
「烏天狗の、集落です──どうですか? 思い出せませんか?」
「……」
綺鴉羅は苦しそうに、首を振った。
「……奈央、どうする?」
これはもう正直お手上げだ。
何もわからない。
烏天狗だから、黒天村の住人かもという予想くらいだ。
「その『黒天村』とやらに連れ出してみるか?」
「いいえ──黒天村は天狗族が全力で飛んでも3日はかかります。普通の馬車では5日はかかるでしょう」
奈央は綺鴉羅に視線を移す。
「まだ綺鴉羅さんは絶対安静です。今すぐにはやめた方が良いかと──」
確かに、連れて行くにしても、傷が治ってからの方が良いだろう。
「なぁ、綺鴉羅……ん?」
綺鴉羅に視線を移すと、彼女は震えていた。
先程、俺を蹴飛ばした時の性格は影を潜めている。
自らの腕で自身の体を抱きしめ、目も合わない。
「綺鴉羅……」
おそらく、恐怖が思考に追いついてきたのだろう。
自分がどこから来たのか?
何故ここにいるのか?
どうして傷だらけなのか?
何もわからないのだ。
「綺鴉羅」
俺は彼女の名前を呼んだ。
顔を上げるが、不安で、呼吸が荒い。
そんな彼女に、俺は言う。
「俺たちは、お前の味方だ」
「……!」
「記憶が戻るまで、ここにいて良い。もし戻らなければ……いや、『記憶が戻っても』ここに居たかったら居て良い」
「え……?」
「そんで、もし何かお前に危険が迫っているなら、俺達が全力で守ってやる」
俺の言葉に、彼女は目を丸くした。
「どうだ?」
「……」
俺の問いに、綺鴉羅は言葉を詰まらせる。
本気で、困惑しているようだった。
「ど、どうして……?」
綺鴉羅が、そう聞いた。
「私、は、お前達から見たら他人、のはずだ……何故……」
「流石に記憶喪失で傷だらけの女を外にほっぽり出すほど鬼畜じゃねえよ」
「で、でも、それでも……ずっとここに居ていいなんて……」
「良いんだよ。そんな事より、腹減ったろ」
答えながら、俺は立ち上がる。
「飯作ってくるわ。奈央、綺鴉羅のこと頼めるか?」
「──はい。仰せのままに」
俺は部屋の外に出た。




